おもしろPKはなしをおねがいします(Ultima Online,1998年)
asm.fmの、この記事を転載加筆修正したもの。主に一人称を改めた。
はい きょうはほーちみんのはなしにします。『Ultima Online』ね。
1997年か1998年。
わたしのいたサーバはPK団の巣窟で、知っているだけでも10ぐらいの極悪PK(player killer、プレイヤーキラー。中身入りのキャラクターを殺すプレイを行う者)ギルドがあった。その中に”Ex-Presidents”(元大統領ズ)っていうのがあって、LincolnとかBill C.とか歴代の大統領や著名な政治家の名前を借りた殺し屋連中がごっそり詰まっていたんだ。あぁ、Bill C.、あいつすごいキチガイだったなー。こいつの話はまたいつか。
その日わたしはたまたま仲間のFとダンジョンに来ていた。余談だが数年後、このFと結婚することとなる。間違ってEnergy Vortex(召喚精霊のようなもの。呼び出すと勝手に動いてその辺のものを適当に攻撃する)でFを轢き殺してしまい、今までPK完全回避を誇っていたFが驚いた勢いでうっかりわたしを犯罪者として通報してしまった事件もあった。わたしのカルマ激落ちを聞きつけたPK軍団が大喜びして襲って来てとかまあそれはここではおいておこう。
一期一会を楽しむドライな放浪狩人プレイの彼と、PKK(※)ロールプレイギルドで日々仲間たちとめっちゃり湿ったドラマティックヒステリック人間関係を味わっていたわたしが組んで遊ぶのはめったにないことだった。ダンジョンを進んでいくと、赤ネームが目に入った。Ho CHI Minh(以下、ほーちみんと記す)。奴はEx-Presidentsの一員だった。
(※ player killer killer。プレイヤーキラーを始末することを主目的とするプレイヤー。弱者を救うプレイスタイルとなるが、正義面している分よけいにたちが悪い場合もある。自覚はなかったが、今思い返せば我々のPKKギルドもその類だった)
ほーちみんがしばらくゲームを休止していたことは知っていた。MMORPGプレイヤーならご存知だろうけれど、プレイを続けている者と休止した者の間には歴然とした能力差が生まれる。特に当時はその傾向が強かった。強いと噂のあいつも今はそれほどでもないだろう。ほーちみんには散々痛い目にあわされてきた。首をもがれたり焼かれたり腸を銀行前にばら撒かれたり、荷物をゆっくり整理している時、真後ろにダンジョン直通ムーンゲートを開かれて、出てきたデーモンにぶん殴られて死んだり(もちろんそのとき落とした金目のものは全部取られた)。2対1、今なら勝てる。ひとりで歩くなんて、ばかな奴。わたしは「あいつを仕留めよう」とFに持ちかけた。
戦闘が開始された。背後から駆け寄るこちらに相手もすぐに気づいた。ほーちみんとわたしが魔法型であることから、戦場は自然に魔法戦の布陣となった。距離をとり、最弱の攻撃魔法であるMagic Arrowを撃ち合う。これは常の守りとして貼られているMagic Reflection(魔法反射)を引っぺがすためだ。防御が薄くなったところで、互いに本気の威力の魔法を叩き込む。近接の得意なFは弱い魔法で牽制しながら側面に回りこみ、攻撃を開始した。わたしは魔法を休みなく撃ち、ほーちみんの注意をこちらに向けつつ、奴の体力を削っていった。ほどなくして、奴の体力はほんの少しだけになった。こちらのMPもほとんどないが、それはあちらも同じこと。やった、取った!
そう確信した時だった。見慣れぬルーンの配列が見え、突然、キーボードが操作を受け付けなくなった。キャラクターはどのキーにも反応しない。気づけばほーちみんはまた何かを唱え、武器を構えたFも奴の隣で固まっていた。なんだこれは。どうして動けないんだ。理解するまで少し時間がかかった。Paralyze(麻痺)だ!
当時Paralyzeはけっこうゴミ呪文と言う扱いを受けていて、対人戦でこれを使ってくるものはほぼいなかった。補助呪文に頼るぐらいなら、ダメージスペルをぶちこんで殺した方が確実だったからだ。だが、ほーちみんは圧倒的劣勢にあって、麻痺の呪文を使うことを選んだ。そして成功した。
こんなのはその場しのぎにしか過ぎない、動けるようになったらすぐに丸焼きにしてやる。この時点ではわたしたちはまだ事態を楽観していた。しかしそのすぐ後に、不穏なみょわーんという音がした。Fは首をかしげていたが、わたしはこの音が何かわかっていた。実装されたばかりのスキル、Meditationを使用した音だ。その場から一歩も動けなくなる代わりに、MPを高速回復するスキル。敵であるわたしたちは麻痺しているのだから、移動できないというデメリットはこの場合問題にならない。
ほーちみんは復帰したばかりのぼんくらではなかった。きちんとアップデートの内容を把握し、スキルを育て、最新の世界に適応したPKとして動ける自信があったからこそ単独でこの場にいたのだ。ぼんくらだったのはこっちの方だ。ばかな奴とは自分のことだ!
Fとわたしは一歩も動けず、悠々とMPを回復していくほーちみんを見ているしかなかった。ほーちみんは何も言わなかった。わたしたちも言葉が出てこなかった。麻痺が解けるのと、Energy Boltの破壊光線が顔面に飛んでくるのは同時だった。勝てない。二人がかりで完敗だ。Recall(帰還。デジョンのように設定したポイントにテレポートする)で離脱した。
飛んだ先で見たのは、HPを半分削られて呆然としているFと、同じくよれよれになった自分のキャラクターだった。これは惜しかったとかいう話ではない。残念とかどんまいとか言えるようなものでもない。死ななかったから引き分けだなんて、悔しくて口が裂けても言えなかった。ほーちみん、恐るべし。侮りがたし、ほーちみん。以来ほーちみんは忘れがたいPKとしてわたしたちの頭の片隅に住み続けている。夫婦の夕食やドライブの話題も時々「ほーちみん強かったなー……」になる。そして二人でしょぼくれる。だってわたしたちは、もう未来永劫ほーちみんに勝てないのだから。