自己紹介②
こんにちは!Therapy Room Rurudo(セラピールームルルド)のIZUMI(イズミ)です。セラピストである私がなぜ今カウンセリングを学ぼうと思ったか、自己紹介と(過去をふりかえったら…長いので注意です。)について書いていきます。お時間のある方はお付き合いくださいませ。(中編)。
師匠は全てまるっとお見通しだった!
30代の私は、振り返ると母軸で生きていました。再就職の為に宅建士の資格を取ったのも、不動産会社を選んだのも、母が無類の不動産好きだったからなんです。当時は自分の好きな事を選んだ!と思っていました。離婚後時間が経つにつれ、元旦那さんを見捨ててしまった罪悪感が徐々に大きくなっており『酷いことをした私は罰せられても仕方ない』と考えていて、自己肯定感はゼロに近かったです。貧血で顔色も悪かったし、負のオーラが全身に漂っていたと思います。
2017年の5月、もう7年も前のことですね。師匠から頂いたサインを読んだ私は『なんで営業スマイルがバレたんだろ?はて?』などと思っていました(笑)何万人と診てきた師匠には『そなたの自己肯定感はまだまだ低い状態じゃ。他人軸で生きとるな。』と瞬時に分かるのですね。
入院そして手術
この7年前のワンデーセミナーを受けた1か月後に入院して耳下腺の切除手術を受けたのですが(右耳の下に良性の腫瘍が出来ていました)、退院後は体力が低下していました。手術自体はうまくいったものの、全身麻酔のせいなのか、1週間ほど寝たきりの生活をしたからなのか?以前は20時過ぎまで平気で働いていたのに、定時の18時前には疲れてしまって、『もう帰りたい…』と体が拒絶反応をおこすようになっていました。師匠がよく仰る、『体は正直だのう~』という事ですね。
体調不良で病院ジプシーに
手術後退院して初めての夏。体力が全く戻らず、何度も熱中症になって体調は最悪でした。色々な病院に行き検査をしましたが、異常なし。終いには精神的なものでは?と言われる始末で、とうとう自宅近くの心療内科に行きました。ここで重度の鉄欠乏性貧血になっている(手術するほどではないけれど子宮筋腫が大きくて、隠れ貧血になっていました。)、と先生が鉄剤を処方してくれました。心療内科だけど何故か血液検査したんです。フェリチンの値がすっからかんだと指摘されました。少し体調は良くなりましたが、こちらの先生とは相性が良くなかったのか、話しても心のモヤモヤは晴れず。『検査では正常なのに、まだこんなに体調が悪いのはなぜ?』と私は悩んでいました。色々な病院を巡っているうちに年を越して、2018年になっていました。冬の寒い時期は、謎の体調不良は出ませんでした。(2016年頃に仕事中に熱中症で倒れてから、毎年5月頃に30℃位まで気温が上がるとバテてしまい、頭がボーッとして辛かったです。)
漢方の先生に救われる
今年もまた暑い間は何か月も具合悪くなるのか…と落胆した時に自宅から少し遠いけれど70代の先生がお一人でやっている、漢方薬を処方してくれる病院を思い出しました。そこは長いと診察時間が1時間かかることもあり(先生がお話好きで何故か手相を見たり血液型、干支占いなどしてくれます)、もしかしてあの先生なら私の体調不良の謎を解き明かしてくれるんじゃないか?と思い当たったんですね。この時は体調があまりに悪かったのと、マトモな判断が出来ずカウンセリングに行こうと思いつきませんでした。こちらの病院、予約制ではなく混んでいる時は2時間以上待つこともザラだったので、足が遠のいていたんです。
漢方の先生(先生は、免疫が専門のお医者さんです)の病院に行ったところ『久しぶりだねぇ、どうされました?』とニコニコと穏やかに語りかけてくれる先生。原因不明の体調不良の事を話すと、検査をしてみましょう、とも言われず意外な言葉が返ってきました。『あなたは嫌な事があっても、文句ひとつ言わないでしょう。色んなこと我慢しつづけちゃう性格なんだよねぇ~。だから、こんなに倒れちゃうくらいしんどい状態にならなきゃココに来られなかったんでしょう?』と言われました。私は堪えきれずに泣いてしまいました。この時の診察時間、おそらく1時間半はかかったと思います。診察室から待合室に出て来た時の恥ずかしさ(泣いた後と分かってしまう)と、診察を待っている人がたくさん居て申し訳ないやらで、なんとも複雑な気分でした。でも、これでやっと良くなるかもしれない、と希望の光が見えた瞬間でもありました。
退職、そして人生の長い夏休み
先生が診断書を書いてくださって、私は1年ほどゆっくり休むことができました。2018年の6月の事です。
会社の方には、いつ体調が万全になるか分からないので、休職扱いではなく退職させてほしいとお願いしました。この時の私は先述の通り、頭がいつもぼんやり霞がかかっているような感じでした。仕事も慣れている必要最低限の事しかこなせないような状態。頭がパンクしてたんですね。PCやスマホもメモリがいっぱいだと動作が遅くなったり、正常に動かない事がありますね。それと一緒で、当時の私には体の休養も心の大掃除も両方必要でした。何年も自炊していなかったので、食べる物も見直しました。(サラリーマン時代から気をつけ始めていましたが、心が整っていなければ体もそうそう元気にはならないですね。)あのまま仕事を続けていたら多分大きなミスをやらかしていたと思います。それに疲れ果てていて『もう何も考えたくない、何もしたくない』というのが正直なところでした。
休んでいることへの罪悪感
会社の方や健康保険組合との書類のやりとりや諸々の手続きが終わって、7月からは毎日が日曜日、という状態になりました。6年ほど毎朝満員電車に揺られて出勤していましたので、最初はなんだか落ち着かなかったです。朝起きてものんびり、ゆっくりしていて良い。習慣とは怖いもので、いざ『なんにもしなくて良い』という状態になったらソワソワして居心地が悪いんですね。あれほど『なにもしたくなかった』のに。休んでいいのに、なんだか堂々と休めない。ジムにも以前と同じように夜に通っていました。
体調の方は漢方の先生が見てくれるし、大丈夫。でも心の方は?堂々と休んで良いのに妙な罪悪感がある、って変だよね。カウンセリングが必要だと思いました。ここで、根本師匠のカウンセリングを検討し始めました。ただ、この時は予約が非常に取りづらかったです。お弟子さんもまだいらっしゃらなかった時期でした。幸い、時間はあるのでネットで私に合いそうなカウンセラーさんを検索し、自宅から通える場所の方にお世話になる事にしました。
40歳で人生初めてのカウンセリングを受ける
私が通ったのは、アダルトチルドレン専門と謳っているカウンセラーさんの所でした。検索したとき、私の症状にあてはまる部分がたくさんあったので合うかもしれないと思ったのです。カウンセリングだけでなく、整体施術も組み合わせて診てくれるところでした。(当時は体の歪みが酷く慢性的な首肩凝りでも悩んでいたので、整体ジプシーもしてました。)
カウンセリングを初めて受けた時の感想は、『こんなに私の事を分かってくれる人が居る』『どんな事でも喋って良いんだな』という安心感がありました。それから、ボロボロと涙が大量に出てきて、感情を解放するとスッキリするんだ、という事を体感しました。
人生の夏休みを漫喫する
毎日が日曜日、という事にも少し慣れてきた10月頃です。サラリーマンの頃は忙しくてあまりお金を使わなかったので、この頃預貯金は少し余裕がありました。せっかくだし気分転換に沖縄に旅行することにしたんです。私自身は、今まで目的がないと旅行など行かないタイプでした。まだ行った事がないという理由で沖縄本島に行きました。残念ながら天気はずっと雨。でも、飛行機に乗る時は楽しみでワクワクしましたし、水族館に行ったり、海を見たり、沖縄料理を食べたりして、東京の狭い自室に閉じこもっているよりはるかに健康的に過ごせました。沖縄のゆる~い空気感が心地よくて、なんだか心も緩んだようでした。
離島への旅
ステータス修行という言葉をご存じでしょうか?当時はブログでステータス修行(マイル修行)の旅、という記事を上げている方が多くて、その時私は初めて知りました。先輩お弟子のヤタさんは飛行機好きで有名でして、ブログにステータス修行の旅レポ書いていらっしゃいました!偶然2018年はJAL系の航空会社ばかり使っており、その時既にそこそこの回数乗っていました。JALの場合、1年間で50回飛行機に乗れば上級会員になれる(今年から改正)という記事を見たのです。その時に『もう10回近く乗ってるし、今年やらなきゃ勿体ない』と、思ってしまいました。初めて那覇に行ったのが10月の中頃でした。12月まではまだ2カ月ある。心をゆるませ癒す旅、にかこつけて乗り継ぎの多くなる沖縄や鹿児島の離島に数多く訪れました。今までなら恐らく行かなかっただろう場所をたくさん訪れる事ができました。この旅のお陰で私はすっかり南国に魅了され、離島マニアになりました。島それぞれに個性があって面白い。ちなみに、来月8月の終わりから9月に久米島と渡名喜島に行きます!
一旦こちらで区切ります。続きは③に。