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蒼い糸が導く先へ

小林由依は日曜の昼下がり、街の片隅にある小さな手芸店で青いリボンを指先に絡めながら、店内に漂うかすかな木の香りに包まれていた。ここは彼女の心の避難所だった。リボンは触れるだけで心を落ち着かせる魔法のような存在で、日々の喧騒の中で感じる孤独や不安をそっと包み込んでくれる。

由依:この青、空の色に似てる…。

彼女はリボンをじっと見つめながら独り言をつぶやく。その瞬間、入り口のベルが音を立て、背後から足音が近づいた。

○○:それ、似合うと思いますよ。

不意に耳に入った男性の声に驚き、振り返ると、彼が立っていた。○○は近くの大学に通う学生で、図書館で一度だけすれ違ったことがある顔だった。

由依:えっと…ありがとうございます。でも、どうして私に似合うって?

○○:直感です。あの時もそうでしたけど、あなたって青が似合う人だなって。

「あの時」という言葉に彼女の記憶が引っ張られる。確かに、図書館で目が合ったことがあった。その時の彼の視線が優しかったことだけ、はっきり覚えている。

二人は、自然と近くの公園に向かって歩き出した。公園には紅葉した木々が秋の日差しを受けて輝き、地面にはカサカサと音を立てる落ち葉が敷き詰められていた。

○○:ここ、僕のお気に入りの場所なんです。特に秋になると。

由依:そうなんだ…でも、どうして私に話しかけてくれたの?

○○は一瞬空を見上げ、考えるような間を置いた後、ぽつりと言った。

○○:あの時、図書館で見かけたあなたが、少し寂しそうに見えたから。何か…力になれたらいいなって。

その言葉に由依の胸がじんわりと温かくなる。彼女は普段、強がりで笑顔を見せていたが、本当の自分を隠していた。それを、ただ一度すれ違っただけの彼が見抜いていたのだ。

由依:ありがとう。でも、私…何も特別なこと、できないんだ。

○○:特別かどうかなんて、僕には関係ないです。大事なのは、今こうして話していること。

彼の言葉は不思議と彼女の心にすっと染み込んだ。まるで、乾いた土にしみ渡る雨のように。

それから二人は、頻繁に会うようになった。○○の言葉にはいつも比喩が混じっていて、日常の一つひとつを新しい視点で見ることができた。

例えば、青いリボンをつけて会った日のこと。由依が髪をリボンで結んでいるのに気づいた彼が言った。

○○:そのリボン、今日の空と同じだ。晴れてるけど少し風が冷たくて、でもその中に温かさもある。

彼の視点を借りると、世界は少しだけ優しく見えた。

しかし、そんな日々も長くは続かなかった。○○が突然、由依に「会いたい」と言って呼び出したのは、冬の初めだった。落ち葉もすっかり姿を消し、寒風が身を刺す公園で彼はぽつりと切り出した。

○○:僕、来月から遠くに行くんだ。父の仕事の都合で。

由依は一瞬言葉を失った。寒さのせいか、手が震えている。何かを言いたいのに言葉が出ない。その時、彼が青いリボンをそっと解き、彼女の手に握らせた。

○○:これは僕が持ってるより、君の手元にあった方がいいと思う。君が青を好きな理由、少しだけ分かった気がするから。

それから数日後、○○は彼女に何も告げずに去っていった。青いリボンだけが、彼女と彼をつなぐ最後のものだった。

由依はそのリボンを手に取るたび、彼との思い出を反芻する。彼がくれた言葉、彼の視線、そのすべてが愛おしかった。

数年後の春。

桜が満開になった公園で、由依は一人ベンチに座っていた。あの日と同じ青いリボンを髪に結んでいる。その時、ふと目の前に人影が立った。

○○:久しぶり。

懐かしい声に顔を上げると、そこには彼が立っていた。

由依:○○…どうして?

○○:ただ会いたかったんだ、君にもう一度。

由依の目から、一筋の涙がこぼれる。青いリボンは、二人の想いをずっとつないでくれていたのだ。

その声に、由依の心は弾けるように鼓動を打った。春の陽射しが柔らかく二人を包み込む中、彼女は震える声で尋ねた。

由依:どうして…何も言わずに去ったの?

○○は一瞬、申し訳なさそうに視線を逸らしたが、すぐに由依の目をまっすぐに見つめて答えた。

○○:あの時、何も約束できる状況じゃなかったんだ。距離もあったし、僕自身どうなるか分からなかった。中途半端な期待を持たせるくらいなら、忘れてもらった方がいいと思った。

由依:そんなの勝手すぎるよ…。

彼女の声は震えていた。それは怒りでも悲しみでもない、ただ抑えきれない感情の奔流だった。だが、その涙声を聞いても、○○はそっと微笑む。

○○:…でも、僕は君を忘れられなかったんだ。どんなに時間が経っても、青いリボンを結んでいた君の姿が、頭から離れなくて。

その言葉に、由依は押し寄せる感情の波に飲まれそうになった。彼の気持ちが、ようやく形となって伝わってくる。それは、彼女がずっと求めていたものだった。

しばらく二人は、ただ桜の木の下に立ち尽くしていた。風が吹き抜け、満開の花びらが二人の間を舞う。その美しさに、ふと彼が言葉を漏らす。

○○:桜って、僕たちみたいだね。

由依:…どうして?

○○:一度散ったように見えても、必ずまた咲く。時間が経っても、こうしてまた巡り会えるんだ。

彼の言葉に由依は笑みを浮かべた。彼の比喩はいつも不意打ちで心を掴む。そうやって、彼女の世界を特別なものにしてくれるのだ。

由依:だったら、この春を逃さないようにしないとね。

彼女の言葉に、○○は驚いたような表情を見せたが、すぐにその瞳に優しい光が宿る。

○○:ああ、逃さないよ。この先、どんな季節が来ても。

彼の手がそっと由依の手を握る。暖かなその手の感触は、彼女に安心を与えてくれた。二人の間にあった時間の溝も、風がさらっていくように消えていく。

それからの二人は、季節を重ねるたびに思い出を紡いでいった。公園の桜が青葉に変わる頃には、一緒に笑い合う姿が当たり前になっていた。彼は彼女にとって、空の青さを教えてくれる存在。彼女は彼にとって、青いリボンのように優しく強い存在だった。

数年後のある春、同じ公園の桜の下で彼は小さな箱を彼女に差し出した。その中には、彼女が大好きな青いリボンをあしらった指輪が入っていた。

○○:僕と、これからも一緒に季節を重ねてくれますか?

由依:もちろん。もう絶対に、離さないから。

彼女の返事を聞き、彼は満面の笑みを浮かべた。二人の間にあった青いリボンは、今や永遠の絆の象徴となったのだ。

桜の花びらが二人の上を舞う中、そのリボンが二人をそっとつないでいるように見えた。

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