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季節が巡るたび君を想ふ

冬の陽射しが柔らかく差し込むカフェ。理佐はお気に入りの席に座り、カップの縁に指を添えていた。彼女はいつものように、誰かに気づかれることもなく一人の時間を楽しんでいる。

○○がそのカフェに来たのは偶然だった。友人に勧められて訪れた場所だったが、店内の落ち着いた雰囲気が彼の気持ちをすぐに和らげた。だが、カウンターでコーヒーを受け取りふと顔を上げたとき、彼の視線は吸い寄せられるように理佐へ向かっていた。

その時、彼女は静かに目を伏せ、本を読んでいた。少し乱れた髪の隙間からのぞく目元が印象的で、○○の胸に一つの確信が生まれた。

「これを逃したら、もう二度とこんな瞬間は来ないかもしれない」


○○:すみません、ここ、空いてますか?

彼の声に顔を上げた理佐は、少し驚いたように目を丸くし、それから静かに頷いた。

理佐:どうぞ。

その一言には特別な感情は感じられなかったが、彼女の声はどこか柔らかく、○○に安心感を与えた。

彼女に話しかけるのは緊張したが、彼の目は彼女が持つ本に留まっていた。

○○:それ、面白いですか?

理佐はページをめくる手を止め、ゆっくりと笑みを浮かべた。

理佐:まあまあです。読み終わるまではわからないかな。

その後、二人の会話は徐々に弾み始めた。話をするうちに、○○は彼女がただクールなだけではなく、穏やかで親しみやすい一面を持っていることに気づいた。そして、彼女の話し方や笑顔に、どこか懐かしさを感じていた。

それから数週間後、○○は別の街角で再び彼女を見かけた。

彼女は大きな買い物袋を抱え、少し困ったように立ち尽くしていた。

○○:お久しぶりです、理佐さん?

声をかけられた理佐は驚きながらも、すぐに笑顔を見せた。

理佐:あ…あの時の。こんなところでまた会うなんて。

彼女の持っていた袋は破れかけていて、重さに耐えきれない様子だった。○○はその袋を受け取りながら言った。

○○:この辺、駅までは遠いですよね。よかったらお手伝いしますよ。

理佐:えっ…でも、悪いですよ。

○○:いえ、ちょうど時間ありますから。

その後、二人は一緒に駅へ向かった。その間の会話で、理佐がこの近くのアパートに住んでいること、普段は雑誌の撮影などをして忙しくしていることがわかった。

それをきっかけに、二人は時折連絡を取り合うようになった。忙しい日々の合間、理佐は「○○と話すと落ち着く」と言い、○○もまた彼女との会話を楽しみにしていた。

ある日、○○は彼女を誘い、一緒に隣町のラーメン店を訪れた。食べるのが好きだという話を聞いて、彼が見つけた評判の店だった。

理佐:わざわざ探してくれたんですか?

○○:まあ、理佐さんが好きかなと思って。

理佐は少しだけ頬を赤くしながら、黙って箸を進めた。その姿に、○○はますます彼女への想いを強くしていった。

しかし、ある日突然、理佐からの連絡が途絶えた。

いつもは短くても返信をくれる彼女が、何日経っても返事をよこさない。○○は心配になり、ついには彼女の家を訪ねた。

ドアをノックすると、出てきた理佐の顔はどこか疲れていた。

理佐:ごめんなさい、心配かけて…最近、ちょっと大変で。

○○:何かあったんですか?

理佐は少し迷ったが、やがて口を開いた。

理佐:家族が病気で、実家に帰るか悩んでて…。でも、仕事もあるし、どうしたらいいかわからなくて。

○○は静かに彼女の言葉を聞き、真剣な表情で答えた。

○○:理佐さんが大切だと思うことを、優先したらいいんじゃないですか。僕は…理佐さんを応援します。

彼の言葉に、理佐は目を潤ませながら小さく頷いた。

その後、理佐は実家に戻り、家族と向き合う時間を作った。○○との距離は一時的に遠くなったが、二人の関係は途切れなかった。時折電話で話すたびに、二人はお互いの存在の大切さを改めて感じていた。

やがて家族の病状が安定し、理佐は再び○○の住む街に戻ってきた。その時、彼女は心から彼に感謝を伝えた。

理佐:本当に、ありがとう。○○がいてくれたから、頑張れた。

○○:僕は何もしてないですよ。でも、またこうして会えてよかったです。

再び同じカフェで、二人は温かいコーヒーを飲みながら、未来の話をした。彼女の笑顔を見ながら、○○は心の中でこう誓った。

「今度こそ、この人を守りたい」

春の公園を後にした二人は、いつものカフェへと足を向けた。初めて出会った場所。けれど、今では二人の「帰る場所」のように感じられるその空間が、二人を迎え入れる。

理佐は窓際の席に腰を下ろし、春の陽射しを浴びながら少し微笑んでいた。

○○:やっぱり、ここが一番落ち着きますね。

理佐:うん、そうだね。でも、不思議。最初に来た時は、ただ静かな場所を探してただけだったのに、今は…

○○:今は?

理佐は少しだけ目を伏せ、照れたように続けた。

理佐:…誰かと一緒にいたくなる場所になった。

その言葉に、○○の心が静かに温かく満たされていく。彼女の口数は多くないけれど、その一つひとつの言葉が彼の心に深く染み渡った。

ふと、理佐が窓の外に目をやりながら、ぽつりと語り始めた。

理佐:昔ね、人と深く関わるのが怖かったことがあったの。

○○:怖かった…?

理佐:うん。仲良くなればなるほど、いつか離れるのが辛くなるって思ってた。だから、自分から距離を置いてたんだと思う。

彼女の言葉は淡々としていたが、その裏に隠された痛みを○○は感じ取った。しばらくの沈黙の後、彼は静かに口を開いた。

○○:離れることがあったとしても、その間の時間はきっと嘘じゃないですよね。理佐さんがその人と笑ったことや、感じたことは全部、本物だったはずです。

理佐はその言葉に驚いたように彼を見つめた。

○○:だから、僕はどんな形になっても、理佐さんと一緒に過ごした時間を大切にしたい。たとえそれが短い時間でも、その思い出があれば、きっとこれから先も強く生きていけると思うんです。

彼の言葉に、理佐の目には再び涙が浮かんでいた。それは悲しみの涙ではなく、心が解き放たれるような安堵の涙だった。

その後も二人は順調に時間を重ねていった。休日には新しいカフェを探したり、一緒に映画を観たりと穏やかな日々を過ごしていた。だが、そんな平穏な日常に、小さな波乱が訪れる。

ある日の夜、理佐が○○を訪ねた。少し浮かない顔をしていた彼女に、○○は気づかずにはいられなかった。

○○:どうしたんですか?いつもより元気がないように見えるけど。

理佐は少し躊躇したが、やがて意を決したように話し始めた。

理佐:モデルの仕事でね、大きな海外のプロジェクトの話が来たの。チャンスだってわかってるけど、すごく悩んでるの。

○○:悩んでるっていうのは…?

理佐:長期の滞在になるかもしれなくて。今の生活をどうしても捨てたくない気持ちもある。でも、この機会を逃したら後悔するのかなって思う自分もいる。

彼女の声には、自分の未来への期待と不安が入り混じっていた。○○はしばらく考え込み、静かに言葉を選んで答えた。

○○:理佐さんが自分のやりたいことに挑戦するのは素晴らしいことだと思います。僕は、理佐さんがどんな道を選んでも応援しますよ。

彼の真摯な言葉に、理佐の表情が少し和らいだ。

理佐:ありがとう…でも、本当にいいの?もし行ったら、○○とは今みたいに会えなくなるかもしれないのに。

○○:いいも悪いも、理佐さんが選んだ道が、きっと理佐さんにとって一番正しい道だと思うから。

その夜、別れ際に○○は小さな声で言った。

○○:でも、一つだけ伝えたいことがあります。

理佐は不思議そうに彼を見つめた。

○○:春が来れば桜が咲くように、夏が来れば日差しが強くなるように、僕にとって理佐さんは、そんな『いつもそこにある』存在なんです。

彼の言葉に、理佐はハッとしたように立ち止まり、目を見開いた。

○○:どんなに遠くに行ったとしても、どんなに会えない日が続いたとしても、僕はずっと理佐さんの季節を待ってます。だから、安心して行ってください。

理佐は涙をこらえきれず、ふいに彼に抱きついた。

理佐:…ずるいよ、そんなこと言うの。

○○:ごめんなさい。でも、どうしても伝えたくて。

理佐は彼の胸の中で小さく笑いながら、答えた。

理佐:ありがとう…私も、絶対に戻ってくる。○○がいる場所に、必ず。

それから数年後。約束通り、理佐は海外での仕事を終えて日本に戻ってきた。初めて会ったカフェで、彼女は少し緊張しながら待っていた。

扉の向こうから現れたのは、以前と変わらない笑顔を浮かべた○○だった。

○○:おかえり、理佐さん。

理佐:ただいま。待たせちゃった?

○○:いいえ、あなたの季節はいつだって最高だから。

二人は笑い合い、再び肩を並べて歩き出した。

これからどんな未来が待っていても、この先も一緒に季節を重ねていく――そんな確信が、二人の胸にはあった。

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