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最後の夢が終わってしまう前に…
雨音が遠くから耳に届く。重たくもなく、心地よくもある奇妙なリズム。
気づけば、私は見知らぬ広場に立っていた。灰色の空がどこまでも広がり、足元に続く石畳は雨に濡れて滑らかに光っている。どこかで見たことがあるような風景なのに、ここがどこなのかは思い出せない。しんとした静けさの中で、ふと気づいた。誰かの視線を感じる。
そこに立っていたのは、一人の男性だった。
○○:やっと会えたね。
彼の声はどこか懐かしく、胸の奥にじんわりと響いた。傘を差し出してきた彼は、私を優しく見つめている。
絵梨花:あなた……誰?
○○:君は知らなくても、僕はずっと君を知ってるよ。
その言葉が、不思議と自然に心に溶け込む。夢の中だと確信していたけれど、現実以上に鮮明なこの世界では、私の心は抗えないようだ。彼が差し出した傘を手に取り、そっとその下に身を寄せる。彼との距離が近づくにつれ、不思議な安心感が増していく。
気づけば、彼と並んで歩いていた。広場から少し離れると、道の両側には並木道が続いている。雨が葉を叩き、しずくがリズムを刻む。
○○:こんなところに来るの、久しぶりだね。
絵梨花:初めて見る場所のはずなのに、そう思うのはなぜだろう……。
○○:君が忘れているだけさ。でも大丈夫、きっと思い出せるよ。
そう言うと、彼はそっと私の手を握った。その温もりが、現実の温もりと何も変わらないことに驚いた。夢だと思っているのに、この感覚はどこまでもリアルだ。
目が覚めると、薄明かりの中で時計が午前3時を指していた。静かな部屋の中、胸の鼓動だけがはっきりと聞こえる。夢に過ぎないと分かっているのに、心のどこかがそれを否定しようとしていた。
その日から、私は毎晩同じ夢を見るようになった。
日中、仕事をしていても、ふと彼のことを思い出す。メールを打つ手が止まり、彼の声や仕草が頭に浮かぶたびに、心の奥底に温かいものが広がる。
同僚にそのことを話すことはない。夢の話をすれば奇妙に思われるだろう。でも、私にとって彼との時間は何よりも大切で、夢であっても、それが唯一の希望のように感じていた。
次の夜も、彼は同じ場所で待っていた。
○○:今日も来てくれてありがとう。
絵梨花:ありがとうって……これは私の夢なんだから、あなたのほうこそ来てくれてるんじゃないの?
彼は少しだけ微笑んだ。
○○:そうかもしれないね。でも、こうやって君と話せることが僕にとって一番の幸せなんだ。
その言葉に、胸が少し熱くなった。彼の隣にいると、不安も孤独もどこかに消えてしまうようだった。雨が止んだ空には、星が広がっている。私たちは広場を離れ、夜の風景を静かに眺めながら歩いた。
○○:君は、現実で大切なことを忘れている。
絵梨花:……何か、忘れている?
○○:そう。君自身も気づいていないかもしれないけど、君の心の奥深くにあるものだよ。
彼の言葉に少しだけ胸がざわついた。でも、それが何なのかをはっきりと思い出せないもどかしさがあった。
ある日、目覚めた私は本棚の奥から古い日記帳を見つけた。最後にその日記を開いたのはいつだったのだろう。手に取って表紙を開くと、そこには見覚えのある文字が並んでいた。
「君がこの日記を読んでいるなら、きっと僕のことを思い出してくれたんだね。」
その一文を見て、胸の中に隠していた記憶が一気に溢れ出した。彼は、私がかつて本当に愛していた人だった。事故で彼を失ったあの日から、私はその記憶を心の奥底に閉じ込めてしまったのだ。
涙が頬を伝う。その瞬間、私は全てを思い出していた。
その夜、私は決意を胸に眠りについた。
夢の中で再び彼と出会う。彼はいつものように微笑み、私の手を取る。
○○:思い出してくれたんだね。
絵梨花:うん……全部、思い出したよ。
○○:これが最後の夢だ。もう僕は君の中で生き続けることができるから。
彼の言葉に胸が締めつけられる。でも、それが彼からの別れの言葉だと分かっていた。
○○:でも、君はもう一人じゃない。現実の世界で、幸せになれる。
彼の姿が次第に薄れていく。最後に彼は微笑みながら言った。
○○:ありがとう。君と過ごした時間は、永遠だよ。
目が覚めた私は、もう涙を流していなかった。彼との思い出を胸に抱えながら、新しい一歩を踏み出す準備ができていると感じた。
日記を閉じ、彼の言葉を胸に秘めたまま、私は新たな一日を迎える。
この物語の中で、彼との時間は永遠に続いていく。それは、夢と現実を繋ぐたった一つの絆なのだから。