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初恋のフレグランス

山﨑天は、少しぼんやりとした性格で、授業中に黒板を見つめながらも頭の中では別のことを考えていることが多い。今日は特に集中できず、昨日夢で見た出来事を思い出していた。それは、自分と○○の初めてのデートの夢だった。現実では、○○とはまだただのクラスメイトで、少し挨拶を交わす程度。けれど、彼の優しい声や穏やかな表情は、天の胸を少しだけ高鳴らせる。

昼休みになり、教室の片隅で友達の森田ひかると藤吉夏鈴、そして田村保乃が集まってきた。ひかるは小柄でシャープな雰囲気を持ちながらも、いつも笑顔で周りを和ませてくれる存在だ。夏鈴は無表情なことが多いけれど、実は誰よりも気遣いのできる優しい心の持ち主。そして保乃は、天と同じ関西出身で、その朗らかな性格と関西弁でいつも場を和ませてくれる。

保乃:天ちゃん、何ぼーっとしてんの?なんか考えてるん?

天:え?あ、うん……ちょっとだけ。

天は慌てて視線をそらし、顔を少し赤らめた。それを見た保乃は、ニヤリと笑って手をポンと天の肩に置いた。

保乃:なんや、また○○のこと考えとったんちゃうか?

天:な、なんでそんなこと言うん!別にそんなこと……

夏鈴:ええやん、認めたら?あんた、最近よく○○と目ぇ合わすし。

天は何も言い返せず、ただ机に顔をうずめてしまった。夏鈴の言葉が正直すぎて、余計に恥ずかしかったのだ。

放課後、天は廊下で○○に出くわした。廊下は人でいっぱいだったが、なぜか二人の間だけが少し空いているような感覚に陥る。○○は天に軽く手を挙げ、笑顔を向けた。

○○:やぁ、天。今日も元気そうだな。

天:あ、うん……

言葉が上手く出てこない。いつもなら気さくに話せるはずなのに、今日はなぜか言葉が詰まってしまう。胸がドキドキして、まるで体が自分のものではないかのようだった。

○○:明日、よかったら一緒に帰らないか?

突然の誘いに、天の心臓はさらに大きく跳ねた。もちろん、断る理由などなかった。むしろ、ずっとその瞬間を待ち望んでいたのだ。

天:え、ええよ。明日……一緒に帰ろ?

○○は微笑みながら、軽く頷いた。その姿がまぶしくて、天は自然と顔を下に向けてしまった。

翌日、放課後の時間はゆっくりと過ぎていった。天は、○○との約束を思い出し、心の中で何度もシミュレーションをしていた。「何を話そう?」「どうすれば自然に会話が続くんだろう?」頭の中はそんなことでいっぱいだった。

教室を出ると、○○がすでに廊下で待っていた。その瞬間、天の不安は少しだけ和らいだ。○○が隣にいるという事実が、天にとって大きな安心感をもたらしたのだ。

○○:じゃあ、行こっか。

二人は並んで歩き出した。校舎を出て、夕焼けに染まる街並みを二人で歩く。風は少し冷たくなってきたけれど、天の心は温かくなっていた。沈黙が続くこともあったが、○○の隣にいるだけで十分だった。

○○:最近、どう?勉強とか部活とか、大変じゃない?

天:うーん、あんまり勉強は得意じゃないけど……なんとかやってるよ。

○○:そっか。あんまり無理しないでな。天はそのままでいいんだから。

その一言が、天の心に優しく響いた。自分をそのまま受け入れてくれる存在。それが○○なのかもしれない、とふと感じた。

二人は少しずつ打ち解けていき、笑い合うことが増えた。気づけば、校門の近くまで来ていた。

○○:今日はありがとう。楽しかったよ。また、こうして一緒に帰れたらいいな。

天:うん、私も……また、よろしくね。

二人は軽く手を振って別れたが、その背中を見送る天の心は今までにないほど軽く、そして温かかった。

翌日、天はいつもと同じように教室に座っていたが、心の中は昨日の出来事でいっぱいだった。ふと、保乃が近づいてきて耳打ちした。

保乃:天ちゃん、また○○と帰っとったんやろ?そろそろ本気でアタックせな、他の女子に取られんで?

天:う、うるさいなぁ……

顔を赤らめながら、天は再び机に顔を伏せた。しかし、保乃の言葉が少しだけ心に響いているのは否定できなかった。

初恋の香りが、少しずつ天の心に広がっていく。

それから数日が過ぎた。天は○○との帰り道を思い出すたびに、心が少し浮き立つような気持ちになっていた。けれど、何か決定的な変化があるわけでもなく、二人の関係はどこか曖昧なままだ。そんなある日、昼休みに保乃、ひかる、夏鈴と一緒にいつもの席でお弁当を広げていた時のことだ。

保乃:なあ天ちゃん、ほんまにこのままでええん?告白せんと、このままやと○○くん、他の女子に目移りしてまうかもしれんで?

天:えぇ……?そんなことないと思うけど……

天は困惑した表情を浮かべながら、箸を止めた。自分から告白するなんて考えたこともなかった。自分の気持ちに気づき始めたばかりなのに、どうやってそれを伝えればいいのか、まったく見当がつかない。

ひかるはそのやり取りを見ながら、ニヤリと笑っていた。

ひかる:でも、保乃の言うことも一理あるよ。あんまりのんびりしてると、ほんとにチャンス逃すかもよ?

天:うーん、でも……

夏鈴:そもそも、あんたほんまに○○のこと好きなん?告白して付き合う気あるん?

そのストレートな質問に、天は一瞬息を呑んだ。そして、考えたこともない自分の本当の気持ちに向き合わざるを得なくなった。

天:……たぶん、好きなんやと思う。でも、どうしたらいいか全然わからへん。

保乃:なら、動かんと始まらへんやろ?この前の帰り道もええ雰囲気やったんやし、次はデートに誘うんや!

天:デート!?

突然の提案に天は驚いたが、保乃の言葉には確かに一理あった。もし、本当に○○が自分のことを少しでも特別に思ってくれているのなら、行動を起こさないと何も始まらない。

次の日、天は朝から落ち着かない様子だった。教室に入ると、ちょうど○○も登校してきたところだった。周りにはたくさんのクラスメイトがいるけれど、その中で○○の存在だけがやけに際立って見える。

天は心の中で何度も自分に言い聞かせた。
「今日こそは誘うんや……今日は絶対に!」と。

授業が終わり、放課後になった。周りの友達は次々と帰り支度を始める中、天は意を決して○○の席に向かった。心臓の鼓動が大きく感じられ、足取りは少し重たかった。

天:○○、ちょっとええかな?

○○は驚いた顔をしながらも、すぐに天に微笑みかけた。

○○:もちろん、どうした?

天:あの……今週の日曜、もし空いてたら、一緒に出かけへん?

天は心臓が止まりそうなくらい緊張しながら、必死に笑顔を作っていた。○○は少し驚いた様子だったが、すぐに穏やかな表情に戻った。

○○:いいね。じゃあ、どこに行く?

天はほっと胸をなで下ろしながら、考えていた場所を思い出した。

天:あ、あの……駅前に新しくできたカフェ、行ってみたいなって……

○○:カフェか、いいね。日曜、楽しみにしてるよ。

天はその返事に思わず顔を輝かせた。夢にまで見たデートの約束が、ついに現実になったのだ。

日曜日。天は朝から服を選ぶのに時間をかけていた。何度も鏡の前に立っては着替えを繰り返し、ようやく自分なりに納得のいくコーディネートを見つけた。気持ちが高ぶっているのは自分だけなのかもしれないと思いつつも、今日という日が特別であることに変わりはなかった。

駅前に着くと、すでに○○が待っていた。少しラフな格好だが、それがかえって自然で彼らしさを感じさせる。

○○:お、早いな。待たせたか?

天:ううん、私も今来たところやで。

二人は駅前を少し歩きながら、気楽な会話を交わした。カフェに入ると、店内は落ち着いた雰囲気で、天の心を少しリラックスさせてくれた。

○○:ここ、雰囲気いいね。天が選んでくれて正解だったよ。

天:そうかな?よかった……

コーヒーを注文して、二人は窓際の席に座った。カフェの中はほどよい静けさがあり、二人の間に自然な会話が生まれていった。

天:○○って、いつも何考えてるん?なんか、ぼーっとしてるように見えるときがあるんやけど。

○○:あはは、確かにそう見えるかもね。でも、実際はそんなに深いことは考えてないよ。ただ、今日みたいな日を楽しみにしてたりするだけ。

その言葉に、天は少し照れてしまった。○○もまた、今日を楽しみにしてくれていたのだ。

○○:それに、天と一緒だとリラックスできるから、自然と気が抜けるんだよね。

その一言で、天の心は一瞬にして温かくなった。自分が○○にとってそんな存在であることが、信じられないほど嬉しかったのだ。

カフェを出た後、二人はゆっくりと街を歩いた。風が心地よく、二人の距離が自然と縮まっていく。やがて、○○がぽつりと口を開いた。

○○:天、実は前から言いたかったことがあるんだ。

天:え、なに?

○○:天のこと、ずっと気になってたんだ。今日こうして一緒にいられて、本当に嬉しい。

突然の告白に、天の心臓は大きく跳ねた。胸がドキドキして、何も言葉が出てこない。ただ、○○の言葉があまりにまっすぐで、天の心に深く刺さった。

天は息を整え、ゆっくりと口を開いた。

天:私も、○○のこと、ずっと気になってた。こんな風に一緒にいるのが、すごく楽しい。

二人はお互いに見つめ合い、しばらく言葉を交わさなかった。ただ、その瞬間だけが、二人の間で永遠に続くかのように感じられた。

やがて、○○がそっと手を差し出した。天は少し戸惑いながらも、その手を取った。二人の手が触れ合うと、温かな感覚が天の心に広がっていった。

こうして、天の初恋は少しずつ形を成していった。

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