見出し画像

君がいる、それだけで…

文化祭の準備が着々と進む中、クラスの教室は一種の混沌と化していた。いくつものカラフルな布や装飾品が机や椅子の上に広がり、生徒たちはそれぞれの役割をこなしながらも、文化祭特有の高揚感に包まれていた。

瞳月はその中で、一つの飾りを静かに手に取った。彼女の周りにはいくつかの絵の具が飛び散り、制服の袖には青と赤の点々が付いている。それでも、彼女の真剣な表情は微動だにしなかった。視線の先には、完成間近の展示物があった。

瞳月:よし、これでええかな

彼女は一息ついて、手を止めると周りを見渡した。文化祭の準備で忙しいクラスメイトたちの中に、一人だけ少し離れた場所にいる○○が目に入った。彼は舞台裏の仕事をしていて、まるで舞台監督のように全体を見守っていた。

彼女の視線に気づいたのか、○○は少し照れくさそうに微笑んで手を振った。瞳月も微笑み返し、ふと頬が熱くなるのを感じた。彼との出会いは、それほど特別なものではなかったが、この文化祭の準備を通じて少しずつ距離が縮まっていた。

文化祭当日、学校の雰囲気はいつもとは全く違っていた。生徒たちが各教室で思い思いの展示や出し物を準備し、校庭では屋台が並んでいる。瞳月のクラスも例外ではなく、教室を使ったお化け屋敷が開場の時間を迎えようとしていた。

瞳月は控え室の鏡の前で、自分の衣装を整えながら深呼吸をした。友人たちと一緒に着たゴシック風のドレスは、いつもの自分とは違う感覚をもたらし、少しだけ不安を感じさせる。

瞳月:ちょっと緊張するなぁ…

友人の一人である谷口愛季が後ろから軽く肩を叩いて励ました。

愛季:大丈夫!みんな楽しみにしてるし!

その言葉に、少しだけ気が楽になった。そうだ、楽しむための文化祭だし、失敗しても構わない。そう自分に言い聞かせながら、瞳月は立ち上がった。

教室に戻ると、○○がすでに準備を整えて待っていた。彼は演技をする役割ではなく、裏方として照明や音響の操作を担当していた。それでも、彼の存在が瞳月にとっては何よりも心強かった。

○○:お、似合ってるじゃん

瞳月:ほんまに?ちょっと恥ずかしいけど…

○○:大丈夫だって。いつもと違う瞳月も悪くない

彼の言葉に、瞳月は思わず顔を赤らめた。いつもは照れ臭くて言えないことも、こんな特別な日だからこそ、少しだけ素直に言葉にできる。

お化け屋敷が開場し、次々と生徒や保護者が入ってくる。瞳月たちのクラスは予想以上に盛況で、彼女も息をつく間もなく演技を続けていた。普段は控えめな彼女も、今日は思い切ってキャラクターになりきり、クラスメイトたちと共に文化祭を盛り上げた。

途中、教室の照明が突然暗くなり、音響が一瞬途切れた。その瞬間、観客の中から少しざわつく声が聞こえたが、瞳月はすぐに状況を理解した。

瞳月:○○、大丈夫なんかな…

そう思った瞬間、彼の顔が浮かんだ。照明や音響の担当は彼だった。彼の冷静で頼れる姿をいつも見てきたが、今日は思った以上に忙しいようだった。

文化祭が終わり、夕方の学校は一気に静けさを取り戻していた。教室に残って後片付けをする生徒たちの姿も、どこか疲れと満足感に満ちていた。

瞳月はふと窓の外を見ると、○○が一人で舞台の機材を片付けているのが見えた。彼の姿を見て、無意識に足が動いた。

瞳月:○○、手伝おか?

彼女が声をかけると、彼は驚いたように顔を上げた。

○○:あ、瞳月。もう終わったんじゃないのか?

瞳月:うん、でも○○がまだ頑張ってるの見て…なんか、ほっとけへんかった

○○は少し照れたように微笑んだ。

○○:ありがとう。でも、もう少しで終わるから、大丈夫だよ

瞳月:そっか…でも、私も一緒におりたい

彼のそばに立ち、瞳月は手伝いというよりも、ただそばにいることに意味があるように感じた。いつも支えてくれていた彼に、少しでも恩返しをしたい。そう思った瞬間、彼がそっと瞳月の手に触れた。

○○:今日はありがとう、瞳月。君がいてくれて、本当に助かったよ

瞳月:ううん、こっちこそ。○○が頑張ってる姿、ずっと見てたし

二人はしばらくの間、何も言わずにただそこに立っていた。夕陽が差し込む校庭の片隅で、文化祭の余韻に浸るように、瞳月は彼の温もりを感じていた。

それは、特別な一日を締めくくる静かな瞬間だった。

○○と静かな時間を共有していた瞳月だったが、ふと校庭の隅から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。それは文化祭の後の余韻に浸る生徒たちの笑い声で、何気ない風景だったが、彼女の心に一瞬の寂しさが広がった。

瞳月:みんな、楽しそうやなぁ…

そうつぶやいた彼女に、○○は優しく笑って応えた。

○○:そうだな。でも瞳月も、今日はすごく楽しそうだったよ

瞳月:…そやけど、なんか終わってしまうと、ちょっとさみしいなぁ

○○:うん、わかるよ。文化祭って準備が大変で、いざ終わると虚無感みたいなものがあるよな

彼の言葉に、瞳月は小さく頷いた。文化祭の熱気が冷めると共に、日常に戻ってしまう現実に、彼女は少しだけ物足りなさを感じていた。

○○:でも、また来年があるだろ?それに、この文化祭は瞳月のおかげで成功したって、みんな思ってると思うよ

瞳月:そんなん、みんなのおかげやんか。私一人じゃ、ぜんぜん無理やった

そう言いながらも、瞳月の心には少しずつ感謝の気持ちが溢れていた。友達やクラスメイト、そして○○のおかげで今日という一日を乗り越えられた。何より、彼が隣にいてくれたことが、瞳月にとっては何よりの支えだった。

○○:まぁ、でもさ…俺は瞳月が頑張ってる姿、すごくカッコよかったと思うけどね

瞳月はその言葉に驚いて、○○の顔をじっと見つめた。彼は照れ隠しのように頭をかきながら、少しだけ視線をそらしていたが、その顔には確かな誠意が感じられた。

瞳月:…ほんま?

○○:ああ、本当だよ。俺、瞳月がこんなに頑張る人やって知らなかったよ。なんか、ちょっと惚れ直したかも

○○が冗談めかして言ったその言葉に、瞳月の心臓は一気に早鐘を打ち始めた。言葉が出てこないまま、彼女は顔を赤くしながらうつむいた。

瞳月:そ、そんなこと…

○○:いや、本当だって。

彼の真剣な言葉に、瞳月は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。まさか、こんなに素直に気持ちを伝えてくれるとは思っていなかった。彼の言葉に対してどう応えたらいいのか、瞳月は一瞬戸惑ったが、心の中では彼に対する特別な感情が確かに芽生えていることを感じていた。

○○:…俺、瞳月ともっと話したいこと、いっぱいあるんだ。けど、今じゃなくてもいいからさ

瞳月:○○…

彼の真剣なまなざしに、瞳月は少し戸惑いながらも、勇気を出して言葉を紡ぎ出した。

瞳月:私も…○○とおると、なんか安心するねん。今日みたいな、忙しい日でも、○○がいてくれたから頑張れたんやと思う

○○:…瞳月、ありがとう

二人はしばらくの間、夕焼けに染まる校庭を眺めていた。その穏やかな時間が、彼らの距離をさらに縮めていた。

文化祭が終わり、学校もいつもの静けさを取り戻し始めた。だが、瞳月の中では今日の出来事が一生忘れられない思い出として深く刻まれていた。

その後、○○とは頻繁に連絡を取り合うようになり、学校でも一緒に過ごす時間が増えた。文化祭をきっかけに、彼らの関係はゆっくりと、でも確実に進展していったのだった。

そして、季節が冬へと移り変わる頃、二人は自然な流れで付き合い始めることとなった。文化祭で生まれた特別な絆は、これからもずっと彼らを結びつけていくことだろう。

いいなと思ったら応援しよう!