「PLAN75」結構、重い問題定義を、柔らかく、名女優の漂わせる空気感をうまく使いながらまとめられた佳作
早川千絵監督、初長編作品。実質的なデビュー作と言っていい。そして、カンヌのカメラドール特別表彰という栄誉も掴み、劇場のお客様の入りもそこそこだった。
高齢者、75歳以上の日本人が死を選べるという法案が国会を通ったというニュースから始まる。生命とは何か?そして、高齢社会を取り巻くさまざまな問題に、事務的にしか対応できない政治のあり方、そして、そんな命の問題にまで、まとわりつく利権。さまざまな怒りを映像の中に秘めながら、ゆったりした映像としてまとめられた一編。正直言って、ずーっとくらい映画である。一緒に映画館にいた高齢者の方たちは、悲しくなっていかないか?すごく不安になるような一編だった。
結構、ちゃんと内容を書いていかないと、その奥底にあるエグい部分を評価できませんので、ネタバレ当然で書かせていただきます。読みたくない人はここまでにしてください。
私的にこの映画を観るにあたって、一番興味深かったのは、どうやって人を殺すのだろうということ。ここでは、明確な方法などは描いていないが、薬による安楽死というところのようだ。そして、所有物の処理や、多くの仕事をフィリピン人にやらせているということは、日本人が知ってはいけないことが多くあるということだろう。そこでの、金や宝飾品などの扱いに虚しさを感じさせるのは、必要なことか?この映画、右か左か、上か下か、向いている方向が見えないところがまた、秀逸なのかもしれない。
この映画で、政治的な部分でピックアップされたのは、遺体が火葬場にいかないものを産廃業者が処理しているというもの。最初の方で、一緒に火葬にされるとタダという話が出てくるが、そういうことだったようだ。そこに気づいた、この事務局で働く磯村勇斗が、最後に、安楽死したおじさんを火葬しようと車を走らせるのだが、火葬場が空いていないということがわかる。そう、多くの死体を処理するのは、こうなるのは当然なのだ。だからこそ、グループで埋葬するというプランができる。もちろんのこと、その裏には利権が蠢いていることは説明しなくてもわかる話だ。そういうところを、説明を最低限に抑えて、映画でわからせていく技量に関しては、監督、なかなかのものだと思いました。それにより、映画が訴えようとする意見的なものが弱いと感じる人もいるだろう。確かに、今は亡き熊井啓監督などがこの題材を撮ったらどうなるか?と考えれば、その辺はよくわかるはず。
そして、この映画の空気感を作っていたのは、倍賞千恵子であることは、観た人なら誰もが納得するところだろう。倍賞千恵子は、今年81歳。この映画の主役としては適任だろう。そして、この役のように一人で生き抜く、高齢者はこれからますます増えるわけで他人事ではない。彼女がプランに申し込む過程、そして、死に至る日までを特に多くの言葉を挟まずに、これも、なかなか秀逸に心根みたいなわかるように映像に作り上げている。監督の、柔らかい映像作りが印象的。彼女と会話をする若い娘との交流の画は、人間は、楽しかったり、優しかったりする人がいれば、枯れることはないと言っているようであった。このプラン、最後にこんな話し相手を作っているのは、どうにか、高齢者を殺すためなのだろうが、逆効果のようにも思える。まあ、この人員を集めて、そこにも利権が蠢いているのでしょうけどね。何も言われなくても、パソナの親分の顔が見えてきたりしてしまう私です。
そして、ラスト、倍賞は、死を選ばずに、死刑場とも言える場所から逃げ出すわけである。そこに沈む太陽をみて、自分はまた昇ろうと思ったのだろうか?いや、「お兄ちゃん、私、もう少し生きてみるは」と渥美清に向かって話していたように私には見えた。つまり、監督は、こういうことを正論として描きたいわけではないのが、ここで見えてくる。だが、それに対し、自分の意見みたいなものを強く混ぜていかないのはズルい気もした。
監督は、このラストに人間の希望を見出したのだとは思います。人間が人間を疎ましく思うような社会は間違っているし、も一度、皆さんで考えてみませんか?という感じだったのでしょうね。そこが言葉足らずではないか?と思えました。
映画館内は、このPLAN75の範疇にいるような、老いた皆様が多く見受けられました。彼らは、この映画を見てどう感じたのでしょうか?すごく意見が聞きたいと思いました。そういう人が多いため、普通の2時間の映画なのに、トイレ立ちの人が多数いましたが、あれは、見ていられないということで立ったということもあったのでしょうか?
ある意味、この問題って世界的な問題であり、そういう意味でカンヌでも興味をそそったのではないでしょうか?そして、日本人に対して、この映画からどのような印象を得たのかはすごく興味深い。私的には、見事に、今の日本人の薄情さみたいなものをうまく描いた一編に見えました。
ネットで初日の感想を見ると、皆がくらい映画だと思ったらしいですね。でも、そういう現代の日本の暗い部分をしっかり描くっていうことは、映画というもので表現することは、とても重要なことだとは思いました。もちろん、この映画のようなことをこのまま受け入れたら、日本の未来はないと思いますよ。
倍賞千恵子さん、昨年の「Arc」でも、不老不死を捨てた芳根京子の老いた姿を演じていましたが、本当に、存在感がたまらないです。主演作としては、これが最後かもしれませんね、良いお仕事見せていただきました。