太平記 現代語訳 16-12 本間孫四郎、遠矢を射る

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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両軍がこのように、互いに挑み合いつつも、未だ戦端を開かず、という時、本間孫四郎(ほんままごしろう)は、黄瓦毛(きがわらげ)の太くたくましい馬に乗り、紅下濃(くれないすそご)の鎧を着てただ一騎、和田岬(わだみさき:神戸市・兵庫区)の波打ち際まで馬を寄せ、沖の船に向かって、大音声(だいおんじょう)でいわく、

本間孫四郎 おぉーい、足利将軍殿ぉーっ!

本間孫四郎 筑紫(つくし:福岡県)からのご上洛ということならば、きっと船の中には、鞆(とも:広島県・福山市)や尾道(おのみち:広島県・尾道市)のキレイドコロも、大勢お供されてんでしょうなぁ。

本間孫四郎 ではこれから、珍しい酒の肴をいっちょう、わしからその女性方へプレゼントするとしましょうかぁ! 今からそちらへ送ったげるからねぇ、ちょっくら待ってておくんなさいましよぉ。

孫四郎は、エビラの上差しからカブラ矢を抜き、羽根が少し広がっているのを、鞍の前部の山形に当ててかき直し、二所藤(ふたどころどう)の太い弓につがえた。そして、小松の陰に馬を寄せ、波の上を舞うミサゴをじっと見つめた。

ミサゴは、自分の影で魚を驚かし、飛び下がって魚を捉えようとしているのである。

足利軍メンバー一同 (内心)あそこまで、モッタイいつけといて、失敗しちゃったら、希代の笑い者だよなぁ。(じっと見つめる)

新田軍メンバー一同 (内心)射当てる事ができたら、ものすごい名誉だぞぉ。(かたずを飲んで見まもる)

空中高く飛び上がったミサゴは、次の瞬間、急降下態勢に入った。波の上にかかるやいなや、2尺ほどの魚をサァッと捕え、沖の方へ飛び去ろうとする。その瞬間、孫四郎は、小松原の中から馬を駆け出し、追いかけざまに、飛び去るミサゴめがけて矢を放った。

孫四郎の弓 ビュン!

カブラ矢 ヒューーーーヒョヒョヒョヒョ・・・ハシッ・・・ブスッ!

ミサゴを殺さないで射落とそうと思い、孫四郎は、わざと鳥の体の中心から狙いを外し、片方の羽根をめがけて矢を射たのであった。そのねらいは過(あやま)たず、カブラ矢は鳴り響きながら、大内(おおうち)軍の船の帆柱に突き立ち、ミサゴは魚を掴みながら、大友(おおとも)軍の船の屋根の上へ落ちた。

その矢を射た本間孫四郎の名を知る人もなかったものの、足利軍サイド7,000余隻の船上の人々は、残らず舷側に立ち並び、新田軍サイド5万余騎は、汀(なぎさ)に馬をひかえ、孫四郎を褒(ほ)め称(たた)えた。

足利軍メンバー一同 あ、射たぞ、射たぞぉ!

新田軍メンバー一同 見事に、射とめたぞ! お見事ぉ!

これを見た足利尊氏(あしかがたかうじ)は、

足利尊氏 あの男は、自分の弓の技を見せつけようとして、この鳥を射たんだろうけどねぇ・・・こちらの船の上に鳥が落ちたのは、我々にとっては、非常に吉なる事だと思うよ。

足利尊氏 ・・・それにしても、あの男の名前、聞いてみたいもんだなぁ。

そこで、小早川七郎(こばやかわしちろう)が、船の舳先に立ち出て、

小早川七郎 おーい、そこの希代の弓の名人! まったく見事なもんじゃのぉ。貴殿のお名前、是非ともおうかがいしたいーっ!

孫四郎は、弓を杖にして突きながら、それに答えていわく、

本間孫四郎 いやいやぁ、わしは、そんな、てぇ(大)したもんじゃねぇからよぉ、名乗ってみたところで、そっちサイドの誰も、わしの名前なんか知らんだろうけんど・・・関東八か国の弓矢の道に長けたもんならば、わしの名を知ってるヤツもいるかもなぁ。よぉし、もう一本、矢を進呈しよう、矢にわしの名字、書いとくぜぃ。

孫四郎は、3人張りの弓に15束3伏の矢をギリギリと引き絞り、二引両の旗の立った船めがけて、遠矢を射た。

その矢は、6町もの距離を一気に飛んで、尊氏が乗っている船の隣にあった、佐々木筑前守(ささきちくぜんのかみ)の船の矢竹の中を通り、船室にいた武士の鎧の裾に裏まで突き通った。

尊氏がこの矢を取り寄せて見たところ、「相模国住人 本間孫四郎重氏」と、小刀の先を使って彫り付けてあった。

足利サイドのメンバーたちは、この矢を順に手渡しながら、口々に、

足利側メンバーA いやぁ、おっそろしいなぁ。

足利側メンバーB まったくもう、この矢、持ってるだけで、なんだか、腕の方から冷たくなってきちゃったぜぃ、ブルブルブル!

足利軍メンバーC いったいどこの誰だい、あいつが放つ矢に運悪く出くわして、死んでいくヤツはぁ!

足利軍メンバーD そいつって、本当、不運だよなぁ。

孫四郎は、扇を掲げ、足利軍の方を差し招いていわく、

本間孫四郎 おぉい、そこのぉー! 合戦のまっ最中だからなぁ、矢の一本だって惜しいんだよぉ! ご苦労さんだけんどなぁ、その矢ぁ、こっちへ射返して下さいましなぁー!

これを聞いた尊氏は、高師直(こうのもろなお)にいわく、

足利尊氏 こちらサイドに、誰か、あの矢を射返せるような者、いないかな?

高師直 ・・・ウーン・・・あいつが射たこの遠矢を、同じくらいうまく射返せるような者が、関東勢の中に居るたぁ思えませんなぁ。

足利尊氏 ・・・。

高師直 関東勢よりも、むしろ中国勢、そうそう、佐々木顕信(ささきあきのぶ)なんか、どうでしょうねぇ? ヤツは、中国地方一の強弓の達人じゃぞぃ。彼をお召しになって、仰せ付けられませ。

足利尊氏 よし! 佐々木をここへ呼べ!

佐々木顕信は、尊氏からのお召しに応じて、彼の前にやってきた。

足利尊氏 (孫四郎が射た矢を手に持って)この矢をな、あの男の居る所まで、射返してみないか。

佐々木顕信 いや、わしにはそんな事、到底ムリですけん、そればかりは、どうぞ、ご勘弁!

足利尊氏 ナニ言ってんだぁ、君ならばできるだろう。

佐々木顕信 いえいえ、とても無理ですけん、どうか、ご勘弁を!

足利尊氏 そこを何とか!

佐々木顕信 どうか、ご勘弁を!

足利尊氏 君は・・・私の願いを・・・どうあっても・・・聞けないというのかねぇ?

佐々木顕信 (モロ、ビビって)ハハィ! そこまでおっしゃるんでしたら!

佐々木顕信 (内心)うわぁー、まいったなぁ。

顕信は、自分の船に戻り、火威(ひおどし)の鎧を着て、クワガタ打った兜の緒を締め、銀のツクを打った強弓を帆柱にギリギリと当てて、弦を張った。

足利軍メンバー一同 (内心)おぉ、あいつぅ、ヤル気出してるぞぉ。こりゃぁミモノだねぇ。

船の舳先に出て弦を引く顕信を、かたずを飲んで見守る足利軍メンバー一同。

と、その時、足利サイドの讃岐(さぬき:香川県)勢の中から、叫び声が、

讃岐勢メンバーE この矢ぁ一つ、受けてみいやぁ! わしの弓の腕前、とっぷり拝めぇ!

彼は、カブラ矢を、一本射放った。

讃岐勢メンバーEの弓 ピュッ。

カブラ矢 ヒューーー、ポチャン。

鎧の前面に弦を触れさせてしまったのであろうか、あるいは、彼にはもともと、遠矢を射るだけの力が無かったのであろうか、その矢は2町足らず飛んだだけで、波の上に落ちてしまった。

足利側メンバーA オイオイ、今いきなり矢を射たあの男、あれはいったい、どこの誰ぇ?

足利側メンバーB 興覚めだなぁ!

足利軍メンバーC もぉっ、よけいなこと、しやがってぇ!

孫四郎の後ろにひかえていた新田軍5万余騎は、これを見て拍手大喝采。

新田軍メンバーF おぉ、射たぞ、射たぞ!

新田軍メンバーG どこのどなたかは存知あげませぬが、お見事ーっ!

新田軍メンバー一同 ワッハッハッハッハ・・・。

新田軍メンバーの笑いは、しばらく止まない・・・。

佐々木顕信 えぇっとぉ・・・こういう事になってしもぉたけん、今さらこの矢を射ても、なんだかねぇ・・・。

足利尊氏 ・・・。

ということで、佐々木顕信の射撃は、取りやめになってしまった。

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