くちなし
この季節になると湿気のある風に乗って、くちなしが薫ってきます。
あ、今年ももうそんな時期なのか!
日々の生活の垢にまみれている私にも忘れず巡って来てくれた季節に感謝してしまいます。
名前の由来は、実が熟しても裂開しないから、というのが有力らしいですが、「くちなし」という字だけを見ると、どういう意味なのかいろいろ想像します。
高野喜久雄さんの詩に「くちなし」というのがあって、これに高田三郎先生が曲をつけています。
「『ごらん くちなしの実を ごらん 熟しても 口をひらかぬ くちなしの実だ』とある日の 父の言葉 父の祈り・・・・
くちなしの実のように待ちこがれつつ ひたすらに こがれ生きよと亡き父が今もどこかで言っている」
というような詩です。
とてもしっとりとした曲で、歌うたびに泣きそうになります。
高田三郎先生は、母校で教えられていたのですが、作曲とは縁のない私は一年だけ「グレゴリオ聖歌」の講義を受けました。小さな白髪の矍鑠たるおじいちゃんという印象でした。
私のくちなしの思い出といえば、ガムです。
昔、文通していた年上のおねえさんが手紙とともにガムを一枚送ってくれました。手紙には、季節の香りをあなたにも届けますね、と書いてありました。
ガムは確か「イヴ」という名のとても良い香りのするものでした。
調べてみると、そのガムのキャッチコピーは「魅惑の香水ガム」とあります。包み紙には花言葉が書かれていた、とありますから、ひょっとしたら、くちなしの花言葉が書かれていたのかもしれませんが、それには気づきませんでした。
そのガムの香りが何とも言えず大人の香りで、本当にくちなしの花のようでした。中学生だった私には違う世界の香りに思えました。
そして今年はとうとう我慢しきれずに、小さなくちなしの鉢植えを買ってしましました。
小さな鉢ですが、毎日何輪もの花が咲いてくれて、目でも鼻でも楽しんでいます。
食卓でつい家族に不満を漏らしそうになっても、後ろから(私の椅子の後ろに鉢を置いています)香りを届けて、私に何かを伝えてくれているようです。
熟しても口をひらかぬくちなし。代わりにその存在自体で何かを教えてくれます。
そういう人になりたいですね。