一橋大学ジョン・マンキューソ准教授(10)セクシズム本『恋脳鍛える英会話』の問題(2)冒頭からシングル女性高齢者差別
一橋大学の差別・ハラスメントを考える緊急シンポジウムを8月3日に開催することになりました。
ぜひお越しください。一橋大学でおきている差別やハラスメントは2019年4月から新しく施行された国立市人権を尊重し多様性を認め合う平和なまちづくり基本条例(平和・人権条例)に反する重大な人権侵害です。
さて、今回はマンキューソ准教授の『恋脳を鍛える英会話』の性差別の話です。前回の下記記事ではこの本が男性が女性の身体を視るのは遺伝学的に正しいなる、学問的にも間違った酷い性差別が書かれていることを指摘しました(このやり方はナチスがユダヤ人の「劣等性」をエセの生物学で正当化しようとしたのと似ています)。
さて、この本の問題はあまりにも多いので、どこから指摘するべきか迷います。というのも、この本は日本人女性が主人公で、白人男性と恋愛するストーリで英語を学ぶというものなのですが、その構図自体セクシズムに満ちていると言ってよいのです。しかも問題は一話ごとに、最後に2つの選択肢が与えられるのですが、その選択肢のうち「白人男性に女性らしく(従属的に)かかわる」という選択を選ばないと幸せにならないように計算されている点です。
第一話でいきなり主人公カナ(と言う名の25歳の日本人女性)は女性の友人アミナに電話で(アミナの上司である40歳の英出身白人男性のいる)パーティに誘われます。そして、
1.パーティには行かない
2.パーティに行ってみる
の選択を迫られます。ここで1の「行かない」を選ぶとどうなるか。
12ページのEvent2へ、とあるのでめくってみると…。
いきなり50年後という設定(つまりカナは75歳)で次のような説明が続きます。
50年後、カナは独り、6畳の和室に座っている。
こたつに入り、昔のアルバムを眺めている。ゆっくりゆっくりページをめくると、在りし日の思い出が脳裏を駆け巡る。
カナは自分の顔に触れて〔feeling time etched into her skin〕、過ぎた歳月の長さを思う。
目尻からひとすじの涙が頬をつたう。
(独り言で)
カナ: 時間のたつのは早いものだわ。いつの間にかお婆さんじゃない! 誰も愛してくれなかった〔I'm just an old woman; no one to love me〕。あっという間にこんな歳。そのつど選んで行くことがどれほど大切か、今頃わかったわ。あのとき、どうして別の選択肢を選ばなかったんだろう。あのパーティに行っていれば! もしかしたら人生180度変わっていたかもしれないのに。そしてあのときも、勇気を出してやってみればよかった。ああ。あのときも、あのときも…。今や、全ては後の祭りだわ。
〔※下線と〔〕内は引用者。英語は見開きの左ページからの引用。写真は右ページのみ。(『恋脳鍛える英会話』13ページより)〕
このページの写真をもう一度ご覧ください。
結婚していない75歳の独身女性はみじめで不幸だよね、というメッセージ。これが性差別(と年齢差別)でなくて何なのでしょうか。
私はこれほど女性(と高齢者)をバカにした英会話テキストを知りません。念のために言っておくと、独身で高齢の女性だから「不幸」だというのは差別です。結婚の有無や、性や年齢でその人を決めつけることは差別です。上のエピソードは、日本社会に蔓延している性差別・年齢差別の価値観を無批判的に採用しているので悪質です。
もし高齢女性の「不幸」をいうならば、むしろ日本の企業戦士として家庭を顧みず「妻」に家事育児を押し付けておきながら、退職後にも企業戦士のプライドに日々固執して家族に威張り散らす差別的な日本の男性高齢者から離れたくとも離れられない「妻」の「不幸」のほうがリアリティがあるのではないでしょうか(他方でマンキューソ准教授はそういう類のセクシスト男性から勇気をもって離婚する自由を行使する女性の「幸せ」は認められないのでしょう)。
(ちなみに上に下線をつけた「カナは自分の顔に触れて」という箇所の英語テキスト部分はfeeling time etched into her skinです。いわば「彼女の肌に刻みこまれた時を感じながら」と訳すべき表現となっていて、つまりマンキューソ准教授はハッキリと女性の肌のシワだとかツヤだとか色だとかを意識して言っているのだと思われます。)
しかも深刻なことに、これは単なる差別ではありません。
私が恐怖を感じたのは、この差別が事実上の脅しになっている、という点なのです。つまり若いうちに(25歳のカナ!)男性と結ばれて男に愛されることがない限り、女性は年をとると必ず不幸になる(75歳のカナを見よ!こうなりたいのか?)のだという脅しのメッセージとして、このエピソードは機能していないでしょうか。
脅し、といったのは決して誇張のつもりではありません。日本ではヘイトスピーチ被害についての論文を書いたことで知られている日系米国人のマリ・マツダらが書いた、米国の批判的人種理論の古典である『傷つける言葉』が主張した通り、ヘイトスピーチはつねに差別の歴史的文脈とセットとなって暴力や実際の権力関係となって被害者を苦しめるのです。
マンキューソ准教授はJust kidding!(まあ、ジョークさ)と笑うかもしれません。しかし意図は関係ありません。日本が極めて性差別的な社会だからこそ、若いうちに男性に愛されるよう日々の行動に気を付けよう、さもなくば75になっても独身で寂しい「不幸」が待っているというメッセージは、単なる差別以上の脅しとして、深刻な差別言説となって当の女性の行動の選択肢を切り縮め、生を歪める権力装置として機能することができると思うのです。コンビニでレイプを奨励するポルノが堂々と売られ、医学部など大学入試でも女性差別がまかりとおり、議員にほとんど女性がいなくて、男女の賃金格差も高く、痴漢という名の性暴力が頻発する日本ではなおさらです。
私は国立大学である一橋大学の教員が書いた英会話テキストでまさか、女性に対し、おまえは男に愛されなければ75歳になった時に六畳一間で一人寂しく生きるのだ、という差別的な脅しをみるとは思いませんでした。日本が欧米並みのまともな反差別規範が成立している社会ならば、こんな本は書けないでしょうし、ましてこんな差別に満ちた本を大学教員が書いたら即解雇ではないでしょうか。
しかし『恋脳鍛える英会話』の本当の恐ろしさはまだまだこんなものではありません。苦痛に耐えて読み進めるうち、この本は洗脳メソッドといってよいものが様々な箇所に巧妙にしかけられているのではないかという疑念が浮かびました。それは徐々に確信に変わりつつあります。
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