「ハリエット」奴隷解放の源流の話。現代のアメリカにも残るこの時代のDNA。それは、日本にもこびりつく醜い垢である。
アメリカでは、今、黒人の差別問題で揺れている。新型コロナ問題で皆の気持ちが乱れる中、本性があらわにされているようにも見える。日本国内にも、街にそんなギスギス感が漂っている気もする。
昨日からTOHOシネマズが再開。さすがに、新作を並べてくれたのもあり、新宿まで足を伸ばす。人はまだ、映画を観るような心持ちでは無いのだろう。ロビーも人はまばらだった。歌舞伎町も、夜も全開ではないせいだろう、新宿の街自体が何か気の抜けた空気感を漂わせていた。
そして観た映画は「ハリエット」。ケイシー・レモンズ監督、シンシア・エリヴォ主演。150年以上前、自分も奴隷の立場から逃げ、生涯に800人以上の奴隷解放の手助けを行ったハリエット・タブマンの半生を綴る伝記映画。
最初に書いた、差別のようなものがあることを、私たちは形として知っている。それは、日本にある、朝鮮や中国のヘイトと同じようなものでもある。世界がこれだけグローバル化しても、その差別の根っこはそう簡単にはなくならないということである。そして、ここで描かれるアメリカの約150年ほど前の話。実際に肌の色が違うから差別するということもあるが、黒人たちがアメリカやヨーロッパに奴隷として連れてこられたという現実がここにある。そして、そういうことを知らない日本の若者は多いのではないだろうか?
ファーストシーンから、奴隷たちが神に向けて歌う歌がある。それは、彼らが、「言われるままに働かなくてはいけない」という歌だ。教会も彼らの立場は「奴隷」だと言わなくてはならない世界。
私が若い頃にも「ルーツ」というヒットドラマがあった。アメリカは、黒人とどう向き合ってきたかという歴史に向き合うのは、日本みたいに「臭いものには蓋をする」という醜いものとは違う。エンタメを通して自分たちが歩んできたものを反省する能力があると思う。それに対し、日本は、いまだ奴隷時代。今の派遣社員の待遇など見てもよくわかる。肌の色が同じでも、富裕層と奴隷の間は明確に離れていき、それを救う神もいない。救うと言った神がマルチ商法の神だったりすることもよくある。たまらない…。今、話題の「電通」などという会社はここに出てくる奴隷たちの親分である。
話が飛んだ。そう、この映画は私もよく理解しきれていないアメリカの奴隷が開放され始めた頃の話である。そして、主人公は「神」と話せる。神のいう通りに行動し、まずは、200km北に逃げ、フィアデルフィアに到着。黒人解放のグループに助けられる。そこには、今まで生きていた中では考えられないユートピアがあった。だからこそ、彼女は残してきた家族を助けなければならなかった。そして、再度、奴隷農場に戻って、家族を救出する。そんなことが度重なる世情の中で、自由になった黒人たちは再度北に逃げなくてはいけなくなり、カナダに。ここにきても、ハリエットは、自分の仲間を解放していくことにこだわる。この時点で、「ハリエット=神」なのだ。黒人解放ということが彼女の使命に変わっていく様は、観ていて早すぎるが、エンタメとしては面白い。
実際のハリエットには、ここに描かれる以上に苦労があったのだと思う。その汚い部分を描いていないのが、この映画の欠点ではある。もちろん、主演のシンシア・エリヴォは、それを演技と表情で十分にアピールしてくるのであるが…。
西部劇でインディアンが悪党になるように、ここでは奴隷を飼う白人たちは悪党である。だが、彼らも商品として黒人を売り買いすることで農場を維持している部分もある。だが、人間というものは商品にできるほど、従順ではないのだ。そして、飼われる人の心はどんどん荒れていく。それだからこそ、繰り返してはいけない歴史なのである。今、アフターコロナで再度、こういう状況ができる可能性も多々ある。だからこそ、この映画は今観るべき映画の一本であるのかもしれない。
映画としては、少し、英雄譜的に作りすぎている感はある。主役のシンシア・エヴォには、シンクロしやすいし、どうしても作品自体が黒人側の目線にあるからだ。演出も、すごいスタンダードなもので、観客が様々に考えるすき間がないのが少し気になった。
だが、彼女が農場で奴隷でいる同胞に、口ずさむ歌の響きには、とても感動させられる。それが狼煙となって、逃亡が始まる。そういう演出は、やはり英雄を魅せる映画として成立しているのだ。
ラスト、やはり「Stand up」というタイトルの彼女の歌が流れる中、セピアの写真が重なり、タイトルバック。ここは、すごく格好いいし、力強い。「私たちは人間だ」という強い主張を感じるものになり、映画全体の様相を高めて終わる。映画として、秀作だと思う。
ただ、ここから150年以上たった今も、そのルーツの過ちは、我々の心を蝕んでいる。それは、このコロナウィルス 禍の中でも重要な側面だということは、今のアメリカの表情を見ればわかる。日本でも、当分の間、外人の皆さんは働きにくいだろう。そして、日本人の中でもカースト制度のようなものが、再度構築されていくようにも感じる。
そんな今だからこそ、多くの人に見ていただき、考えていただきた映画だと思う。
映画館は、ウィルス対策に最善の努力をされています。今だからこそ、映画館に一人でも多くの人に足を運んでいただきたい。映画を観れば少し、心が高揚してきます。その少しが明日のために必要なパワーになります。よろしくお願いします。