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「アウシュヴィッツのチャンピオン」現代にいて、リアルに戦争の傷を体現させる秀作
一昨日「長崎の郵便配達」という映画の寸評で、日本映画はもっと反戦の強い意志を持って、その題材の映画を作り続けるべきだと私は感じた。そしてその2日後にこの映画を観る。2020年のポーランド映画。映像の中にアウシュヴィッツの地獄絵が、かなりリアルに(本当のそれは知らないが、そう見えるということだ)凄惨に再現されている。その中で、ボクサーとして、ドイツ人の娯楽として見せ物になることで、その中を生き延びた囚人の実話に基づく話だ。
そう、昔は、日本でも、こういう映画は撮ることができた「真空地帯」や「人間の條件」など、初めて見たときに、「これが人間のやることなのか?軍隊とは国を守ると言いながら、人をモノと扱うところなのか?」と強く思ったものだ。そう、そんな日本映画が無くなって久しいが、何年振りかで戦争映画に、人でなしの歴史の一端を見せつけられた」
ポーランドという土地は、今でもこういう映画を撮ることができる土地なのだ。そして、「私たちは、この過去を絶対に忘れない」というような気概が映像から溢れんばかりの作品であった。最初に主人公が収容所に連れてこられ、まともな食料も与えられずに、重労働をさせられる。そして、仲間は毎日死への道を歩いていくのを見せつけられる。そんな中で、なんとか食料をちょろまかそうとする主人公。そして、自分自身が死の一歩手前まで連れていかれる。もはや、生きられるだけで奇跡だ。こういう意味なき人種差別によって言われなき死を味わった現実を確実に今に伝える。そして、その地獄絵は、今の若者たちに怒りを起こすだけのものになっている。戦争に対する捉え方が、敗戦後、全くぶれていない感じが映像から滲み出る。
そしてこの、ボクサーとして、ドイツ人の見せ物になることで生き延びた主人公を演じるピョートル・グウォヴァツキの熱演が全てと言ってもいいだろう。彼が、同志にパンを分け与えたり、薬を調達したり、若い男と話すところで、彼の本質的な優しさが滲み出るような演技。そして、痛めつけられ、最後のリングに自ら上がっていく様は、そんな綺麗事ではない。周囲のドイツ人も、囚人も、全て敵に回ったようなすごいリアル感と言おうか、魂だけで戦う彼がいる。そのなんとも言えない映像のテーストに私たちは、ただただ、アウシュビッツの心など存在しない狂気の中に放り込まれる。ここでは、ボクシング自体も戦争である。
そう、ガス室に放り込まれていく人々。そして、そこで行われたことを、暗い夜の煙と、奏でる狂気の声だけで表現しているところも、すごい怖い演出である。ここで、生き抜いたということは、最後に象徴的に出てくる天使のおかげだとしか思えない。そう、ただただ、観客をアウシュビッツに連れていくことに成功していることで、この映画は成立し、すごいパワーを映像の向こうから我々に放出してくる。
ボロボロになりながらも、この死しか感じない収容所から出ることができ、生きながらえることができた男は、戦後、ボクシングジムを開いている。そこで子供たちにそれを教える目は、とても優しく、とてもしたたかにものを見つめている感じ。多分、彼の強い善意は、永遠に天使として空を舞うということなのだろう。
こういう戦争映画が、世界中で作られ、そして戦争などという言葉のない世界がくることを祈る気持ちが強く感じられた一編だった。戦後77年、日本人は、もっと戦争とは何かを知るべきだ。それを知っていたら、憲法改正するにしても、もっと人間らしいものが作れると思う。私たちは、どこまで歴史が過ぎようと、生身の人間なのだ!