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桜の記憶

春の風が頬を撫でる。
舞い散る桜の花びらが、まるで時間を巻き戻すかのように、あの日の景色を思い出させた。

「卒業写真だけが知ってる——」

そんなフレーズが、ふと脳裏をよぎる。

菜緒:○○、卒業式の日、写真撮ろな

彼女——菜緒が、桜並木を見上げながら言った。

俺たちは高校の同級生だった。クラスは違ったけど、委員会の仕事で一緒になることが多く、自然と話す機会も増えた。最初は静かでクールな印象だった彼女も、話してみると意外とお茶目で、屈託のない笑顔を見せてくれるようになった。

気づけば、俺は彼女に惹かれていた。

けれど、その気持ちを伝えることはなかった。

卒業式当日。

教室には、スマホを片手に写真を撮るクラスメイトたちの笑い声が響いていた。

俺は、そんな光景を少し離れた場所から眺めていた。

菜緒:○○!

振り返ると、菜緒が立っていた。

菜緒:写真、撮ろって言うたん、覚えとる?

俺:……ああ、覚えてるよ

彼女の隣に立つと、スマホのカメラが向けられる。

菜緒:ほな、いくで? はい、チーズ!

カシャッ。

液晶画面には、桜色の光の中で微笑む俺たちの姿が映っていた。

菜緒:うん、ええ感じ!……○○、大学行ったらすぐ友達できそうやな

俺:そんなことないよ。むしろ不安ばっかりでさ……菜緒は?

菜緒:うーん、ウチも不安かな。でも、新しい環境ってワクワクもするやん?

俺:そうだな

会話が途切れ、しばらく桜が舞うのを眺めていた。

俺は、この瞬間が永遠に続けばいいのに、と思った。

けれど、それは叶わない願いだった。

それから数年が経った。

大学生活も忙しくなり、菜緒とは連絡を取らなくなった。

いや——取れなかった、というのが正しいのかもしれない。

気持ちを伝えられないまま、俺は彼女の存在を思い出の中に閉じ込めた。

ある日、久しぶりにアルバムを開いた。

そこには、卒業式の日に撮った、あの写真があった。

懐かしさに浸りながらスマホを眺めていると、突然メッセージの通知が届いた。

送信者の名前を見た瞬間、心臓が跳ね上がる。

俺:菜緒……

——今も、あの頃と変わらない笑顔で、彼女はそこにいるのだろうか。


通知が鳴り響いた瞬間、俺はまるで時間が巻き戻されたような気分になった。

スマホの画面には「小坂菜緒」という名前。

俺は一瞬、指が止まった。

けれど、迷っている暇なんてない。

震える手で画面をタップし、メッセージを開く。

『○○、久しぶりやな。元気しとる?』

何年ぶりだろう、この文字を目にするのは。

一度閉じ込めたはずの記憶が、一気に蘇る。

俺は深呼吸をして、慎重に返信を打つ。

俺:久しぶり。元気だよ。菜緒は?

すると、すぐに既読がついた。

菜緒:ウチも元気やで!……って言いたいところやけど、ちょっと寂しいわ

俺:寂しい?

菜緒:うん。実はな、東京に引っ越すことになって……

東京。

彼女がこれから新しい人生を歩む場所。

俺の住む町とは、もう遠く離れてしまう。

菜緒:ほんでな、ウチ……引っ越す前にどうしても○○に会いたくて

俺:……俺も会いたいよ

本心だった。

どれだけ時間が経っても、彼女の存在は俺の中で消えなかった。

俺たちは、数日後に会う約束をした。

待ち合わせ場所は、あの桜並木の公園だった。

俺が着いた時、菜緒はすでにそこにいた。

風に髪を揺らしながら、遠くを見つめている。

俺:待たせた?

菜緒:ううん、ちょうど来たとこ

久しぶりに間近で見る彼女は、少し大人びたように見えた。

菜緒:懐かしいなぁ、ここ

俺:卒業式の日も、ここで写真撮ったよな

菜緒:せやな。ウチ、あの時めっちゃ楽しかった……でも、ちょっと後悔もしとる

俺:後悔?

彼女は少しだけ視線を落とし、静かに呟く。

菜緒:ウチ、卒業の時になんでちゃんと気持ち伝えへんかったんやろって

俺:……

菜緒:あの頃からずっと、○○のこと好きやったんやで

心臓が跳ねる。

風が桜を巻き上げ、俺たちの間を舞い踊る。

菜緒:ほんまは、卒業式の後に言おうと思っててん。でも、○○が遠くに行くって聞いて……怖くなって、言えへんかってん

俺:俺もだよ

菜緒:え?

俺:俺も……ずっと菜緒のことが好きだった。けど、伝えられなかったんだ

彼女の目が、大きく揺れる。

俺たちは、お互いに気持ちを隠したまま、時間だけが過ぎてしまった。

菜緒:……そっか、そうやったんやな

彼女は、ふっと笑った。

どこか寂しそうに。

菜緒:でもな、もう遅いな

俺:……そうなのか?

菜緒:ウチ、東京行くやん? そしたら、また離れてしまうやん? せやから……これからもずっと○○のこと好きでおる自信、ないねん

彼女の声は震えていた。

菜緒:せやから……最後に、ちゃんとお別れしよ?

俺:……

そんなの、嫌だった。

せっかく気持ちが通じたのに、どうして。

でも——

桜が散るように、季節は止まらない。

俺たちの時間も、止まることはなかった。

俺:……わかったよ

俺は、彼女の目を見て、しっかりと頷いた。

そして——最後の記念に、もう一度写真を撮った。

菜緒:またな、○○

俺:ああ、元気でな

彼女は背を向け、歩き出す。

遠ざかる背中を見つめながら、俺はスマホの画面を開いた。

そこには、桜の下で微笑む彼女の姿が映っていた。

きっと、これから何年経っても、この写真を見るたびに思い出すのだろう。

あの時、伝えた「好き」という言葉を。

卒業写真だけが知っている、俺たちの気持ちを——。

(完)


あとがき
テーマ『卒業』
文章中の区切り線の部分で一応前編と後編に分かれてます。
あと、テーマソングもあります。(見たらわかるかもですけど…)
テーマソング:「卒業写真だけが知ってる」 日向坂46

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