【限定色オーバーライト】 エピローグ
未だ残暑には至らず、猛暑が居座っているに拘わらず二学期が始まる。生徒指導室のエアコンはすこぶる機嫌が悪く、酷いときには温風を吐き出すだけの不良生徒になるときすらある。
内心には気怠く、眠っていたいという甘えが存在するが……従ったことは殆ど無い。
風紀を維持する者は、規範にならなくてはならない。そう、決められているのだから。
「貴様ァ!! 止まれ!!」
三十六度の体温を超える暑い夏を乗り切った生徒達は、その代償に頭の中が蕩けているらしい。
「初日から作文がしたいとは随分見上げた根性だ。八十枚もかけば許してやろう」
「明日には絶対、直してきますから……!! 絶対に!!」
喉元過ぎれば熱さを忘れる。気温の高さに反比例して、一ヶ月と少しを挟んだことでアレだけ締め上げた風紀のヒモがゆるゆると緩んでいる。
勘弁してくれ、ごめんなさい、明日には直すから。そう言い訳をウダウダ並べて抵抗しようとした生徒は両手の指では足りない。
「明日までは直さないという宣言をこの私の前で吐き捨てるとは、良い度胸だ」
「ヒッ……!!」
パキパキと、指を鳴らすと腰を抜かす生徒。髪を染めてきた生徒には多少の折檻をしても問題ないだろう……と思ったのだが、肩に手が置かれる。
「ま、まぁまぁ、墨波先生……反省文だけで十分ですよ。ね」
一応の同僚に窘められ、拳を下ろす。
今日は朝から大漁に過ぎる。着任した時ばりの入れ食い状態に、食傷気味になる……が表には出さない。
視界の端、チラリと映る。
「止まれ!!」
ほうら、また来た。一切反省しないとびっきりが。
「げっ」
そろり、そろり。人の陰に隠れて通り抜けようとしていた制服をひっ捕まえる。
「おはよう、烏羽原」
「お、おはよぉございます……センセ」
捕まえた相手は一番の問題児……だった生徒。
どれほど指導を強行したところで反省のハの字もなかった……世界から爪弾きにされるほどの意固地を貫いたピンク色はもう存在しない。彼女を象徴するような桜色は消えた。
大立ち回りの跡は存在せず、誰の記憶にも残っていない。
変わらないピンク色は、変わってしまった。
「はぁ……で、言い分は?」
けろり。見つかったというばつの悪さはあるものの、反省の色は一切存在しない亜桜に向かって盛大にため息。
「今日も素晴らしい顔立ちですね」
げんこつ。
「んひっ!!」
相変わらず、間抜けな悲鳴。気が抜ける。
「墨波先生!! どうしたのですか!!」
ノータイムで亜桜に向かって拳を振り下ろした私に向かって、慌てて飛んでくる北岡先生。最近やっとジャージにサンダルというだらしない格好を止めた。
「烏羽原が一体何かしましたか!? 見たところ違反はなさそうですが……」
私が着任する前は、毎日のように亜桜を指導していたはずの北岡先生が私をジッと見つめる。亜桜を殴りつけた私への批難が込められている。
「墨波先生、彼女は成績優秀者で素行も良好。きちんと差し色で留めています。指導するのはお門違いです」
付けいる隙を見つけたと。ルール、ルールとしつこい私への意趣返しが見て取れる。
「そーですよぉ。成績も素行も真面目一辺倒ですって」
ふふんと笑う表情はやはり小生意気。本当に自分に都合が良いように書き換えた。
「北岡先生、勘違いなさっているようですので一つだけ」
再会したときの最初の一言は忘れられそうに無い。
『センセ色……金糸雀色に染められちゃいました』
確かにピンク色はなくなっていた。
私と全く同じブロンド色に染め変えていたから。
「こいつはバカですよ。大バカの社会不適合者なんですよ」
全話は以下のリンクから!!
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