ここに留まるのかを、見極める旅

雪国が舞台の映画に出てきそうな駅のホームで、シャッターを切る。

電光掲示板に出ている表示は、次の行き先。乗り込む電車が到着するまではまだ時間がある。待合室の横の売店でお菓子を買って、缶のホットミルクティーを手に暖を取りながら、次の電車を待つ。最終目的地は金沢。

一人旅をするという自由を手に入れた私は、この東京ー金沢間の鈍行電車の旅を皮切りに、暇をみつけては青春18きっぷを片手に、一人で遠くまで出かけるようになった。

BGMは椎名林檎。メロウな歌声を脳裏に這わせ、バックパックに数冊詰めた買い貯めた雑誌と、窓からの風景を数十分おきに交互に眺めながら、乗り継ぎを重ね、遠くへ遠くへ揺られて行く。

旅の目的は、大げさだが、ここ、すなわち日本に留まるべきかを見極めること。会社を辞めることを決め、海外に旅立つ準備を始めた私は、心の整理と言うべきか、この地に未練があるのかないのか、もう一度確認したくて、この旅を通して自分の決断への裏付けを集めることにした。

どこかに、もしかしたら、まだここに居続けたいと思わせてくれる、心を掴む何かがあるかもしれない。そうほんのり他力本願に期待して、積極的なんだか消極的なんだかわからない、少し感傷的な旅。

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西日本で育った私は、東側にある都道府県にほとんど足を踏み入れたことがなかった。なので、これらの旅はその一帯を主な目的地にした。当時住んでいた東京を起点に、北陸、東北、北海道。東北は太平洋側と日本海側、両方。

季節は冬。

雪景色に馴染みがなかったので、雪のない東京から、徐々に景色の中に白い部分が増えていくのが新鮮だった。

地元の人たちが平気で雪の上を歩いて行くのを横目に、スノーブーツで滑らないように転ばないように、到着した駅から街へと繰り出して行った。

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電車の乗り換えを待つ間、訪れたとあるお寿司屋さん。開店時間になりすぐ入ったのでお客は私だけ。カウンターに座り、大将からおまかせの握りを一貫一貫いただく。のどぐろや鱈の白子、私にとってめずらしいネタを味わいつつ、東北と私の地元の魚の美味しさの話に花が咲く。

東日本大震災で津波が押し寄せたという居酒屋。地方から仕事で来ているというお兄さんと、地元のおじさんたちが仲良くお酒を酌み交わしていて、私も一杯ご馳走になった。誰かが、あそこにボールペンが刺さってあるだろ?とお店の装飾になっていた天井近くの茅葺を指差した。その人はあそこまで津波が来たんだよ、と教えてくれた。

樹氷を見るために乗り込んだロープーウェイ。時期は正月の三が日、スキーを楽しむ家族連れで埋まっていて、そこに一人で乗り込む、少し場違いな居心地の悪さと、正月を一人で過ごしている自覚が助長され、少し寂しくなった。快晴の空の青に白く映える凍った木々の情景は、それに耐えるに値したけれど、その感情と寒さに耐えたご褒美に、その夜はおいしい焼肉屋さんへ行った。一人焼肉の寂しさは、おいしい地元の牛肉で相殺した。

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三十年近く生きてきて初めて訪れた地たちは、美しく、そして人は温かく、食べ物はおいしかった。いつか住んでみたい、と思った土地もあった。

でも、結局決断は揺らがなかった。やっぱり私は会社を辞めて海外に行く。

日本が魅力的じゃないから?そうじゃない。でも、私がここでできること、挑戦したいことはあるのだろうかと考えた時、ここではない、そう感じた。

ここじゃないと感じたのは、いけないこと?それは正直わからない。ネガティブな感情ではないと言いたいけど、自分の生まれ育った国を、ここではないと言い切ってしまうのは、長年一緒にいた恋人に別れを告げるような、罪悪感があった。

だけれども、今私に必要なのは、住みなれたこの場所を離れて、この居心地の良さから抜け出して、自分の挑戦したいことをやって、本当にそれが自分のやりたいなのかを確かめること。

場所の魅力と居心地の良さだけで、やりたいことを先延ばし、もしくはやらないという選択はできない。これがこの旅の結論だった。

心の整理はついた。もう未練がないかと言ったら嘘になる。またいつか戻って来たい、その感情とそれを感じた景色を思い出せるほど、私の知らなかった日本は魅力的だった。

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そして、もう一つ、自分の中で予想していなかった、ふつふつと湧いてきた気持ちに旅の途中で気づいた。それは、「次は、誰かとこの景色を見に来たい。」

決してロープーウェイの居心地の悪さと、一人焼肉の寂しさからだけではない。

この旅の美しさは、画面とインターネットを通してではなく、誰かと同じ景色を観ながら、同じ空気を吸いながら共有したい、素直にそう思った。

自由で気ままにな一人旅が大好きな人間としては、これは驚きの感情で、そう思うようになってからというもの、「一人でこの景色を観るのは最後かもしれない」と、その瞬間を噛みしめるようになった。

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私は今、その決断の延長線上でヨーロッパに留まり続けている。ありがたいことに、誰かと観たいと思った景色を一緒に観てくれる、相方もできた。まだあの時に行脚した土地は一緒に訪れていないけど、きっといつか一緒に。

私の人生の大きな転機には、いつも「旅」がある。決断をするための旅もあれば、その決断が正しいかをもう一度再考する旅もある。

たくさん旅を重ねて、その目的、旅の仕方、自分の感じ方は段々と変わっていくけど、旅をしたい気持ちは必ず定期的にやってきて、満足感をもたらしてくれる。それはどこにいても変わらない。

この先、いろんなターニングポイントがあって、人生は色を変えていくのだろうけど、「旅」はその一部であり続けてほしいと、心の底から思う。



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