太平記 現代語訳 10-13 諏訪盛高、亀壽丸を保護し、信濃へ
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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。
太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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北条高時(ほうじょうたかとき)の弟・泰家(やすいえ)の家臣・諏訪左馬助入道(すわさまのすけにゅうどう)の子で、諏訪盛高(すわもりたか)という者がいた。
倒幕軍との数会の戦いの末に、盛高の郎等たちはついに全滅、彼は主従たった2騎でもって、北条泰家のもとへと向かった。
諏訪盛高 殿! 殿!
北条泰家 おぉ、盛高!
諏訪盛高 殿、鎌倉中の戦況を見るに、もはやこれまでと思われます。
北条泰家 ・・・。
諏訪盛高 最後のお伴をしようと思い、こちらへ参りました。速やかに思い切って、ご自害を!
北条泰家 ・・・。
北条泰家 おい、ちょっと外せ。
北条泰家の周囲の者たち ハハッ!
泰家は、周囲の人々を遠ざけた後、
北条泰家 盛高・・・。(もっと近くに寄れというように、盛高に対して手招き)
諏訪盛高 ハハッ!(泰家のすぐ側に、にじる寄る)
泰家は、盛高の耳のすぐ側に口を寄せて、ささやいた。
北条泰家 (ささやき声で)あのなぁ、盛高・・・今回のこの動乱がにわかに発生して、わが北条家が滅亡の淵に瀕(ひん)するまでになってしまったの・・・これもまぁ、ムリもない事じゃないかなぁと・・・そう思えて、しょうがないんだよ。
諏訪盛高 ・・・。
北条泰家 (ささやき声で)・・・ようは・・・兄上のああいった言動が、世の人望に背き、神のみ心にも違(たが)ってたって事なんだろうよ。
諏訪盛高 ・・・。(目を閉じ、唇を噛む)
北条泰家 (ささやき声で)でもなぁ盛高、「驕(おご)り高ぶる者を、天は憎んでそれを除く」とはいうけどもだ、数代に渡って積まれてきた善行の余果が、わが北条家にまだ残っているとしたら?
諏訪盛高 ・・・。
北条泰家 (ささやき声で)だとしたら、わが北条家の子孫の中から、絶えたるを継ぎ、廃(すた)れたるを興し、北条家を再興してくれる者が現われる可能性、無きにしもあらず・・・じゃぁないか?
諏訪盛高 ・・・。(うなづく)
北条泰家 (ささやき声で)古代中国にも、こんな例があるな。斉(せい)国は、君主・襄公(じょうこう)のあまりの無道さに、国家滅亡の危機に瀕(ひん)した。襄公の臣・鮑叔牙(ほうしゅくが)は、襄公の子・小伯(しょうはく)(注1)を守って他国へ逃亡した。その後はたして、襄公は弟の無智(ぶち)によって滅ぼされ、君主の座を失った。その時に鮑叔牙は、小伯を盛り立てて斉国へ押し寄せ、無智を討つ事に成功して、斉国を再興した。その小伯こそが、後に、斉の桓公(かんこう)と呼ばれるようになったかの人なんだよな。
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(訳者注1)史記・斉太公世家の記述によれば、小伯は襄公の弟である。ゆえに、これは太平記作者のミスであろう。
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北条泰家 (ささやき声で)ってわけだからな、盛高、私は、ここでむやみに自害なんかしないでおこうって思うんだよ・・・心中深く、期する所があるからな。
諏訪盛高 ・・・。
北条泰家 (ささやき声で)どうにかして、ここから脱出できるもんなら脱出してな、再度軍を起して、雪辱の戦をやりたいんだ。だからな、盛高、オマエもジックリ構えてな、よくよく考えて行動していってくれよ。どこぞへ隠遁するか、さもなくば、降服して命をつなぐかしてだ、あの甥の亀壽(かめじゅ:注2)を守ってやってくれないか、なんとかして隠しもってな。
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(訳者注2)亀壽丸。後の北条時行(ほうじょうときゆき)。
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諏訪盛高 ・・・。
北条泰家 (ささやき声で)「今ぞ、時至れり」ってなったらな、再び大軍を起して、北条家再興の私の願い、どうか実現してくれ・・・あ、そうそう、兄の萬壽(まんじゅ)の方は心配ないよ、五大院宗繁(ごだいむねしげ)に、もう頼んであるから。
諏訪盛高 (涙をこらえながら、ささやき声で)殿・・・今日までただひたすら、お家にお預けしてきたわが身、この期(ご)に及んで、なんで命を惜しみましょう! 殿のおん前で自害たてまつり、私の忠義の心をご覧いただこうって思ったからこそ、ここまで参ったんですよ・・・でも・・・でも・・・「死を一時に定むるは易(やす)く、謀(はかりごと)を萬代(ばんだい)に残すは難(かた)し」って、言いますからね・・・わかりました! とにもかくにも、殿がおっしゃる通りに致しましょう。
北条泰家 (ささやき声で)よぉし、頼むぞ!
諏訪盛高 ハハッ!(平伏)
諏訪盛高は直ちに、北条泰家邸を退去し、扇谷(おうぎがやつ)に住む北条高時の妾(おもいびと)・二位殿の御局(にいどののおつぼね)のもとへ、急いだ。
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二位殿をはじめ、彼女の周囲の女性たちも皆、盛高の姿を見て、待ってましたとばかりに、彼を出迎えた。
二位殿 ね、ね、盛高殿、いったいこれから、どうなって行くの?!
諏訪盛高 はい・・・。
二位殿 (亀壽を抱きながら)あたくしたちは女の身だから、隠れる先もあるでしょう。でも、この子は、この子は、いったいどうすればいいの?!
諏訪盛高 ・・・。
二位殿 萬壽殿は、五大院宗繁殿が今朝、どこかへ連れてったわ。だからもう大丈夫よね。でも、この子は、この子は、どうなるの!
諏訪盛高 ・・・。
二位殿 とにかく、亀壽の事を思うと、もう・・・こんなはかないあたくしの命、なのに、死んでく事もできないわ・・・うっうっ(涙)
諏訪盛高 ・・・。
二位殿 ね、ね、お願い、なんとかしてくださいな、この子!(涙、涙)
諏訪盛高 (内心)泰家様のこの計画を、ここでありのままに、二位殿に申し上げて見ようかな・・・そしたら、お心も慰まるだろう・・・いやいや待て待て、女性ってのは、何かと頼りにならんからな・・・ヘタに教えてしまったら最後、誰かに漏らしてしまわんとも限らん・・・よし。
諏訪盛高 二位殿、もはやこれまでと、覚悟を定められませ! 北条家御一門は、ほとんどの方がもう、自害してしまわれました。高時様だけは未だ、葛西谷(かさいのやつ)におられます。お子様方の顔を一目見てから腹を切りたいとおっしゃいますのでね、それでお迎えに上がったんですよ。(涙)
二位殿 ・・・(意気消沈)。
諏訪盛高 ・・・。
二位殿 萬壽殿は宗繁殿に預けたから、もう大丈夫・・・うう(涙)・・・盛高殿、この子をお願いしますね・・・ううう(涙)・・・何とかしてこの子を、敵の目から・・・(涙)・・・隠してやって下さいね、お願い、お願いよ!・・・うっうっ・・・。(涙)
諏訪盛高 (内心)あぁぁ、もう気の毒で、見ちゃおれん。おれだって岩木(いわき)ならぬ人間の身、大声あげて泣きたいぜ!
諏訪盛高 (内心)いやいや、ここでおれが感情に溺れてしまったんじゃぁ、泰家様のせっかくの計画、ダイナシになってしまうじゃないか! 心を強く持つんだ! 鬼になれ、盛高よ、鬼になれぇ!
諏訪盛高 ジツは・・・萬壽様は・・・五大院宗繁がお守りして鎌倉脱出の途中、敵に見つかって追跡されて・・・宗繁は、小町口(こまちぐち)の民家に走り入って、萬壽様を刺し殺したてまつり、自分も切腹、焼死しました・・・。
二位殿 エェ!
諏訪盛高 お子様方を敵の目から隠し通すなんて、とても不可能! だからね、二位殿、亀壽様とも今日がこの世の名残(なごり)、これを限りと、どうか、思って下さいよ!
諏訪盛高 狩り場の草むらに隠れる雉(きじ)のように、敵に探し出され、幼き屍(しかばね)となってしまい、一家の御名を失われる事になるなんて、口惜(くちお)しいじゃないですか。それよかいっそのこと、高時様のおん手にかかって命終えられて、冥土(めいど)までも父子ともども、一緒に行かれる方が、よっぽどいいや。現世・来世にわたっての、忠孝の行いともなりましょうよ。さぁ、さぁ、早く若様を私に渡して、奥へ入られませ!
亀壽の乳母 盛高殿! なんというむごい事を!
女房A 敵の手にかかって命終えられるというなら、まだしも・・・。(涙)
女房B よりにもよって、二人の若様をお育てした、その人らの手にかけて、命失いたてまつるだなんて!(涙)
二位殿 そんな! ひどいわ、ひどいじゃないの! いいわ、盛高殿、まず、あたしを殺して! それから後はもう、どうなりと!(涙)
女人たち一同 ああああ・・・。(涙)
女人たちはみな、幼き人の前後に取り付いて、声を限りに泣き悲しむ。それを見る盛高は、目もくらみ、心も消え入らんばかりの心地である。
諏訪盛高 (内心)エェイ、盛高! ナニをしている! ここを思い切ってやらなきゃ、事は成らずだぞぉ!
諏訪盛高 (二位殿を睨み付け、声を荒げて)産着(うぶぎ)を着ている時からもう、死に面と向かいあい・・・武士の家に生れるってこたぁ、そういう事なんだ! それぐらいの事、母親として当然、自覚があっていいだろうに・・・まったくもう、困ったもんだなぁ!
二位殿 うっ、うっ、うっ・・・(涙)。
諏訪盛高 さぁさぁ、高時様が待っておられる! 早いとこ、殿のもとへ駆けつけて、死出(しで)の旅路(たびじ)のお伴、なさいませ!
言い放った次の瞬間、盛高は二位殿のもとへ走りかかり、亀壽を奪い取った。
二位殿 あぁ!
亀壽の乳母 ナニをする!
女房A 若様が! 若様が!
女房一同 わぁぁぁ・・・。
盛高は、鎧の上に亀壽を背負い、一目散に門から外に走り出た。
女房B 若様が! 若様が!(涙)
女房一同 わぁぁぁ・・・。(涙)
亀壽を背負いながら馬にまたがるやいなや、盛高は拍車を入れ、鞭を入れた。
諏訪盛高 ヘヤァー! ヘヤァー!
盛高の乗馬 ギュヒヒーン!(ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ・・・)
館の中でわぁっと声をそろえて泣き叫ぶ女たちの声が、はるか外まで聞こえてきて、盛高の耳の底に鳴り響く。もはや、盛高は、涙をこらえる事ができなかった。
諏訪盛高 ウゥゥ・・・ウゥゥ・・・ウゥアァァァ・・・(涙、涙)ヘヤァー! ヘヤァー! ヘヤァーーー!
盛高の乗馬 (ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ・・・)
馬を走らせながらも、盛高は、館の方を振り返ってみずにはおれなかった。
諏訪盛高 アッ!
亀壽の乳母が、はだしのまま人目も憚(はばから)らずに、館から走り出てきた。
乳母 若様、若様ぁーー!(涙)
それから4、5町ほども彼女は、泣いては倒れ、倒れては再び立ち上がり、盛高を追いかけてきた。
諏訪盛高 (内心)あぁ、オレはなんてムゴイ事を・・・いやいや、ここで人間情(にんげんじょう)に負けてはいかん、負けてはいかんのだ、鬼になれ、盛高よ、鬼になれぇ!!
諏訪盛高 ヘヤァー! ヘヤァー! ヘヤァァァー!
盛高の乗馬 ギュヒヒヒヒヒーン!(ドドドダ、ドドドダ、ドドドダ・・・)
ともすると崩れそうになるわが心を自ら励まし、その行く先を彼女に知られじとばかりに、盛高は拍車を連打した。
乳母 (倒れ伏しながらも前方を見つめながら)あぁ・・・見えなくなってしまったわ・・・。(涙)
乳母 若様、今となっては若様の他に、いったい誰をお育てせよと言うのですか・・・若様の他に、いったい誰の為に、わが命を惜しめというのですか・・・わかさまぁぁ・・・うぅぅ、うぅぅ・・・。(涙、涙)
彼女は、付近の古井戸に身を投げて、命を絶ってしまった。
この後、諏訪盛高は、この若君・亀壽を守って信濃国(しなのこく:長野県)へ逃げのび、諏訪の祝(すわのはふり)一族(注3)のもとへ身を寄せた。
後の建武(けんむ)元年の春に、関東地方一帯をしばしの間席巻(せっけん)する大反乱軍を起こした中前代(なかせんだい)大将・北条時行(ときゆき)こそは、この若君その人なのである。
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(訳者注3)諏訪神社(長野県)の神官職を勤める家である。
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北条泰家は、忠誠心あつい家臣たちを呼び集めていわく、
北条泰家 ちょっと考える所あってな、これから奥州(おうしゅう:東北地方)の方へ逃げて、再び天下をひっくり返す算段(さんだん)を、めぐらそうと思うんだ。
泰家の家臣たち20余人 ・・・。
北条泰家 そこでだ、南部太郎(なんぶたろう)と伊達六郎(だてろくろう)の両人は、あちら方面の地理に詳しいから、私について来い。その他のメンバーはな、自害して館に火を放ち、私が腹を切って焼死したように、敵に見せかけろ。
泰家の家臣たち20余人 ハハッ! ご命令の通りに!
伊達と南部は、人夫に変装し、中間(ちゅうげん)2人に鎧を着せて馬に乗せ、中黒(なかぐろ)の笠標(かさじるし:注4)を付けさせた。そして、泰家を輿(こし)に載(の)せ、その上に血の付いた帷子(かたびら)をかぶせた。このようにして、戦で負傷して領国へ帰る新田軍の武士であるかのようにカモフラージュして、一行は武蔵国(むらしこく:埼玉県+東京都+神奈川県の一部)まで落ちのびた。
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(訳者注4)これは新田家の紋である。
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一方、泰家の館に残ったメンバーたちは、中門まで走り出て、
残存メンバー一同 殿ははや、自害されたぞ! 志ある者はみな、お伴しろ!
彼らは、館に火をかけた後、火煙の中に一列に並び、20余人、一斉に腹を切った。これを見た庭中や門外を守っていた武士たち300余人も、彼らに負けじとばかりに、続々と腹を切って猛火の中へ飛び入り、その屍は残らず火に焼けていった。
このようにして、泰家の逃亡を誰も気づかず、「北条泰家は自害した」というのが、世間一般の見解ということになった。
後の建武年間、京都に大将・時興(ときおき)という人が現われたが、これぞまさしく他ならぬ、北条泰家その人なのである。
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(付記)
「北条氏系譜人名辞典 北条氏研究会編 新人物往来社 2002.6.15刊」によれば、ここに登場する二人の男子(萬壽丸と亀壽丸)について、以下のような説明がなされている。
[万寿丸]=[北条邦時]・・・[北条高時]と[五大院宗繁の妹]との間に生まれた
[亀寿丸]=[北条時行]・・・[北条高時]と[女(詳細不明)]との間に生まれた・・・幼名には諸説あり、太平記では「亀壽」としている
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