一人の女が三人の男から一人を選ぶ(あるいは選ばない)話。

無機質でグレーのプラスチックみたいな壁と、グレーの絨毯。LEDの蛍光灯。窓はなし。机は折りたたみ式の白。椅子はやっぱりグレー。蛍光灯の光が充満して息苦しい。真っ白に明るくて、感情がない。

薫が長机の前に一人で座っている。

一人。

ドアをノックする音。律儀に3回。トン。トン。トン。

「どうぞ。」

がちゃ。3人の男が順番に入室する。

「失礼します。」
「失礼します。」
「失礼します。」

そして、お辞儀。ぺこり。ぺこり。ぺこり。

3つ並べられたイスの横にそれぞれ立つ。ああ、就活マナーで教わった通りだ。そして、あれだ。あの「座ってください」の合図を待っているんだ。

「どうぞお座りください。」

「失礼します。」
「失礼します。」
「失礼します。」

そうそうこれこれ。

就活の時にみんなが必死になって追いかける。私も当時はそういうインスタのアカウントを真剣にフォローしてたっけ、と薫はふと思う。はたから見ると滑稽なものだ。しかも、薫にとっては全員が知り合いなのだからなおさら。

「では、まず30秒で自己紹介をお願いします。お名前は必ず言ってください。大学名は言っていただかなくて構いません。誰から行きますか。」

こういう時、日本人は困ってしまう。だから、この言い方をした時にちょっと失敗したなと薫は思った。しかしすぐ後に、いや、そもそも日本人だからという決めつけは良くないなと思い直す。日本人だろうがなんだろうが、30分間、こんな無機質な部屋に閉じ込められて尋問されると思ったら怯むだろう。そう、ぼうっと考えていた矢先。

「え、誰もいないんですか?じゃあ俺から。」

そう関西弁で話し始めたのは、一番初めに入室してきた男。ああ、やっぱり。

「ええ、皆さん。ノルウェーって知ってます?」

またやってる。やっちゃってるよ。
就活ノウハウその①:第一印象は5秒で決まる。

「北欧にある国なんですけど、北欧って、あの半島のところに3つ国があるんですよ。知ってました?それで、ノルウェーってそのうちのどれか、わかりますか?」

正直、薫はわからなかった。だから、てきとうに答えた。

「一番右、ですか?」

「ロシア側ってことですか?違いますね。正解は一番左なんですね。まあ、僕はそこで生まれて。でもそこにずっといた、というわけではなくて、また場所を移動しました。こうやっててくてく歩いて、」

そう言うと、おもむろに立ち上がり、のしんのしんとグレーの絨毯に足を下ろして歩き回る。みんなとアイコンタクトをとりながら。ツキノワグマみたいに。のしんのしん。(アイコンタクトをとられた方はかなり気まずい。)

「地球を半周くらいして、さあどこに辿り着いたでしょう?」

「…メキシコ。」

「お、正解!よく覚えてるなあ。あれ、待って、もうとっくに30秒オーバーしてる?あ、じゃあ。(咳払い)失礼しました、ええ、まあとにかくいろんなところにいたことがあるので経験は豊富ですし、いろんなこと話せると思います。」

「あ、名前言ってなかった、木谷ゆうです。」

まだ、彼がツキノワグマみたいに歩いた、のしんのしんという響きが残っているような気がする。いや、残っているどころじゃない。充満している。でもおかげで息苦しい白い光は一掃された。

薫はため息をついた。はあ。この人はいつもそうだった。こうやって人の気を全部自分の方に持っていってしまう。だから好きかもとか思ったのかな。

「それじゃあ次の方。もう順番にいきましょうかね。真ん中の方お願いします。」

「はい。中條了です。出身は石川県で、大学を卒業するまでずっと石川に。大学では音楽を、特に作曲を勉強したのと、軽音学部に所属していて、作曲とボーカルを担当していました。卒業してからは、上京して、アーティストのマネジメントをする会社に就職して、5年間働きました。人生を楽しむことは得意ですね。見切りをつけて、その時々を楽しもうという感じです。本日はよろしくお願いします。」

この人もこういう人、と薫は思う。適度に、そつなく。

「ありがとうございます。じゃあ最後、井上くん。」

「井上晶です。昨年、慶應大学を卒業しました。現在は法科大学院で法律を勉強しています。弁護士になることが目標です。長所は、自分に正直なところで、興味関心には一直線に取り組むことができます。よろしくお願いします。」

一番感じがいい、と薫は思った。一番ふつうでまともでちゃんとしている。まあ、この大学の人に特有な感じで、大学名言っちゃってるよとは思ったけど。言わなくていいって言ったのに。

実際に選べるのかどうか、それはまた別の話だけれど。

(つづく)


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