ルカとセラ
あのねセラ、ぼくは今日こんなものを見たよ。
小さな女の子がね、交差点の所で縄跳びしてるんだ。
お日様が射してね、街路のハナミズキが満開なんだ。
女の子はぴょん、ぴょん飛び跳ねて、とてもうれしそうだった。
信号が変わったら、手を上げながら走って行ったよ。
あのねルカ、わたしは夜の公園に行ったよ。
芝草が夜灯に照らされて美しかった。
その中にポプラが使徒のように立っていた。
月はもうすぐ満月で、少しの星がこっちを見てた。
わたしは生きているのが怖くなったよ。
うん、でも。もう少しだね、とふたりは一緒に眠る。
あのねセラ、ぼくは今日働いたよ。
たくさんの、たくさんの木を植えた。
穴を掘っているとお母さんを埋めた時のことを思い出す。
どこまでもどこまでも深く掘ってお母さんを埋めたね。
ぼくらのお母さんは美しかった。
ルカ、わたしは今日、壊れたひとを見たよ。
ビルの上に立って、津波がくるぞ、津波がくるぞ、と叫んでた。
わたしはもう水の中なのに、
みんな魚なのに、なにが怖いんだろうと思った。
わたしたちのお母さんは醜かったわ、ルカ。
ふたりは互いの身体を洗う。まだまだ駄目だとふたりは思う。
セラ、目が見えないとね、いろんなものが見えるんだ。
まあるい三角や、真っ赤な白、真っ直ぐな曲線…。
セラ、耳が聴こえないと、いろんなものが聴こえる。
空の奥、海の奥、人の奥、風の奥…。
ぼくらがぼくらの本当の本当を識るために、あと何を失えばいいんだろう。
ルカ、わたしが唄うとね、酔った客が泣くんだよ。
わたしは生まれ求め老いて死ぬことの繰り返しをうたうだけなのに、
泣く人がいるよ。
わたしのこころは泣かないのに、わたしのこころは乾いているのに、
泣く人がいるよ。
ふたりは一緒に食べる。ふたりでなければ食べられない。
きょうぼくは少し飛ぶことができたよ。
セラ、内と外の境目があるんだ。
そこで飛べるんだ。
飛んだ時、もう帰ってこれないかも知れないと思った。
けれど、本当はあそこが最初からの居場所なのかも知れないね。
ルカ、蝶の飛ぶ風景って知ってる?
あれはね、蝶が飛んでいるんじゃなくて、風景が、
その風景を見たひとの夢が飛んでいるんだって。
ルカ、わたし今日、遠い野原で、
あなたの夢が飛んでいるのをみたわ。
ふたりは初めて分かれられるかも知れないと思う。