太平記 現代語訳 27-9 上杉重能と畠山直宗の悲哀の旅路
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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。
太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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そうこうするうち、上杉重能(うえすぎしげよし)と畠山直宗(はたけやまなおむね)に対する処分の決定が行われた。
「上杉重能、畠山直宗の両名、所領没収、邸宅破却の上、越前国(えちぜんこく:福井県東部)流罪に処するものなり」
重能も直宗も、「まさか、流刑先で死刑に処せられる事まではないだろう」と思ってか、家族とのしばしの別離を悲しみ、夫人や幼い子供まで皆伴って、配流先への旅に出発した。
慣れぬ旅寝の床の露に、起きても寝ても、悲しみの涙に袖を濡らす旅であったことであろう。そのつらさを紛らわすため、日頃より好んで演奏していた一面の琵琶を馬の鞍にかけ、思い込みあげるままにかき鳴らしながら、道を行くのであった。
琵琶A びぃいいーーん びぃいーーーん ぼよよーーん・・・。
上杉重能 旅館の上に浮かんでる、あの月見てるとなぁ、あの古代中国の王昭君(おうしょうくん:注1)の逸話、思いだしてしまうんだよなぁ。
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(訳者注1)漢王朝の后であったが、対外政策のために、異民族の王の后となって嫁いだ。
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上杉重能
異国の角笛の一声に 夢を破られて はたと目覚める
目覚めてみれば ここは一面に霜置く 大草原のまっただ中
ああ なつかしき漢帝国の王宮は
あの輝く月の 万里の彼方にあり
ああ わが胸 張り裂けんばかりなり
(原文)「王昭君が胡角一声霜後の夢、漢宮万里月前腸」
琵琶B びやぁーーん びしいーーーん びびびぃーーーん・・・。
畠山直宗
嵐の風に 関(注2)越えて
紅葉(もみじ)を幣(ぬさ)と 手向山(たむけやま)(注3)
暮れ行く秋の 別れまで
身に知られたる 哀れにて
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(訳者注2)逢坂の関(滋賀県・大津市)。
(訳者注3)このたびは ぬさもと(取)りあえず たむけ山(手向山) 紅葉(もみじ)の錦(にしき) 神のまにまに (すがはらの朝臣 古今和歌集巻第9 旅歌)
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上杉重能
遁(のが)れぬ罪を 身の上に
今は大(おお=おう(負う))津の 東の浦
浜の真砂(まさご)の 数よりも
思えば多き 嘆きかな
畠山直宗
絶えぬ思いを 志賀浦(しがのうら)(注4)
渚(なぎさ)に寄する さざなみの
返るを見るも うらやましく(注5)
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(訳者注4)「志賀」の「し」と「絶えぬ思いをし」の「し」とをかけている。志賀浦は大津市の北寄りの琵琶湖岸。
(訳者注5)波は沖に帰っていくのに、自分は京都へは帰れない、という思い。
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上杉重能
七座の神(注6)を 伏し拝み
身の行く末を 祈りても
都にまたも 帰るべき
事は堅田(かたた:注7)に 引く網の
目にもたまらぬ 我が泪(なみだ)
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(訳者注6)比叡山山王七社。
(訳者注7)堅田は大津市北方、琵琶湖に面している。「堅田」の「かた」と、都にまたも帰るべき事は「難い」の「かたい」とをかけている。
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今津(いまづ:滋賀県・高島市)、海津(かいづ:高島市)と過ぎ行く中に(注8)、湖水の霧の中、波間に小さい島が見えてきた。
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(訳者注8)琵琶湖の西岸をたどるコース、すなわちJR西日本・湖西線ぞいのルートを、彼らは越前へと旅していくのである。現在もこれが、京都市から福井県への、鉄道の最短ルートである。
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畠山直宗 あぁ、あれが、かの有名な島。
上杉重能 その昔、あの島で、都良香(とりょうきょう)は、湖の絶景に感動してこう詠んだ。
三千世界は 眼前に尽きぬ
畠山直宗 すると、あの島の守り神・弁才天(べざいてん)様が、その下の句を継いだという。
十二因縁(じゅうにいんねん)は 心の裡(うち)に空し
上杉重能 まさにその、伝説の島、あれこそが、竹生島(ちくぶしま)。
一同暫(しば)し、そこにたたずみ、経文を唱えて弁才天に手向(たむ)けた。
陰(かげ)の声α
焼かぬ塩津(しおづ:伊香郡)(注9)を 過ぎ行けば
思い越路(こしじ)の(注10) 秋の風
音は愛発(あらち)(注11)の 山越えて
浅茅色(あさじいろ)付く(注12) 野を行けば
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(訳者注9)「焼く」という詞より「塩」への連想。
(訳者注10)「越路」は北陸地方のこと。「思い」から「こす」へ連想。
(訳者注11)「愛発」は海津から敦賀へ越える道。「音」より「あら(荒)」へ連想。
(訳者注12)新芽が出だした。
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陰の声β
末こそ知らね 梓弓(あずさゆみ)(注13)
敦賀(つるが:福井県・敦賀市)の津にも 身を寄せて
袖にや浪の 懸(かか)るらん
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(訳者注13)「梓弓」は「つる(弦=敦)」の枕詞。
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陰の声γ
稠(きびし)く守る 武士(もののふ)の
矢田野(やたの)は何(いず)く 帰山(かえるやま:福井県・南条郡・南越前町)
名をのみ聞きて 甲斐(かい)もなし(注14)
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(訳者注14)「帰る山」という地名を聞いてみても、京都へ帰れるわけではない、の意。
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陰の声α
治承(じしょう)の乱に 篭(こも)りけん
火打が城(ひうちがじょう:注15)を 見上(みあぐ)れば
蝸牛(かぎゅう)の角(つの)の上 三千界(さんぜんかい)
石火(せっか)の光の中 一刹那(いちせつな)
哀れあだなる 憂世(うきよ)哉(かな)と
今更(いまさら)驚く 許(ばかり)也(なり)(注16)
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(訳者注15)源義仲と平氏との古戦場。
(訳者注16)「人間どうしの争いなど、言ってみれば蝸牛(かたつむり)の角の上の小さい世界の中のこと、永遠の時の経過の中の光がピカット光るほんの一刹那の間のこと、ああ、人生とは何と哀れなものなのか」という慨嘆を込めている。「火打」と「石火」との連想。
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陰の声β
無常(むじょう)の虎の 身を責むる
上野(うえの)の原を 過ぎ行けば(注17)
我ゆえ さわがしき
月の鼠(ねずみ)の 根をかぶる
壁草(いつまでぐさ)の いつまでか
露の命の 懸るべき(注18)
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(訳者注17)虎のように恐ろしい「無常」に身を責められながら、「うえの」=「ういの(有為:無常転変)」の原を行く。
(訳者注18)「我ゆえさわがしき」:自分の行いゆえに自らの心乱れ。「月の鼠(ねずみ)の 根をかぶる」:月では鼠が樹木の根をかじっているという。「壁草」:きづた。「懸る」に連想。「露の命」:露のように今にも消えなとするはかない命。
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陰の声γ
とても消(きゆ)可(べき) 水の泡の
流れ留まる 所(ところ)とて
江守(えもり:福井市)の庄にぞ 着(つき)にける
越前国守護代・細川頼春(ほそかわよりはる)と八木光勝(やぎみつかつ)が、彼らの身柄を受け取った。
彼らが収容されたのは、見るからにみすぼらしい柴の庵、このような所では、少しの間もとても住めないであろうと思えるような家屋であった。その外部は、厳重な警護で固められた。
あぁ、なんと痛ましい事であろうか。この家屋に収容された人々、京都にいた時には、まことに立派な薄桧皮葺(うすひはだぶき)の屋敷に住み、その敷地内には、三つ葉四つ葉のように建物が建っていたのである。車馬は門前に群集し、賓客(ひんきゃく)は堂上に充満し、まことに華やかな日々を送っていた。
なのに、今はうって変わったこの状況。都から遠く離れた地への長旅にさすらうだけですら、悲哀余りあるというのに、竹の編戸(あみど)に松の垣、時雨(しぐれ)も風も防げない。無念の涙に、たもとの乾くひまもない。
畠山直宗 (内心)あぁ、いったいどんな前世の宿業(しゅくごう)でもって、こんなツライ目に遭わなきゃならんのか・・・。
上杉重能 (内心)なんて恨めしいんだろう。こんなんじゃ、生きてる甲斐も無いなぁ。
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二人をここまで追いつめながらも、まだ足りない、というのであろうか、高師直(こうのもろなお)は、後の禍をも顧みず、「守護代・八木光勝と協力して、上杉と畠山を討て」との命を含み、密かに討手を差し向けた。
八木光勝は、もとは上杉重能に服従していたのであったが、高師直からの密命を聞いて、たちどころに心を変じた。
8月24日夜半、八木光勝は、上杉重能の配所の江守庄へ赴いた。
八木光勝 上杉殿、大変な事になりましたよ!
上杉重能 う? いったい何が?
八木光勝 昨日の暮れ方頃にね、京都から、高定信(こうのさだのぶ)が大軍率いて、越前の国府(こくふ:福井県・越前市)にやってきたんですよ。いったい何なんだろうと思いましてね、わたし、密かにサグリを入れてみたんですわ。それがなんと、上杉殿と畠山殿を討つために、やってきたんだと!
上杉重能 なに!
八木光勝 こんなとこで、じっとしてちゃ、もうどうにもなりゃしない。今夜のうちに、急いでここから脱出なさらんと!
上杉重能 ・・・。
八木光勝 越中(えっちゅう:富山県)か越後(えちご:新潟県)まで逃げられてね、まずはそこに身を隠されてね、そいでもって、将軍様へ、事の次第を詳細に訴えてみられては? そうすりゃ、師直たちは、いっぺんに将軍様からお怒りを買う事になる。ほいでもって、上杉様も罪を軽くしてもらい、都へ、めでたくご帰還ってなことに・・・。
上杉重能 逃げるったってなぁ・・・手勢もほとんどいやしない。
八木光勝 なぁに、大丈夫ですって。今、ここを警護してる連中らを、この先ずっと護衛につけたげますから。とにかく、事は一刻を争そうんです、討手が来ないうちに、早く、早く、ここから脱出なさらんと!
このように、あくまでの忠誠心を装っての光勝の言葉に、まさか、自分をだますつもりとは夢にも思わず、
上杉重能 よし、わかった!
取る物も取りあえず、重能と直宗は、夫人や幼い子供たちまでみな引き連れて、一行上下53人、急いで配所を脱出。中には、はだしのまま歩いていくしかない者もいる。
一行はひたすら、加賀(かが:石川県)国境を目指す。
逃避していく人々に対して、天はどこまでも無情であった。霰(あられ)混じりに降る時雨(しぐれ)は、人々の面を激しく打ってやまない。田んぼの中に続く細道には、馬の足跡に氷が張り、踏み行く毎に、泥が膝まではね上がる。
上杉家メンバーC (内心)あぁ、こんな悪天候だというのに、蓑(みの)も無けりゃあ、笠(かさ)も無しか・・・。
上杉家メンバーD (内心)膚の中まで、水が浸みてきちゃったわ。
上杉家メンバーE (内心)手がかじかんじゃって、もう・・・つらいなぁ。
上杉家メンバーF (内心)足も、すっかり冷えきっちゃった。
男は女の手を引き、親は幼き子を負うて、
畠山家メンバーG (内心)逃げて行く先といっても、確たるあてがあるでもなし・・・。
畠山家メンバーH (内心)でも、とにかく逃げるしかないんだ。後から討手が迫ってくる・・・。
畠山家メンバーI (内心)あぁ、怖ろしい、怖ろしい、とにかく先を急がなきゃ! 急がなきゃ!
なんと哀れな事であろうか。
八木光勝は、彼らの先回りをして、その行く手の方々の地域に触れてまわる。
八木光勝 おぉい、もしかしたらな、この先、上杉家と畠山家の連中らが、ここを通るかもしれん。やつら、流罪人の身でありながら、配所を脱走しやがったんだ、まったくけしからん! 見つけたら有無を言わさず、全員討ち取ってしまえ! いいな、わかったな!
これを聞いた、江守、浅生水(あさふじ:福井市)、八代庄(やしろしょう:福井市)、安居(あこ:福井市)、原目(はらめ:福井市)一帯の野伏(のぶせり)たちは、一斉に色めきたった。太鼓を鳴らし、鐘をつき、「落人が通るぞ、やっつけてしまえ!」と、大騒ぎ。
上杉家と畠山家の人々はこれに驚き、一足でも先へ逃げのびようと、倒れふためきながら、ようやく、足羽川の渡しへたどりついた。
上杉重能 あぁ、だめだ・・・。橋が落とされてる・・・。(ガックリ)
対岸には、足羽、藤島(ふじしま:福井市)一帯の野伏たちが、盾を一面に敷き並べている。
畠山直宗 しょうがない、江守へ引き返して、八木を頼ってみよう! 今はそれしか!
上杉重能 うん・・・。
彼らは、やむなく踵(きびす)を返し、江守へ向かった。が、しかし・・・。
上杉重能 あぁ・・・、こっちの橋も!
彼らが渡ってきた浅生水の橋も、すでに橋桁を引き落されてしまっている。そして、その対岸にはやはり、野伏の大軍が。
上杉重能 (内心)まさに、犬と鷹に追い立てられて、疲れはてたる鳥の心境・・・。
主の運命を最後まで見極めんがために、ここまでつき従ってきた若党13人が、二人に自害を勧めんが為に、一斉に衣をはだけた。
上杉家若党J 殿、我らの運命、もはやこれまで!
上杉家若党K 長年に渡る、殿よりのご恩、あの世に行っても決して・・・決して忘れません!
畠山家若党L 殿、奥方様、お子様方、今生(こんじょう)の別れでございます!
畠山家若党M 一足先にあの世へ行って、あちらのお館の掃除をして、お待ちしております!
上杉家若党一同 殿、お先に!
畠山家若党一同 お先に!
彼らは、一斉に腹を切った。
畠山直宗 よしよし、ちょっと待ってろ! おれも、今すぐ行くから!
直宗は、自らの腹を掻き切った刀を抜き、重能の前に放りなげた。
畠山直宗 上杉殿・・・あんたの刀・・・ちょっとヤワになってるよう・・・それ、使い・・・(うつ伏せに倒れる)
重能は、その刀を手に持ち、肌脱ぎになった。
上杉重能 (内心)彼女をこの目でみれるのも、これが最後か・・・。
上杉夫人 (涙)あぁ、あなた・・・あなた・・・ううう・・・。(涙)
重能は、眼前に泣き伏す夫人の顔をつくづくと見つめ、その姿を、眼の底に焼き付けた。
上杉重能 (内心)あぁ、おまえと夫婦になってから、長いような短いような・・・。これでもう別れか・・・なんて、名残(なごり)惜しい・・・。
上杉夫人 ううう・・・ううう・・・。(涙)
重能は、目にあふれる涙を袖で拭い、さめざめと泣くばかり。
上杉重能 (内心)おれはなんと、メメシイやつなんだろう・・・武士の家に生まれたこの身、家族に未練引かれていて、いったいどうする!・・・えぇい、重能、往生ギワが悪いぞ! 思い切れ、思い切るのだ、思い切って、腹を切るのだ・・・行くぞ!(涙、涙)
上杉夫人 ううう・・・ううう・・・(涙)
上杉重能 (内心)・・・行けない、とても行けない・・・おまえを残して、行けようか・・・。あぁ、どうしたらいいんだ、どうしたらいいんだ、おれはいったい、どうしたらいいんだ!
このように、徒に時を過ごした末に、重能は、八木光勝の中間たちに生け捕られ、刺し殺されてしまった。
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世間の声N まぁ、なんちゅう、ぶざまな最期なんやろか・・・。
世間の声O 武士ってぇのはなぁ、極端な事言やぁ、普段の振舞いなんてぇのは、どうでもいいんだ。武士の生きざまってぇのは、その最期の死にざまで、決まっちまうんだよなぁ!
世間の声P ほんに、そうどすなぁ。武士らしいに、潔い最期を遂げはらへんと、そらぁ、あきまへんわなぁ。上杉はんはなぁ・・・。
世間の声Q ほんと、キタネェ最期だったぜ、まったくよぉ!
世間の声一同 同感、いや、まったく同感!
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上杉夫人は、長年24時間、夫に連れそった身、昨日今日に始まった二人の間ではない。愛する人を失った悲しみは、永遠に続いていくように思われた。
上杉夫人 もう死んでしまおう! どこかの淵瀬に身を投げて・・・あの世に行って、早く、あの人に会いたい。
そのような彼女を思いとどまらせたのが、長年帰依してきた僧侶であった。
僧侶R いけませんな、身投げなんかしはっては。そないな事で、重能さまが浮かばれますでしょうかな?
上杉夫人 だって・・・。
僧侶R あんさんがほんまに、重能様の事を、今もお慕いされてるんやったらな、あんさんは死んだらあきまへん。この世に残されたあんさんには、重能様の為に、やってさしあげんならん、大事な事があるのんちゃいますか?
上杉夫人 ・・・。
僧侶R 追善追福(ついぜんついふく)ですがな。善徳を積み、善徳を積みして、せっせせっせと、あの世の重能さまのもとに、お送りしてさしあげなはれ。その徳でもって、重能さまの成仏も、かなうんですわいな。
上杉夫人 ・・・。
僧侶R あの世とこの世、別々の所に住むようになったかてな、夫婦は永遠に夫婦ですわいな。重能様を今も愛しておられるんやったらな、あんさんには、この世に生き続けて、なすべき事があるはずですよ。
上杉夫人 はい・・・。
後の風の便りによれば・・・やがて彼女は、往生院(おうじょういん:福井県・坂井市)で出家し、夫の菩提を弔う以外にはさらに他事無しの毎日を、過ごすようになったという。
かくして、高兄弟に敵対する勢力は次々と、逼塞(ひっそく)あるいは滅亡状態に追い込まれてしまった。まさに、天下の政道ことごとく、足利家執事の手中に落ちてしまい、今にも乱れを生ぜんかという事態に、今や立ち至った。
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