静かな湖面に映る未来
夏の終わりを告げる風が吹き抜ける夕方、藤吉夏鈴は静かに湖畔に立っていた。陽が傾き、橙色に染まった空が湖面に映り込む。涼しい風が彼女の浴衣を揺らし、薄紫の花模様がさざ波のように踊った。
今年もまた、この季節がやってきた。
夏鈴はため息をひとつつき、遠くの空を見つめた。蝉の鳴き声は小さくなり、かすかに聞こえる虫の音が、秋の訪れを知らせている。彼女の心も、まるで季節と同じように、何かが終わり、何かが始まろうとしていた。
夏の終わりはいつも寂しい。だが、今年は特に胸が締めつけられるような感覚があった。
理由はわかっていた。
○○の存在だ。
彼とは幼なじみだった。小さい頃からいつも一緒に過ごしてきた。家が近く、同じ学校に通い、共に成長してきた彼との時間は、彼女にとって当たり前のようなものだった。しかし、この夏、彼との距離が少しずつ変わっていることに気づいていた。
彼の笑顔を見るたび、心が高鳴る。
彼の声を聞くたび、体が熱くなる。
そんな自分に気づき、戸惑い、そして恐れた。
夏鈴:……どうしたらええんやろ
湖に向かって小さく呟いた。答えが出るはずもないとわかっていても、その言葉を止められなかった。
そんな時、背後から聞こえてくる足音。
振り返ると、そこには○○が立っていた。彼は優しい笑顔を浮かべながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。いつもの彼。だが、今日は少しだけその姿が遠く感じた。
○○:待たせた?
彼はいつもと変わらず、穏やかな声で問いかける。その声に少しだけ胸が締め付けられたが、夏鈴は笑顔で答えた。
夏鈴:ううん、ちょうどええ時間や
二人は並んで湖を見つめる。風が静かに吹き、二人の間に心地よい沈黙が流れる。長い付き合いだからこそ、言葉がなくても通じ合える瞬間がある。けれども、今日だけは違った。
夏鈴の心の中で、何かが揺れていた。
夏鈴:○○…
ふいに彼の名前を呼んだ。自分でも驚くほど、震えた声だった。○○は不思議そうに彼女を見つめた。
○○:どうしたんだ、夏鈴?
その優しい瞳が、夏鈴の胸をさらに苦しくさせた。
夏鈴:私、言いたいことがあるんよ
言葉を紡ぐのに、どれだけ勇気が必要だっただろう。何度も頭の中で繰り返してきた言葉が、ようやく形を成し始める。
夏鈴:今年の夏、色々考えたんや。○○とは昔から一緒におって、それが普通やった。でもな、最近、○○のことを考えると胸が痛くなるんよ。自分でもわからんけど…
彼女の声は次第に弱々しくなっていく。それでも、目をそらさずに○○を見つめ続けた。
○○は静かに彼女の言葉を聞いていた。その表情からは、何も読み取ることができない。ただ、じっと彼女の話を待っているようだった。
夏鈴:私、○○のこと…たぶん、好きなんやと思う
その瞬間、全てが静まり返ったような気がした。風の音も、虫の声も、何も聞こえなくなった。ただ、自分の心臓の鼓動だけが響いていた。
○○はその言葉を受け止め、少しの間、黙っていた。夏鈴は息を詰めて彼の反応を待つ。長い沈黙が続いたが、彼が口を開いた時、その声はいつものように優しかった。
○○:夏鈴…俺も、夏鈴のことがずっと大切だった。でも、俺は夏鈴をそんなふうに見たことはなかった。だから…驚いている
彼の言葉に、夏鈴は少しだけ胸が痛んだ。だが、続く言葉を待っていた。
○○:けど、俺も変わったんだ。この夏、夏鈴と一緒にいて、少しずつ気づいたんだ。夏鈴がただの友達じゃないって
その言葉を聞いて、夏鈴の胸が温かくなった。
○○:だから、俺も夏鈴と同じ気持ちなんだと思う
夏鈴の目から、一筋の涙がこぼれた。それは悲しみの涙ではなく、安心と喜びの涙だった。彼が彼女の気持ちを受け入れてくれた。それだけで、心が軽くなった。
二人はしばらくの間、何も言わずにそのまま立ち尽くしていた。夕陽はますます濃くなり、湖面に映る景色も徐々に闇に包まれていく。
夏が終わり、秋がやってくる。
季節の変わり目は、いつも不安定で、どこか寂しい。けれども、今、夏鈴の心には新しい始まりが感じられた。
○○:これからも、俺たちは一緒にいられるよな?
彼の問いかけに、夏鈴は大きく頷いた。
夏鈴:もちろんや。これからも、ずっと
風が二人の間を通り抜ける。蝉の声が静かに消え、秋の訪れを告げる虫の声が高まる。その音に耳を傾けながら、二人は手を取り合い、湖を後にした。
夏の終わりは寂しい。
でも、同時に新しい季節の始まりでもある。彼女と彼の関係もまた、これからどんどん変わっていくのだろう。
それでも、二人でいれば乗り越えられる。
夏の終わりに、そう信じて。
夏の夕暮れが、二人の未来を優しく包み込んでいた。
その後、二人は手を繋いだまま湖畔の道を歩いていた。夕陽が完全に沈み、夜の帳が静かに降り始める。風が少し冷たく感じるようになり、夏鈴は○○の手を無意識に強く握り締めた。
○○はそんな彼女の様子に気づき、優しく笑みを浮かべた。
○○:少し寒くなってきたな。大丈夫か?
夏鈴:うん、大丈夫。でも…なんやろ、夏が終わると、いつも寂しい気持ちになるんよ
○○:わかるよ。その気持ち。でも、俺たちの関係はこれからも続くから、そんなに寂しくならなくてもいい
彼の言葉に、夏鈴は心が少しだけ軽くなった。それでも、終わりゆく季節に対する切なさが完全に消えることはなかった。
夏の終わりは、別れの季節でもある。
けれども、この瞬間は二人にとって新たなスタートだった。
○○は突然立ち止まり、夏鈴の手を軽く引いた。彼女も立ち止まり、彼を見上げる。
○○:夏鈴、これからもずっと一緒にいよう。季節が変わっても、俺たちは変わらないでいたい
その言葉はまるで、今までの関係に対する彼の決意表明のようだった。夏鈴は一瞬驚いたが、すぐに心が温かくなった。
夏鈴:…うん、そうやな。これからも一緒におりたい。○○となら、どんな季節でも楽しいはずや
二人は笑顔を交わし、再び歩き出す。湖の周りをぐるりと囲む道は、木々に遮られて薄暗いが、彼の手がある限り、何も恐れることはなかった。
道端の草むらから聞こえる虫の音が、二人の沈黙を埋めていた。言葉は少なくても、そこには確かな絆があった。
その時、ふと、○○が小さな提案をした。
○○:今度、またこの湖に来よう。秋が深まって、もっと涼しくなった頃に。今とは違う景色が見られるかもしれないし
夏鈴:そうやな。秋の湖もきっときれいやろな
彼女の言葉に、○○は頷いた。
○○:それに、これからの季節は紅葉が始まるから、二人で紅葉狩りに行くのも悪くないでしょ?
夏鈴:それ、めっちゃ楽しそうやん!
彼の提案に、夏鈴の心は少しだけ躍った。夏が終わることへの寂しさはまだ残っていたが、未来への期待がそれを少しずつ和らげていく。これから二人で迎える秋、そしてその先の冬。彼と共に過ごす時間が、今までよりも特別なものに感じられた。
その時、夜空にはひとつ、星が輝き始めた。
○○:あ、見て。星が出てきた
夏鈴は彼が指さす空を見上げた。漆黒の夜空に、ぽつりと一つだけ瞬く星があった。それは、まるで二人を祝福しているかのように静かに輝いている。
夏鈴:ほんまや…きれいやな
○○:これからは、もっとたくさんの星が見えるようになる。冬の空は特に星がきれいだから、楽しみにしておけよ
夏鈴は彼の言葉に頷きながら、そっと目を閉じた。これから訪れる季節の変化を、彼と一緒に過ごせることが、何よりも嬉しかった。
風がさらに冷たくなり、秋の訪れを感じさせる。
夏は終わり、季節は巡る。それでも、二人の間にはこれからも変わらぬ時間が流れていく。
二人で過ごす未来を思い描きながら、夏鈴はもう一度、彼の手を強く握りしめた。