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ホームとアウェーのお母さん

私のお母さんは基本強気だ。

かつて乙女だった頃は違ったのかもしれない。
しかし私の知る限りお母さんは何事もテンション高く、強気な姿勢で生きている。

家電量販店の店員に「お兄さん、この端(読み:ハシタ、端数の意)は、もうえかろ(いらないでしょの意)。」と値切りを詰め寄り、向こうが難色を示すと、
「お兄さんが端を負けてくれんと、引越し費用が足りんで新居に冷蔵庫が置けれん〜うわーん!」と謎の理由をちらつかせ大嘘泣きをカマす。(もちろんバレバレ)

そして店員は、隣にいる私と妹に助けを求めるような眼差しを向けるのだが、ヤンキーギャル風貌の妹から「ほんまに無理?…1円も?」とイチャモンのようなトドメを刺されて、意気消沈白目スタッフになっているところを私は何度も見たことがある。

東京に住む私の所に遊びに来て、大好きなEXILEの事務所が見たいと駄々をこね、中目黒のLDH前まで案内すると、駐車場入り口に立っている警備員の所へ真っ直ぐ歩いて行き、「EXILEいますか?」と正気の沙汰じゃない質問をぶつけ、綺麗に無視されているところも見た。

私の友人に遭遇し「きゃー!」と自分から食い気味にハグしにいったくせに返す刀で「アンタ誰!?」と世界一失礼な質問をして初対面である私の友人を固まらせたりもしていた。

彼女の強気な姿勢は“状況がホームである・味方が傍にいる”という条件があるのだが、これは田舎のおばちゃんのよくある特性じゃないかと思う。

ただ心配なのは、ホームの時のイケイケドンドン具合と、アウェーの時のポンコツ具合の落差が尋常じゃない。

アウェーポンコツお母さんはウン十年前に行った香港のホテルで人生初のウォシュレットに遭遇し、使い方の確認もせずボタンを押して顔にウォシュレット水をスパークさせた過去をもつ。


そんなポンコツお母がもっとも花開いた瞬間は私が高校生の頃に遡る。

その日、近所にできた回転寿司に行こうとお母さんは言い出した。
超ど田舎に住む私たちはもちろん回転寿司など初めてで、何の情報も持たないまま緊張とワクワクを胸に店内のカウンター席に通された。

「これ何じゃろな。」座るなりお母さんは目の前にある黒いボタンを押した。
次の瞬間アッツアツのお湯が勢いよくカウンターに降り注いだ。

「…お湯じゃな。」

そうだとしても私はこのような形で知りたくはなかった。

お母さんは店員さんが持ってきてくれた布巾で決まりが悪そうに自分の撒き散らした湯を拭いた。

なぜこの人は毎回何の説明も見ずにボタンを押すのか。
香港のウォシュレットで懲りたはずではなかったか。

呆れと恥ずかしさで小さくなりながら、私は全説明を店員から受け、お茶の粉とお湯を湯飲みに注ぎお母さんに渡した。
そしてさあ私も食べるぞというタイミングでふとお母さんを見た。

完全にテンパっているではないか。
目は泳ぎ、口は半開き、くるくるとこちらにやってくる寿司皿に「イカか…鯛か。これは…エビか…。」とずっと名指しで寿司に話しかけている。

ヤバい。アウェーの時のポンコツお母がMAXを迎えようとしている。
その証拠にお母さんは流れてくる皿を猛スピードで取り&食べはじめた。

「お母さん落ち着いて!ゆっくり食べたらええんやけん!」
私の提案も虚しくゾーンに入ったお母さんは「ドンドンくるじゃもん!しゃーないが!」
とTVチャンピオンさながらに空の皿をドンドン積み上げていった。
そして情けないことに私もお母さんの勢いに飲まれ、気づいたときには2人でわんこ寿司状態と化していた。

そして「お腹いっぱい。そろそろ帰ろう!」となり、店の時計に目をやると入店から10分しかたっていなかった。
嘘だろ…。
2人の背後と顔にちびまる子ちゃんばりの縦線が入った。

「さすがに恥ずかしいか。もうちょいゆっくりするか。」
…腹一杯の回転寿司屋でどうゆっくりすればいいのだろう。

「もういいよ。帰ろ。」と促す私を振り切り、
「あ!カニの握りある!最後に一個ずつしよ!」
と言ってお母さんは手を伸ばし、皿から一貫取って、残り一貫を皿ごとこちらによこした。

「何か硬いな。」と言いつつお母さんが握りを口に運んだその時、彼女が小さい声で呟いた。

「これ…見本じゃ。」

それ以来お母さんと回転寿司には二度と行かないことにした。

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