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冬の君に咲く花

雪がちらつく夜だった。冷たい風がコートの隙間をすり抜ける中、駅前の広場は色とりどりのイルミネーションに包まれていた。その光景は美しくもどこか寂しげで、僕はただぼんやりとその光を眺めていた。

そんな時、視線の先に彼女がいた。
白いコートを羽織り、長い黒髪を風になびかせながら、じっと何かを待つように立ち尽くしている。周りのイルミネーションに照らされて、彼女はまるで一幅の絵画のように見えた。

でも、彼女は寒そうに小さな手をこすり合わせ、足元を少しずつ動かして寒さを紛らわせようとしているようだった。その姿を見ていると、何も考えずに体が動いていた。

○○:寒くないですか?

僕の声に彼女は驚いたように顔を上げた。そして、少し戸惑いながらも柔らかい笑みを浮かべる。

麗奈:あ…ありがとうございます。でも、大丈夫です。ちょっと寒いけど、気にならないので。

その笑顔に、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

○○:待ち合わせですか?

麗奈:はい。友達とここで会う予定なんですけど…ちょっと遅れてるみたいで。

そう言ってスマートフォンをちらりと見た彼女。ほんの一瞬だったが、その目に寂しさが宿っているのを見逃さなかった。

○○:そっか。でも、この寒さじゃ長い間待つのは大変じゃないですか?どこか近くの店で暖まりませんか?

自分でも驚くほど自然に口から出た言葉だった。けれど、彼女は少し困ったように眉を下げて言った。

麗奈:いえ、大丈夫です。多分、もうすぐ来ると思うので。

その後、僕は少し離れた場所でイルミネーションを眺めながら、彼女を気にしていた。どれくらい時間が経っただろうか。結局、彼女はその後も誰かと会うことなく帰ろうとしていた。

彼女が歩き出す瞬間、道端に落ちていた手袋を拾い上げた。

○○:これ、落としましたよ。

僕が差し出すと、彼女は少し驚いた顔で受け取る。

麗奈:あっ…ありがとうございます。私、守屋麗奈って言います。ほんと、何から何まで助けてもらってばかりですね。

○○:守屋さん…麗奈さん、ですね。僕は○○です。

麗奈:○○さん。覚えておきますね。今日はありがとうございました。

その名前を聞いた瞬間、彼女の存在がより強く心に刻まれるような気がした。彼女は軽く会釈し、再び小さな背中を見せて雪の中へと消えていった。僕は、その後ろ姿をじっと見つめていた。

それから数日後、僕はたまたま近所の花屋で麗奈さんを見かけた。
小さな店内には色とりどりの花が並び、そこに立つ彼女はあの時とは違い、明るく優しい笑顔を浮かべていた。

麗奈:いらっしゃいませ!

まさかの再会に一瞬戸惑ったが、彼女は僕を見てすぐに気づいたようだった。

麗奈:あっ、この前の○○さん!

○○:あ、守屋さん…偶然ですね。この花屋さん、麗奈さんの職場なんですか?

麗奈:そうなんです!ここでバイトしてるんです。あの日は本当にありがとうございました。あの後、結局友達とは会えなかったんですけど…

彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。

○○:そうだったんですね。でも、風邪をひいたりしなくてよかったです。あんな寒い中だったから心配で。

麗奈:ふふ、本当に優しいんですね。でも、あのイルミネーション、とても綺麗でしたよね。

その言葉に、僕はあの夜の光景を思い出した。彼女の立つ姿とイルミネーションが、今でも心に焼き付いている。

それから、僕は何かと理由をつけて彼女の花屋を訪れるようになった。最初は「部屋に飾る花を探している」という口実だったが、次第にそれすら忘れてしまうくらい彼女と会うことが楽しみになっていた。

ある日、彼女が店先で水を撒きながら、ふとこちらを見て言った。

麗奈:○○さんって、お花好きなんですか?

○○:…正直、そんなに詳しくはないですね。でも、最近は見るのが好きになりました。

麗奈:そうなんですか。それなら、これがオススメです。

そう言って、彼女が一輪の白いガーベラを差し出してきた。

麗奈:ガーベラの花言葉、知ってますか?

○○:いえ、なんですか?

麗奈:『希望』です。○○さんに似合いそうだなって思いました。

彼女の微笑みに、胸が熱くなるのを感じた。なぜ彼女は、こんなにも人の心を柔らかく包み込むのだろう。

季節は冬から春へと移り変わり、僕たちは少しずつ距離を縮めていった。休日には公園を散歩したり、近所のカフェで話をしたり。そんな時間が、僕にとって何よりも大切なものになっていった。

ある日のデート帰り、僕たちは川沿いの道を歩いていた。菜の花が風に揺れ、春の香りが漂っている。

○○:麗奈さんって、本当に花が好きなんですね。

麗奈:はい。小さい頃からずっと好きで。お花を見ていると、不思議と心が穏やかになるんです。

○○:そんな麗奈さんが作る花束って、きっとすごく素敵なんだろうな。

麗奈:…そう言ってもらえると嬉しいです。もっと上手になれるように、頑張らなくちゃ。

彼女の笑顔を見ていると、自然と手を握りたくなった。躊躇しつつも、そっと手を伸ばすと、彼女も少し驚きながらもその手を握り返してくれた。

しかし、そんな穏やかな日々は突然終わりを迎えた。

春も終わりに差しかかった頃、僕は彼女が花屋を辞めたことを知った。
急いで店に向かったが、そこには彼女の姿はなかった。

○○:麗奈さん、どこに行ったんですか?

店員:守屋さんなら、しばらく前に辞めましたよ。次の仕事が決まったとかで…詳細は分かりませんけど。

その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。どうして何も言わずにいなくなってしまったのか。連絡先も交換していなかったことを、初めて後悔した。

季節は巡り、秋がやってきた。僕は麗奈さんを思い出すたびに、彼女と一緒に過ごした日々を反芻していた。そしてある日、駅前のイルミネーションが点灯されるというニュースを耳にし、ふと足を運ぶことにした。

その場所で、僕は再び彼女と出会った。

麗奈:…○○さん?

彼女は驚いたように振り返り、泣きそうな顔で微笑んだ。

○○:どうして、突然いなくなったんですか?

麗奈:ごめんなさい…。実家に帰ることになって、どうしても伝えられなくて…。

その言葉に、これまでの寂しさや怒りが一気に消えた。彼女はどこか申し訳なさそうに視線を落としながら言った。

麗奈:でも、また会えてよかった…。ずっと、○○さんに会いたかった。

その瞬間、僕は彼女を抱きしめていた。

○○:もう離れないでほしい。今度こそ、ずっとそばにいて。

彼女は小さく頷き、涙を零しながらこう言った。

麗奈:はい。ずっと、そばにいます。

それから僕たちは、少しずつ失われた時間を取り戻していった。再会の地となった駅前の広場は、今でも二人にとって特別な場所だ。

そして、今年の冬も、イルミネーションが僕たちを優しく包み込んでいる。

再び結ばれた僕たちの生活は穏やかで、けれど以前よりも一層輝きを増していた。

麗奈さんは、実家で過ごした時間を経て自分の夢を再確認したらしい。都会での生活を選び直した彼女は、再び花屋で働くことになり、毎日忙しそうにしている。それでも疲れた顔を見せることはなく、仕事について楽しそうに話す姿が印象的だった。

麗奈:ねえ、○○さん。最近、新しく仕入れた花、すごく珍しいのがあったの。今度見に来てくれる?

○○:もちろん。麗奈さんが作る花束、もっと見たいし。

彼女が花について話すたび、その目はまるで子どものように輝く。そんな彼女と過ごす日々が、僕にとってかけがえのない時間になっていた。

季節は巡り、また冬が訪れた。駅前の広場では、去年と同じようにイルミネーションが輝き、僕たちはその景色を眺めながら歩いていた。

○○:この場所に来ると、あの時のことを思い出すね。

麗奈:そうですね…。○○さんが声をかけてくれなかったら、今こうして一緒にいることもなかったのかなって思うと、不思議な気持ちです。

彼女がふと立ち止まり、僕の顔を見上げる。

麗奈:でも、あの日ここで出会えたから、今があるんですよね。

彼女の言葉に、僕は心から頷いた。

その年のクリスマス、僕は意を決して彼女を特別な場所へと連れ出した。

目的地は駅前のイルミネーションが一望できる展望台。澄んだ空気の中、無数の光が街を照らしている。

麗奈:わぁ、すごく綺麗ですね…。

僕はそんな彼女の横顔をじっと見つめた。寒さでほんのりと赤くなった頬。光に照らされた彼女の瞳。その瞬間、心の中で決めていたことを実行に移す時だと思った。

○○:麗奈さん。

彼女が振り返る。僕はポケットから小さなケースを取り出した。

○○:この1年、君と一緒に過ごせたことが、本当に幸せだった。これからもずっと、一緒にいられたらって思ってる。

そう言って、ケースを開けると、中にはシンプルなデザインの指輪が入っていた。

○○:僕と、結婚してください。

一瞬、彼女は驚いたように目を見開いた。そして次の瞬間、目に涙を浮かべながら笑顔で頷く。

麗奈:はい。○○さん、よろしくお願いします。

その返事を聞いた瞬間、胸の中に温かい感情が溢れた。僕は彼女の手をそっと取り、指輪を薬指にはめる。彼女の手は少し冷たかったが、その感触が愛おしかった。

僕たちの物語は、この瞬間で終わるわけではない。むしろ、これから始まる新しい生活が待っている。

彼女と手を繋ぎながら、僕は心の中で誓った。どんな時でも、彼女の笑顔を守り抜くと。

再び巡る冬が来るたびに、この夜の光景と彼女の笑顔を思い出すだろう。そんな幸せな未来が、すぐそこに広がっている。

fin

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