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人の死に関わる人が最低限持つべきもの

 先日、ビックリするような事件が起こった。
 こちらである。

 愛知県内の営業していない葬儀場で、腐敗した遺体が棺に入った状態で見つかった。しかも二体である。ハエも葬儀場内を飛び交っていたというのだから、遺体の腐敗具合がどのくらいまで進んでいたのか、あまり想像したくないものである。
 当初は葬儀場の電話番号も繋がらず、誰が柩(注:遺体が入った棺はこちらの漢字を使用する。入っていない場合は棺)を置いていったのか、全く分からなかった。

 僕はこの事件を知った時、かなりビックリした。
 しかし誰が柩を置いていったのかも分からない状況だった。

 その後、続報により少しずつ事件の内容が分かってきた。

 そして最終的には「事件性なし」と警察が判断した。

 葬儀場の経営者は「現在は営業していなくて、別の業者に遺体安置所として貸し出していた。勝手に置いていった」と話し、搬送業者は市から依頼された遺体を安置していたらしい。
 断言はできないが、おそらく身寄りのない方や身元不明の方が死亡し、引き取り人が見つかるか市が火葬するまでの間に安置しておくつもりだったのだろう。
 それを裏付けるような内容の続報があった。

 調査を終えて火葬の手続きを進めていたというのだから、確かに事件性はない。
 しかし、遺体がどこに安置されているのか、そしてどのような状態になっているのかを把握していないのは、さすがに杜撰な対応としか言えない。
 一歩間違えれば、立派な死体遺棄事件である。
 警察に逮捕されて取り調べを受け、裁判による判決を受けることになっていただろう。

 どうしてこんなことが起こってしまったのか。
 僕はこの事件を引き起こしたのは「遺体の搬送を請け負った葬儀業者」「営業していない葬儀場を安置所として貸していた経営者」で間違いないと確信している。

葬儀業者と経営者に共通する「欠けているもの」

 遺体の搬送を請け負った葬儀業者と、営業していない葬儀場を安置所として貸していた経営者。
 どちらもこの事件を引き起こした共犯者のようなものである。

 僕は一連の流れを見て思った。
「遺体に関する知識がないのに、搬送を請け負う業者がいる」
 元葬儀社社員として、とても許せないと思った。

 請け負った葬儀業者と、貸していた経営者。
 このどちらにも「遺体に関する知識」がない。
 僕はそう思っている。

 ご遺体を腐敗から守るためには、最低でもドライアイスを当てての処置が必要になる。しかし、それでも一時的なものだ。腐敗を遅らせることはできても、完全に止めることはできない。腐敗を完全に止めてしまうには、ご遺体を完全に冷凍させるしかないのだ。
 もちろん、葬儀と火葬をするまでの数日ならそれで十分だ。
 しかし、身元不明のご遺体や身寄りのないご遺体の場合は、そうはいかない。

 夏場はもちろん、真冬であってもご遺体は腐敗していく。
 エンバーミングをしてもそれは防げない。
 ましてや今回のように棺の中に入れただけで、ドライアイスも当てず、ご遺体の状態を確認してもいないのなら、腐敗するのは当たり前だ。

 僕は搬送を請け負った業者と対峙したらこう言いたい。

「知識を持たない業者が搬送を請け負うな!!」
「腐敗したご遺体を亡くなった方の家族の人が見たら、どれほどショックを受けるか想像したのか!?」
「ご遺体は金儲けの道具じゃない!!」

人の死に関わる人が最低限持つべきもの「想像力」

 僕は仕事で、この事件が起きた場所と同じ愛知県内にある、別の葬儀社の葬儀場に立ち入ったことが何度かある。

 設立は古くないが、順調に業績を伸ばして今や準大手とも呼べる規模になったその葬儀社の葬儀場には、ご遺体を安置しておくための冷蔵設備が供えられていた。
 ご遺体の名前や安置された日、連絡先が書かれたメモ書きが貼られ、いくつものご遺体が巨大な冷蔵室の棚に安置されていた。

 もちろん、これは大きな葬儀場だけである。家族葬用の小規模な葬儀場には、ここまでの設備は無い。しかし、家族葬用の式場では遺族控室にご遺体が安置され、そこに家族の人がいた。家族の人がいない場合でも、事務所の扉を叩けば、社員さんが必ずいた。

 これが今回の事件を引き起こした知識を持たない業者と違う、正真正銘の知識を持ったプロの葬儀社だ。
 僕が勤めていた葬儀社も、これに近かった。冷蔵設備は無かったが、僕は搬送して自宅や式場にお連れした後、必ず遺族の方の了解を得てドライアイスを当てて処置をした。それに出棺までの間、何度もドライアイスの状態を確認して、必要なら追加のご提案もしていた。

 僕は人の死に関わる人が最低限持つべきものとして「想像力」が絶対必要だと思っている。
 今回の事件も、想像力があれば防げたかもしれないのだ。

「亡くなった人が、自分の身内や友人のような親しい人だったら?」

 こう考えるだけで、ご遺体が悪くなってしまうような結果は避けられたはずだ。
 大切な人だと思っている人が、ぞんざいな扱いを受けたら、誰だっていい気持ちはしないだろう。
 生きている人なら文句の一つも出るだろうが、ご遺体はもの言わぬ存在である。何をされても、文句を言うことはできない。

「もしも……だったら?」

 この問いかけをして、それに対する答えが出せる人だけが、人の死に関わる資格を持てると僕は思っている。

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