髪を切りたい。
"揚げ足を取る"という言葉を初めて聞いた時を思い出して欲しい。まぁ殆どの人が覚えてないだろうけど。
当時小3くらいだった俺は先の言葉を耳にした時、揚げ足ってなんだという疑問と共に、何となく"襟足"が脳内イメージに浮かび上がった。
単純に知能がチンパン並に低かったのもあるが語感が似てるという理由だけで兎にも角も後頭部から生えてる毛髪の事を思い起こしたのである。
それから幾ばくかの年月が流れ、類人猿から人類へと進化した俺は恐らく義務教育の過程でその意味を知ったがそんな些末な事はすぐ忘れて友人達と戯れるなどをして過ごしていたと思う。
しかし平和はそう長く続かない。ましてや小中学生の平和なんて休み時間の度に崩れ去るものである。
昼休みにドッジボールに興じていた俺は、他クラスの名前も思い出せないような奴とやれ服に当たっただの、当たってないだのと判定を巡って口論を繰り広げていた。
白黒はっきりする訳もなく昼休み終盤になっても続く水掛け論に辟易した俺は引き分けを提唱し、
「また明日の昼休みに仕切り直そうぜ」と友好的な案を提示した。
しかしその明日は土曜日だった。
まだチンパンの領域を抜け出せてなかった他クラスの奴はそれはもう明日学校ねぇからお前だけ登校しろよ、てかおめぇの席ねぇから、といった調子でひっきりなしに煽ってきたのである。そう皆さんお気づきだろう。
"こいつ揚げ足を取りやがったな"
怒りと羞恥心が交錯する中で生まれて初めてそう思ったが、実際、ええいこの揚げ足取りめ!なんて昭和初期の漫画みたいなセリフを言うわけでは無い。
本題はここから。
「う、うるせぇ」程度のみっともない返しと共に相手を見やると、そいつの襟足が物凄く長かったのだ。
子供の性格の悪さと襟足の長さは比例しているということは周知の事実だ。
皆の周りにも居たであろう襟足の長いクソガキ、正にそれだった。
その瞬間、類人猿の頃の記憶が蘇った。
言葉尻やミスを捉えてからかうようなウザいやつ、それが揚げ足取り。
では襟足の長いやつは?
人の言葉尻やミスを捉えてはからかってこなかったか?!
そう、奇しくも俺の中で揚げ足と襟足、そして双方が持つ意味がシンクロしたのである。
こうして俺の深層心理に揚げ足と襟足は文字通り互いの足を絡ませながら沈んでいった。
ターミネーターばりに親指を立てていたと思う。
めでたしめでたし。
残念ながらこれで綺麗に終わらないのが世の常というものだ。
時が過ぎ、大学生となった俺は毛髪を金色に脱色したチンパンになっていた。類人猿に逆戻りである。
その日はギャンブル中毒の先輩に連れられて開店前からパチ屋を訪れていた。興味は一切なかったが奢りの昼飯がお目当てだった。
到着するや否やびっくり仰天、既に大人数が列をなしていた。
パチンカスの朝は早いのだ。
整理券というものを受け取りながら周囲を観察すると、およそ8割くらいが伊藤カイジに似ていた。それもアニメ版の方のカイジ。
もうお気づきだろうが、襟足が長かった。
その日の結果といえばまぁ大敗しまして、ハリーポッター2に出てくる屋敷下僕のドビーばりに自らの頭を打ち付けたせいでパチ屋に居た大量のカイジ軍団の記憶しか残っていない。
なんだねその顔は、もう執拗いくどいとでも言いたげな顔してるな??
話を引っ張る事で有名なこの俺でも流石に飽きてたきたのでこの辺で纏めよう。
時は今に至る。
現在、ニュースやメディアは深刻な影響を与えてる何たらウイルスの話題で持ち切りなんて事は皆も痛感しているだろう。
例に漏れず俺もテレビを見ていると、外出自粛の最中に営業しているパチンコ店、そしてその利用客のカイジ達が中継されていた。
相も変わらず"マスクしたら良いんだろ"とか"営業してるのが悪い"だのと、人の揚げ足ばかり取る襟足の長いカイジ達。
ギャンブル中毒怖いなぁなんて思っていると中継もニュース番組も終わり、一瞬暗い画面の中に自分の姿が映った。
襟足ながっっ
真面目に自粛してたし仕方がないだろう。様々な偶然が重なり、類人猿から社会人へと歴史を刻んだ俺は今思う、髪を切りたい。
タイトル回収。
おあとがよろしいようで。