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昔と今における自分の情報吸収力について考える

昨今は情報量自体が過多ではありますが、同時に、私の受け止め方にも変化がでてきたように感じるこの頃です。
(実は過多というのも、私の感じ方のせいというだけかもしれない話)


新情報に否定から入る理由の変化

私、新しいものは割と否定から入りがち(ただし馴染むとあっという間に絆される)です。
でもその理由について、昔と今とで変化が出ているように感じます。

以前は、前にあったものが名残惜しすぎで批判っていう否定でした。
例えばテレビの新番組の場合、今まで観ていた番組が終わってしまうことを惜しむというか。
前と比べて新しいものってそんなにいいの?っていう否定ですね。

対して今は、「新しいもの」という発表だけでお腹いっぱいっていうか。
むしろ情報を見ていてもスタートダッシュ遅れましたっていう、置いてけぼり感が強いです。
新しいものに関するほかの情報を得る前から、なんか疲労困憊っていうか。

新情報と一緒に走れない

昔は、新情報ってのがエネルギーチャージ、理解のスピードを上げる活力になってたはずなんですが……。
今はそうでなくて、新情報が多過ぎなのか胃もたれになってる気がします。
遅くなるというか、むしろちょっと止まる。
で、周囲に合わせて変に早く飲みこもうとすると、飲みこみ切れずに吐き出しちゃう(取りこぼしがある)みたいな。
歳なんですかね。
もっとゆっくり咀嚼して消化する時間をくださいっていう。

めちゃくちゃ食べたい(新情報みたい)気持ちはあるんです。
だからお店(公式ほか情報元)に寄ったんです。
でもなんか難しいんです。
やっぱ歳かな?


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