ああ。あの日。
あの日のことでございます。
私は一心不乱に初詣を並んでおりました。
三十分くらいでしょうか。やっとのことで順番は巡り、二礼二拍手。
ありきたりなお願い事をしようと思いました。
家内安全とか、交通安全。世界は安全が一番なのでございます。
拍手のまま手を合わせ、目を瞑り、
そのありきたりな文言を心で唱えようと脳内を動かしました。
すると。なんということでしょう。
周囲の雑音。それは若い女のはしゃぐ声や老人の囁きなど、
混ざってフラペチーノのようになったもののことではありますが、
それらが一筋の泡も残さず、消え去ってしまったのでございます。
ええ、銀世界。
すべてを白が飲みこんで、すこしのボコボコだけを残した
懐の大きい土地のようでございました。
しばしの間、私は冷気と香りに浸っておりますと、
まるでモーセが海を割ったように、
野太く凛々しいものがそこへ響いたのであります。
なんておっしゃいましたか?
なんだか母の言葉のような、熊の唸りのような。
合わさってチョコレートのような。そんなお声でした。
後ろの方の「すみません」という声で、私は元旦の神社へと還ってまいりました。
急いで一礼だけすると、すぐに右へと逃げたのでございます。
そうか、真冬の高い高い空がしゃべったのか。
そう思うことにいたしました。
帰りにおみくじを引くと、中吉、と書いてありました。
/ルリニコクみみみ