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「あの頃、文芸坐で」【83】鈴木清順監督の映画は今もエモーショナルに見える

昨日書いた、007を続けて観た後の7/4に、文芸地下で「野獣の青春」と「東京流れ者」の二本立てを観ている。共に映画館で観る三回目。今でも、時々ビデオで観るが、この当時は、そんな簡単にビデオで見られる時代ではなかった。まだ、レンタルさえなかったし、自分自身は学生で、ビデオデッキを持ってるものなど、ほとんどいなかった時代だ。だから、好きな映画と言おうか、映画として何度見ても発見がある作品は繰り返し観たかったということだ。今は、2番館というものがないから、2度目観るのは、家のモニターですものね。映画がこう変化するとは、この時には全く予想しませんでした。

(この時のプログラムは、前回と同じものなので割愛)

で、鈴木清順という異能な監督の映画作りは、いまだに似たようなことをやってそれが成就した人がいないものだと思うので凄いのだ。日本を代表する監督、黒澤明が、万人が観て完璧な映画を創り込もうとする天才なら、鈴木清順は、それが好きな人にはあっと言わせるが、その手法が鼻につくような人にはゴミ扱いされるような監督である。そして、「ツィゴイネルワイゼン」を多くの人と一緒に見た時、それは明らかだった。「凄い」と唸るか「つまんない」と憤るか。それは、映画の宿命ではあるが、鈴木清順は自分の作りたいものを撮っているだけであり、あまり末端顧客全てに好きになってもらおうなどと思わなかったのだろう。だが、彼のインタビューで「映画は綺麗でなければならない」という言葉は忘れられないし、今のような桜の季節には、清順映画が見たくなるのだ。

ある意味、それなりに経営がうまく行っている映画会社の中では、自由にそういうことをやると、映画が撮れなくなるとか、そんなことも考えていなかったのだろうと思う。自分の好きな映画を撮るだけというその姿勢は、今、令和なら成立するが、清順監督の時代には、やはり異端だと思う。ATGや独立プロでそれをやるならともかく、アクション映画の日活内で変な映画を作り続けた才能は、本当にイカれているし、日活をクビになって、かなりの年月が経った後に撮った映画が「悲愁物語」、そして少し間が空いて「ツィゴイネルワイゼン」。彼の腕は落ちるどころか、それで映画賞を総なめにすることに。まあ、凄い映画監督だと思う。

なぜなら、先ほど、引き合いに出した黒澤明は、「カラー映画」に一本の傑作はないと私は思っている。そして、いろんな映画から退陣し、自殺未遂をした後の映画群、「デルスウザーラ」以降の作品に、特に感動は覚えなかったし、面白くはない。「影武者」や「乱」を黒澤映画と呼べるのか?金はかかっているが成果は出ていない。ワクワク感の欠如など、悪口になっていくので、書かないが、周囲もそういうふうにメチャクチャに書けないような雰囲気は良くない。「黒澤は最後は下手くそだった」と書くのは「王様の耳はロバの耳」である。

それにしたら、最初から異次元の映画を作っていた鈴木清順は、ファンと魅了し続けたと言っていい。(あまりにもカルトなファンではあるが)ブランク後の「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」「夢二」の三部作は今見ても、綺麗だし、映画として完成度は高いと思う。その後は、今ひとつと言ってもいいが、まあ、死ぬまで存在自体が面白かった監督だ。そして、今思うのだ、鈴木清順は最初からデジタル的な映画をつくっていたのではないかと?

「陽炎座」の松田優作がどこかで言っていたが、「撮っているときに、何を撮っているのかわからない」つまり、編集ありきで監督はシーンを撮っているのだが、つなぎがどうなるのかわからないというのだ。脚本があるのだが、それをどう撮影で展開されているかということが役者に説明されていないということだろう。そう、完成品ができるまでは、流れが見えない代物。清順的な映画データとして撮られていたのだろう。ある意味、未来人?そういう意味では、清順映画は今も古くならない。最近、私は、黒澤、溝口、小津の映画が、すごく古臭く見えるようにならないと、日本映画は活性化しないのではないかと思っている。アカデミー賞を撮った濱口竜介監督には、少しその新しい匂いが見える気がした。

そう、鈴木清順の映画は、今見ても刺激的だ、この日観た「野獣の青春」の変な地下室の使い方、カット割の不思議さ、色の使い方の明確さは、確実に今も何かを感じさせるものだし、「東京流れ者」の渡哲也の棒読みの台詞が格好良く見えてしまうのも、映像がそんなものお構いなしに、格好良く動くからだ。黒澤が若い映画に影響を与えないとは言わないが、清順映画は、今見ても更にエモく見えるのだ。そう、時代が清順に近づいてきたと私は思う。


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