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君が咲く日まで
幼い頃から、俺の隣にはいつも優月がいた。
家が隣同士で、学校もずっと一緒。まるで兄妹みたいに育ってきた。
優月:○○! 今日も公園で鬼ごっこしよう!
小学生の頃、日が暮れるまで一緒に遊んで、転んで泣いたり、くだらないことで笑ったりした。
俺にとって、優月は当たり前の存在だった。
けれど、彼女は夢を追いかけた。
優月:アイドルになりたい
中学の時、そう言った優月の目は真剣だった。
俺は冗談だと思って笑ったけど、本気だったんだと気づいたのは、彼女がオーディションに合格した時だった。
それから優月は、まるで別世界の住人みたいになっていった。
テレビに出て、ファンに囲まれて、俺の知らない顔を見せるようになった。
だけど、俺の前では変わらなかった。
優月:○○、私、頑張るから! いつか大きな花を咲かせるから!
夢を追いかける彼女を、俺はただ応援することしかできなかった。
優月のいない日常は、少しだけ寂しかった。
高校の卒業式の日、俺は彼女から久しぶりに呼び出された。
人気アイドルになった彼女と、こうして二人きりで会うことはもうほとんどなかった。
優月:○○、卒業おめでとう!
相変わらずの明るい笑顔だったけど、少しだけ大人びていた。
久々に並んで歩くと、昔のことを思い出す。
○○:なあ、優月。最近、忙しいのか?
優月:うん。でも、充実してるよ!
彼女の言葉に嘘はない。だけど、どこか無理をしているように見えた。
ずっと支えてくれる家族も、仲間もいるはずなのに、なぜか寂しそうに見えた。
○○:…大丈夫か?
俺がそう聞くと、彼女はふっと笑った。
優月:○○は変わらないね
そう言って、優月は空を見上げた。
優月:私ね、まだまだ頑張るよ。もっとたくさんの人に笑顔を届けたいし、応援してもらいたい。でも……
優月は言葉を詰まらせた。
優月:…でもね、本当はちょっと怖いんだ。アイドルとしての私を好きでいてくれる人はたくさんいる。でも、“私自身”を好きでいてくれる人っているのかなって
いつも明るく振る舞う彼女の弱音を初めて聞いた気がした。
○○:いるよ
優月:え?
俺はまっすぐ彼女を見た。
○○:俺は、アイドルの優月も、ただの優月も、どっちも知ってる。昔からずっと、お前はお前だろ?
優月は驚いたような顔をして、それから涙ぐんだ。
優月:…そっか。そうだよね
その日、俺たちは昔みたいにたくさん話した。
子どもの頃のこと、今のこと、そして――未来のこと。
でも、その未来に俺は踏み込めなかった。
優月はまだ夢の途中だったから。
○○:夢が叶ったら、また一緒にあの場所で会おう
こう言い残し、○○と優月は分かれた。
それから数年。
優月はアイドルとしてトップを走り続け、俺は普通の会社員になった。
住む世界は違ってしまったけれど、たまに連絡を取る関係は続いていた。
そして――彼女は突然、卒業を発表した。
優月:私、アイドルを卒業します
画面の向こうで、優月はいつもの笑顔でそう言った。
けれど、その目はどこか晴れやかだった。
そして、卒業コンサートの日。
会場はすでに観客で埋め尽くされていた。
無数のペンライトが波のように広がり、ピンクや白の光が揺れている。
その光景を眺めながら、俺は深く息を吐いた。
どこか現実味がない。
優月が、アイドルとして最後のステージに立つ。
そう思うと、胸の奥が締めつけられるようだった。
隣のファンが、優月の推しメンタオルを肩に掛けながらペンライトをギュッと持っている。会場のなんとも言えない緊張感の中、俺も彼女の登場を待った。
ついに、影ナレが響く。
美青:本日は櫻坂46中嶋優月卒業コンサートにご来場頂きまして、誠にありがとうございます。
櫻坂46の的野美青です!
優月:中嶋優月です!
美青:開演に先立ちましてお客様にお願いとご案内を申し上げます
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美青:今日はゆーづのアイドルとしての最終日!
悔いのないように楽しむぞ〜!
buddies:ウオオオオオオアアアーーーーッッッ!!!!
優月:これまで見たこと無いぐらい最高の1日にするぞ〜!
buddies:ウオオオオオオアアアーーーーッッッ!!!!
その瞬間、会場が暗転し、スクリーンに映像が映し出される──。
卒業コンサートも終盤に差し掛かっていた。
優月はマイクを握り、涙をこらえながらファンを見つめる。
優月:ここまで、本当にあっという間でした…。みんながいたから、私はここまで来られました。
ファンからの「ありがとう!」という声に、優月は小さく微笑んだ。
そして──最後の曲のイントロが流れる。
優月:最後の曲です。みんな、聴いてください。
Anthem Time
『いつか卒業する遠いその日まで
僕に全てを見届けさせてよ』
その歌詞が流れた瞬間、○○の胸が締め付けられる。
ずっと側で見てきた幼馴染の姿。夢に向かって走り続けた優月の背中。そして、今日この瞬間まで。
(…でも、本当は、これで最後じゃないよな?)
そんな想いを抱きながら、○○は優月の歌声に耳を傾け続けた。
優月が歌い終えると、ファンからの歓声が響き渡った。
ステージの中央で、優月は涙を拭いながら深く一礼する。
そして、静かに呟いた。
優月:みんな、本当にありがとう──!
ライブ後
楽屋の鏡の前で、優月は自分の顔を覗き込んだ。
(…○○、来てくれるかな。)
卒業コンサートを終えたばかりなのに、今はライブ以上に緊張していた。マネージャーにお願いして○○を呼んでもらったものの、もし来なかったら…そんな不安が頭をよぎる。
その時、楽屋のドアの前で足音が止まる音がした。
(来てくれた…)
スタッフに案内されながら、○○は楽屋の前で足を止めた。
○○:(…こんなに緊張するなんて、俺らしくないな。)
軽く息を吐き、意を決してドアをノックする。
コツ、コツ──。
○○:…入っていい?
扉の向こうから、小さな「うん…」という声が聞こえた。
楽屋に入ると、優月が鏡の前で立っていた。
優月:ねえ、○○…覚えてる?
○○:何を?
優月:昔、公園で言ったじゃん。「夢が叶ったら、また一緒にあの場所で会おう」って…。
○○:…覚えてるよ。
優月:私、今日でアイドルを卒業した。でもね、もうひとつ叶えたい夢があるの。
○○:夢?
優月:…○○と、これからの人生を一緒に歩くこと。
一瞬、時が止まった気がした。優月は不安そうに○○を見つめる。
○○はそっと優月の手を握った。
○○:…俺も、その夢、一緒に叶えたい。
優月の目から涙がこぼれる。○○も、堪えきれずに優月をそっと抱きしめた。
これからは、隣で一緒に歩んでいくんだ。
It’s anthem time!
俺は彼女の手を取り、まっすぐ前を向いた。
彼女が咲かせた花を、これからも守り続けるために――。
あとがき
どうもrymeです。
テーマ曲は読んでいただけたらわかる通り『Anthem time』なのですが、Anthem timeといえば忘れられないのが、小林由依卒業コンサートの通称Ponthem time(こういってるの僕だけ説)ですよねぇ。
書いてみて、またDVDで見直そうと思いました。
読んでくださり、ありがとうございました!
また、他の作品も読んでいただけたら幸いです!