VRで、わたしはふたたび空を飛ぶ

幼いころ、雪の日に空を見上げるのが好きだった。しんしんと降る雪から少しだけ目をそらし、空の中ごろに焦点を飛ばして固定する。すると雪が立ち止まり、わたしが流れ出す。何かに引き上げられるように、ぐんぐんと空に舞い上がっていく感覚が得られた。雪さえ降っていればいつでもできた。風邪をひくから家に入りなさいと叱られながらも、雪の日は外に飛び出して何度も空を飛んだ。

大きくなるとわたしは空を飛べなくなった。最後に現実であの感覚を味わったのは小学生の時だったような気がする。雪の降る日の空はもはや飛行装置ではなくなり、ただの灰色の景色になってしまった。何度か試したがもう飛べない。あの感覚を懐かしみながら、年をどんどんとっていった。

さらにたくさん年をとったわたしは、すすんで外に出ることがなくなった。ゲームばかりの人生を送って、気まぐれでVRヘッドセットを手に取った。目の前の箱の中に見えるだけのものが、どうわたしを楽しませようというのか? すっかり偏屈になってしまった頭で、そう疑いながら新しい世界に出かけた。デスクトップモードですでに体験していたが、おもしろさが見いだせなかったVRChatに再挑戦した。

ある日、気まぐれで訪れたワールドは静かだった。誰もいない。音も記憶に残っていないから、特徴的なものではなかったのだと思う。暗い世界に、ふわふわとパーティクルが降り注いでいた。パーティクルなら古巣のSecond Lifeでさんざん見ている。きれいだが珍しくはない。自分で作ったことだってある。特に関心を惹かれることもなく、だらだらと前に進んだ。

何歩か前進したところで、突如距離感を理解した。次の瞬間、流れるパーティクルと自分の運動が入れ替わり、わたしは上昇していた。飛んでいる。あの小さかったころと同じ感覚だ。わたしは飛んだ。パーティクルはただの光る球ではなく、立体感と速度と重みさえ備えた存在に感じられ、「お前はここにいるのだよ」と説得力をもって迫ってきた。

驚いた。懐かしかった。うれしかった。
誰も来ない、おそらく無名のワールドで、ひたすら飛んで過去の思い出とつながった。
わたしはまた、いつでも飛べるようになった。

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Yuka S. (or rurune)
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