日本人の国民性は今いずこ
ひと樽のぶどう酒
「ひと樽のぶどう酒」という寓話がある。村を救った勇者を労おうと村人たちは各々が作っている名物のぶどう酒を持ち寄ろうと考えた。村の広場に置かれた大きな樽に、夜な夜な村人はぶどう酒を注ぎ込んでいく。明くる朝、勇者は樽から注がれた液体を口にすると激怒して帰って行った。なんと樽の中はただの水だったのである。
タイトルは人により違うかもしれないが、小学校の道徳の授業で読んだ記憶があるのではないだろうか。この寓話は「誰かが正しい行いをするだろう」という考えの下、自分だけ違う行動をしたり得を取ろうとしたりする人間の浅はかな行動心理がよく見て取れる。私の知っている話では勇者は怒って帰ってしまっているが、元々は古代ユダヤの祝いの宴で起きた事件であり、最後はその罪を認めて懺悔するという話もあるようだ。
ここで出てくる村人たちは決して相互不信を起こしていないというのがこの寓話の面白いところだと私は思う。勇者のためにみんなでぶどう酒を持ち寄ろうという提案に全員が賛同し、「誰かがぶどう酒を入れてくれるから自分は入れない」のではなく「誰かがぶどう酒を入れてくれるから自分は水でも良いだろう」と、少なくとも行動を起こしているからだ。そして村人たちは類似した行動心理を持っており、それは必ずしも悪いものではないと考えることができる。
村単位では行動していない人間が逆に目立ってしまうだろうが、もっと大きな単位では樽にすら向かわない人間もいるだろう。だが、そのような少数派は一旦忘れるか排除することで、類似した行動心理を取る集団を形成することができる。そしてこれが時に ”国民性” と表現されることがある。
国民性という前提が与える恐怖
ここで、なぜこの寓話を持ち出したかという話に転換したい。
連日、ワイドショーで新型コロナウイルス関連の施策に対する是非が取り沙汰され、それに対して否定的な意見がとても目立っている。一方で、それを聞いているはずの人々は、新規感染者が再び増えている状況の中で、ウイルスを恐れているような雰囲気が見えなくなっている。以前に記事を書いたようにエセ評論家が増えていることや、他に報じる話題がないため細かい批判にも目が向いていることが主な理由であろうが、適切とは言えないアクションが目立っていることもまた事実である。
だが、政府高官や省庁関係者とて頭がバカだということはないわけで、そうするとそもそも議論の前提が間違っているのではないかという見方をしてみた。その時に浮かんだ考えが「日本人の行動心理はすでに変化していることに気がついていないのではないか」という仮説だったのである。
ひと樽のぶどう酒から言えることは、樽の中身が明らかになるまで「この村に住む人たちはぶどう酒を入れるはずだから自分は水でも良いだろう」という考えを、偶然にも全員が、村長も村人も信じて疑わなかったということであり、まさに今の日本に当てはめられるのではないかということである。つまり、政府関係者は「日本人はキャンペーンを打ち出してお得感を出せば参加してくれる」「日本人は真面目だから自主的に予防策を取ってくれる」などと思い込んでおり、国民もまた「他にちゃんとやってくれる人がいるから自分はいつも通りで良いだろう」などと考えているのではないかと言うことだ。
もしこのような日本人の国民性に拠った考えが根底にあるとしたら、悲しいかな、これを批判することは難しいだろう。根も葉もない思い込みは確かに恐ろしいものだが、樽に水を注いだ人間が決して悪人ではないのと同様に、彼らもまたお互いを信じた結果としてこのような行動心理になったのだから。
では日本人の国民性とは何なのか?
「日本人の国民性調査」というものをご存知だろうか。統計数理研究所が1953年から5年ごとに実施しているランダム調査である。調査の概要やその結果は以下のサイトを参照されたい。
ここでひとつ不思議なのは、最後の調査が行われたはずの2018年の調査結果が公表されていないことである。前回2013年の結果をまとめたHPが2016年に更新されていることを考えると結果はこれから出るのだろうか。このうち、個人的に注目したい質問を取り上げる。
Q. 「あなたは、つぎの2つの暮らし方のうち、どちらに賛成ですか?」
1. 人のためにはならなくても、自分の好きなことをしたい。(41%)
2. 自分の好きなことかはともかく、人のためになることをしたい。(53%)
まず、この極端かつ大胆な質問であるが、4割の人が自分の好きなことをしたいと考えているようだ。そして、自分の好きなことをしたいと回答した割合はわずかではあるが上昇志向にあるのだ。この結果を新型コロナウイルス対策に当てはめるのはいささか行き過ぎかもしれないが、この結果自体はたしかに今の日本人ならそうかもしれないと思ったのではないだろうか。調査結果を紐解くと驚く内容もあり、一読の価値はあるだろう。
このような調査は5年に一度しか行われていないのが残念だ。国政運営においては国民の声は大切であるから(大切にしているかは別にして)、実態調査はもっと積極的に行ってほしい。そういえば厚労省によるアンケート調査がLINE経由で行われていたが、一連の施策はこの結果を基にしているのだろうか。もしそうであれば、与党はそれを盾にもっと説得力のある主張ができるはずだが、甚だ疑問である。
まとめ
日本人の国民性を一意的に定めるのはとても難しいし、なんとなく「勤勉」とか「思いやりの心がある」という風に考えている人は多いだろう。もちろんこれが間違いではないと信じているが、先の見えない厳しい状況にいる我々は、ただ単に経験則や思い込みで自らの行動を考えるのはとても危険であることは確かだ。
もちろん接点のない他人のために行動を制限するというのは誰もやりたがらない。私もやりたいとは思わない。だが、進んで他人に害を与えたい人間はいないはずである。「自分は良いだろう」と考えるだけではなく、「相手も同じことをしていたらどうだろう」と考えるだけで、樽の中はぶどう酒で満たされ、誰にも文句の言われない自由な行動がすぐに実現するだろう。
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