MMORPG昔話:Ultima Online(1)
ずいぶん長い間、様々なオンラインゲームをプレイしてきた。
おもしろい体験もいろいろあるので、そろそろ書き残しておきたいと思う。ぽっくり死ぬ前に。
これは1997年の話。
はじめてプレイしたPCゲームは『Ultima Underworld』だった。海外のゲームはだいぶ趣が違うな、と思った。次に『Ultima Underworld 2』を遊んだ。うまく言語化できないけれどなにかすごいな、と感じた。2つのゲームを遊び終えて、自分はD&D(『Dungeons&Dragons』、テーブルトークRPG)からゲームに入った人間だし海外のゲームの方が肌に合うかもしれないな、などと考えながらぼんやりしていると『Ultima Online』がリリースされると聞いた。オンラインってなんだろう。今までプレイした2作品と何が違うんだろう。よくわからないけれどとても興味を惹かれて、ろくに情報を収集しないままパッケージを買った。
プレイするには常時インターネット接続が必要とのことだった。当時の岩手県では従量制で接続するほかなかった。夜間や休日の割引サービスもなかった。なので普通に接続した。接続した分だけ電話代がかさんだ。毎月10万円ほどの電話代を支払いながら、その後このゲームを2年遊び続けることになるとは、この時はまだ知らなかった。
なんとかキャラクターを作り、ログインすることができた。石畳の町中に、みすぼらしい服装をした我が分身が立っていた。名はEstella。チャールズ・ディケンズの『大いなる遺産(Great Expectations)』に登場する、高慢だけれどどうしようもなく魅力的なレディの名を拝借した。
「街が薄汚い」と思った。なぜか肉や服、革、内臓などが散乱しているのだ。誰が”中身入り”のプレイヤーキャラクターで、誰がそうでないか判断がつかなかった。アメリカのサーバーに接続している。ラグのせいで自分もほかの人も、飛び飛びに動いたり、後ろに戻ったりしていた。パッケージに描かれていた、宝の山を目の前にレッドドラゴンと戦う、わくわくする冒険世界とはかけ離れていた。懸命に何かを拾い集めている人がいる。ただ走り回っている人がいる。癖のあるフォントでしきりに何かを話している人がいる。突然「んぉぉ」という断末魔とともに死体となって転がる人までいた。
ここはどうやらブリテインという城下町らしかったが、華やかさとは程遠かった。どこからかブタの鳴き声が聞こえる。町の中心部はここではないのかもしれない。そう思ってふらふらと歩きだした。くすんだ茶色のリュックサックのアイコンに気付き、ダブルクリックすると中を覗き込むことができた。やはり内側も薄汚い。金貨の山が見えて、自分が100ゴールド持っていることが分かった。店にたどり着いたら、冒険のための装備を整えよう。職人になるのもいいかもしれないな。
半裸にトーチを持ち、マントを翻して大股に走る男とすれ違った。彼はわたしのキャラクターとぶつかり合うぐらいのすれすれを横切り、「hehe」という言葉を残して走り去っていった。なぜheheなのか。英語の笑いについて知らない当時のわたしは、とても馬鹿にされたように感じた。なぜあの男は私のそばを通り過ぎて行ったのか。なぜheheと言い残したのか。繁華街を目指したつもりが、町はずれに出てしまったころ、はたと気づいた。
カバンを開く。金がない。あいつだ!
ゲーム開始からわずか10分にして、わたしはスリに出会い、全財産をすられた。さらに道に迷った。町の中心部はどこなのだ。ひょっとして最初にいたあの汚らしい場所が中心部なのか。王のおひざ元でこの衛生状況はどうなのだ。混乱した頭と、ラグで押し戻される重い世界に感じる焦り。ゲームを楽しむどころではなくなっていた。
とぼとぼと戻る。もと来た道を辿れているわけではないが、一応戻っているつもりだった。左手に見える大きな建物がたぶん城だろう。入ってみる気にはならなかった。このゲームの世界は、王様に謁見して即、金やアイテムがもらえるなんてものではないのだろうと、なんとなく気づいていた。タンスを開けても何も入っていないだろう。それどころか攻撃されるかもしれない。
川、いや、城のお堀か。そのほとりで、見知らぬ男が白っぽいハート型の物体を地べたに並べていた。マウスカーソルの先でつつくと、焼き魚だとわかった。この男は焼き魚を売って日銭を稼ごうとしているらしい。触れてドラッグするとカーソルの先にくっついてきたので、わたしはそれをカバンの中に入れた。お金がないけれど、どこからか引き落としでもされるのだろうか。
何も起きなかった。焼き魚はカバンに収まった。ダブルクリックするとなくなった。魚売りの男はこちらに近寄って、なにか英語でまくし立てたが理解できない。キャラクターの姿を借りていても、見知らぬ男に詰め寄られるのが怖くて後ろに下がった。男が背中を向けたとたん、人々が駆け寄ってきて焼き魚を拾い始めた。男は新たな魚泥棒たちを追いかけ始めた。とっさに反対方向に逃げた。逃げてしまった。
そうか、今わたしは泥棒を働いたのだ。汚い城下町に生まれ落ちたその日に、全財産を盗まれて、うっかり泥棒をしてしまった。なんてゲームだ。これでいいのか。いいわけない、誰かが裁きに来るのだろうか。それにしても英語がまったくわからないことに愕然とした。中高と英語教育を受けてきた。卒論だって英語で書いた。英検準一級までは取った。なのにわからない、ほんとうに何一つ理解できない。わかったのはスリの発した「hehe」だけだった。初めて聞いたプレイヤーキャラクターのセリフは、わたしが最初に感じた通り、間抜けなカモを馬鹿にした笑いだったのだ。
暗い気持ちで歩き続けた。別な方角の町はずれに出てしまった。鹿がいた。このキャラクターにレベルのようなものはない。ゲームの世界では主人公はいつでも特別な存在だ。だから決して、鹿ごときに遅れは取るまい。
わたしはそう信じて鹿に殴りかかり、壮大な戦闘BGMを背に3秒ぐらいで死んだ。
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