太平記 現代語訳 29-5 光明寺の戦い
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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。
太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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「高師泰(こうのもろやす)が大軍を率いて、足利尊氏(あしかがたかうじ)がいる播磨(はりま)・書写山(しょしゃざん:兵庫県・姫路市)に到着した」との情報に、書写山を攻める為に播磨へ既に入っていた足利直義(あしかがただよし)側の軍勢は、作戦変更を余儀無くされた。
石塔右馬頭(いしどううまのかみ)を大将に、愛曽伊勢守(あいそいせのかみ)、矢野遠江守(やのとうとうみのかみ)以下、5,000余騎で編成のその軍勢は、急戦を避けて播磨の光明寺(こうみょうじ:兵庫県・加東市)にたてこもり、八幡に対して援軍を求めた。
その情報をキャッチした足利尊氏は、
足利尊氏 ・・・そうだな・・・八幡から援軍が来ぬうちに・・・光明寺にいる連中をシマツしてしまおうか。
2月3日、尊氏は、自ら1万余騎を率いて書写山を出発、光明寺の四方に包囲陣を敷いた。
石塔右馬頭は持久戦を決意、守りをかためて光明寺にたてこもった。
ここで注目すべきは、地名である。尊氏が陣を取った場所は、引尾(ひきお)、高師直(こうのもろなお)が陣を取った場所は泣尾(なきお)・・・よりにもよって、「引」に「泣」とは・・・まさに名詮自性の理(みょうせんじしょうのことわり:注1)、尊氏サイドにとってはいずれも縁起の悪い地名であるとしか、言う他は無い。
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(訳者注1)ものの名は、そのもの自身の本体本性を表わす、という意味の仏教語。
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2月4日、双方矢合わせ開始、尊氏軍は高倉(たかくら)尾根から攻め上り、愛曽軍はそれを、仁王堂(におうどう)の前で防ぐ。
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光明寺にたてこもった側の人々は、言ってみれば、「もはや何も失うものが無い、命知らずの者たち」。ここで負けてはもう先が無しと、命を擲(なげう)って、ひたむきに戦う。
それにひきかえ、攻める側は、功績高く禄重き有力武士ぞろい、ただただ味方の兵力の多さを頼むばかりで、どうも、この戦を自分ごととして真摯に受け止めている様子がまったく見られない。故に、攻めても攻めても毎日毎日、ただただ敗退を繰り返していくばかりである。
700余騎を率いて泣尾に到着した赤松則祐(あかまつそくゆう)は、遥か彼方に聳え立つ光明寺を見上げて、
赤松則祐 あこ守っとぉん、たったあれだけの小勢やからな、試しにいっちょう、攻めてみぃ!
則祐の命に従って、浦上行景(うらかみゆきかげ)、浦上景嗣(うらかみかげつぐ)、吉田盛清(よしだもりきよ)、長田資真(ながたすけきよ)、菅野景文(すげのかげぶん)が出陣。彼らは、極めて険阻な泣尾の尾根をよじ登り、防衛側の垣盾(かいだて)の際までたどりついた。
この時に、他のグループのメンバーらもそれぞれ別ルートから、彼らに呼応して同時一斉に攻め上っていたならば、光明寺は一気に落せたであろうに、
尊氏軍リーダーA (内心)いったい、なにやってんですかねぇ、あいつら。
尊氏軍リーダーB (内心)ほんに、ご苦労なこったねぇ。
尊氏軍リーダーC (内心)そぉんなに、あせって攻めなくたってさぁ、そのうちゃ、なんとかなるだろうに。
尊氏軍リーダーD (内心)あと2、3日もすりゃぁ、あそこ守ってるヤツラも戦意失っちゃってさぁ、城も自然と落ちるだろうにねぇ。ただじぃっと待ってりゃ、勝利は自然に転がりこんでくるのになぁ。
尊氏軍リーダーE (内心)無意味なエネルギー消費、したくないんだよね。
数万の軍勢はただ徒(いたず)らに、浦上らが攻め上っていくのを傍観しているばかりである。
浦上行景ら、城に接近していった者たちは、頭上からの矢の猛攻を受け、垣盾の下にうずくまるばかりで一歩も先に進めず、結局、山下の陣へ引き返してくるしかなかった。
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石塔右馬頭 緒戦(しょせん)はまぁ、これでなんとかしのげたな。
愛曽伊勢守 いやほんま、これでわが方の士気も、少しは持ち直したんかねぇ。
矢野遠江守 そやけどなぁ・・・見てぇ、あれ、敵サンの数の多いこと。
愛曽伊勢守 まだ、城の構えもマトモにできてへんしなぁ・・・。
石塔右馬頭 うーん・・・このままずっとこうしてたんじゃぁ、先行き不安だなぁ・・・あぁぁ、どうしたらいいんだろ! ウァーッ!(両手で、髪をグシャグシャとかきむしる)
石塔軍メンバーF えらいこっちゃ、えらいこっちゃ!
石塔右馬頭 なんだなんだ、いってぇどうしたってんだよぉ! ウァーッ!(両手で、髪をグシャグシャとかきむしる)
石塔軍メンバーF 神ガカリですがな、神ガカリ!
石塔右馬頭 エェ?! 神がかりぃ?
矢野遠江守 いったい誰が?
石塔軍メンバーF 愛曽さんとこの童(わらわ)ですがな、ほれ、ほれ、あこ、あこ!
愛曽伊勢守 ア、ア、ア!
石塔右馬頭 ウワッ、すげぇー!
見れば、童が憑依(ひょうい)状態になっており、10丈ほどもピョンピョンと、空中に飛び上がっている。
愛曽伊勢守 おいおい、なんや、なんや、どないしたんや!
童 ハァー、ハァー・・・(目をランランと輝かせ、大きく息をはきながら、ピョンピョン、空中に飛び上がる)。
愛曽伊勢守 おいおい!
童 ハァー、ハァー・・・いせっ・・・いせっ・・・ハァー、ハァー・・・。
愛曽伊勢守 「いせ」? 「いせ」っていったい・・・なんや、なんなんや?!
童 ハァー、ハァー・・・いせ・・・じんぐう・・・伊勢の大神宮、我に憑依したもう。
石塔軍メンバー一同 ・・・(かたずを呑みながら、童を見つめる)。
童 伊勢の大神宮・・・この城を守護の為・・・三本杉の上に・・・御座(みざ)したもうぞ。
童 寄せ手、たとえいかなる大軍なりとも、我かくてあらん程は、この城落とさるる事、断じてありえず!
童 悪行(あくぎょう)、身を責め・・・師直、師泰ら・・・今7日の中(うち)に・・・滅ぼさんずること、なんじら、知らずや。
童 あつ、あつ、あら熱(あつ)や、堪えがたし、いで、畜生道(ちくしょうどう)の三熱(さんねつ)の焔(ほのお)冷(さ)まさん! テヤァー!(空中高く跳躍し、閼伽井(あかい:注2)の中へ飛び込む)
閼伽井の水 ドヴォォーン!(童の高熱を受けて瞬間的に沸騰)ドヴォドヴォドヴォ・・・ジュワ、ジュワ、ジュワワ、ジュワワワァー・・・ブワーブワーー!!
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(訳者注2)仏前に備える水を「閼伽」といい、それを汲む井戸を「閼伽井」という。
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石塔軍メンバーF やぁったぁー!
石塔軍メンバーG 聞いたかぁ、伊勢大神宮の神様やてぇ!
石塔軍メンバーH 神のご加護、わが方にありやぁー! ウァーッ!
石塔軍メンバー一同 神よ、なにとぞ、わが方に勝利をーっ!
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「神憑(かみがかり)」のニュースは、光明寺を包囲している側にも伝わっていった。
赤松則祐 (内心)うーん・・・伊勢の神さん、あっち側についてしまわはったんかぁ・・・どうもこら、今度の戦、ヤバイんちゃうかぁ。
赤松則祐 (内心)いやいや、これは敵の謀略かもしれんぞ。ありもせん事、言いふらしといて、こっち側をビビラらそうっちゅうコンタンかも、しれんわなぁ。
赤松則祐 (内心)それにしてもや、これは、非常に気になる話やわなぁ。
翌朝、則祐の子息・朝範(とものり)が、則祐の側にやってきて、
赤松朝範 (小声で)父上、ちょっと、お話ししたい事が・・・。
赤松則祐 なんやなんや、えらい落ちこんどぉやないかい。
赤松朝範 (小声で)じつはねぇ・・・オレ昨夜(ゆうべ)、兜(かぶと)を枕に、ついウトウトっとしてしもたんやけどな、そん時、えらいイヤァナ夢、見てしもぉてなぁ。
赤松則祐 (ドキッ)・・・(小声で)いったい、どんな夢や?
赤松朝範 (小声で)我が方の軍勢1万騎ほどがな、あの寺へ攻め上って行きよんや。で、垣盾のとこまで攻め寄せて、火ぃつけた。するとな、八幡山と吉野(よしの)の金峰山(きんぷせん)の方からな、山鳩がよぉけ飛んできてな・・・そらぁもう、ムチャクチャな数や・・・数千羽もの山鳩が、飛んできよったんやんかぁ。
赤松則祐 ・・・。
赤松朝範 (小声で)そいでな、そいつら、何しよった思う?
赤松則祐 ・・・。
赤松朝範 (小声で)一斉に、翼(つばさ)水に浸(ひた)してなぁ、垣盾に燃えついた火ぃ、片っ端から消していきよんねん!
赤松則祐 (小声で)・・・そうか・・・。
赤松朝範 ・・・。
赤松則祐 (小声で)あんな、その夢の話、ゼッタイ、誰にも言うなよ、えぇな!
赤松朝範 (小声で)はい・・・。
赤松則祐 (内心)やっぱしなぁ・・・この城、攻め落すのん、ムリちゃうかいなぁと、最近ミョーに思えてしやぁなかったんやけど・・・どうりで、あっち側には、神明の擁護がついてたんかいな。
赤松則祐 (内心)うー、ヤバイヤバイ! にっちもさっちも行かんようになってしまう前に、なんとかして、ここから引き上げてしまわんとあかん!
ちょうど折良く、「美作(みまさか:岡山県北部)から敵軍侵入、赤松氏の本拠地へ迫る」との報がもたらされたので、則祐はこれ幸いと陣を引き払い、白旗城(しらはたじょう:兵庫県・赤穂郡・上郡町)へ帰ってしまった。
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戦場心理の常として、自陣に加勢が一人でも加わったとなると、戦う人の心は勇み、一人でも去ってしまったと聞いたとたんに、士気は衰えがちである。自陣の兵力が次第に減少していくにつれて、高師直軍の武士らは、ますます戦意を失い、みな、帷幕(いばく)の中に毎日ダラダラと、たむろしているだけの状態になってしまった。
そんなある日、南東の方角から怪しげな雲一群が立ち上り、風に吹き流されるままに、戦場の上空にやってきた。雲の下には、百千万羽もの鳶(とび)や烏(からす)が飛び回っており、まるで、散り乱れる木の葉が空を覆ってしまったかのようである。
怪しげな物体が近距離にまで接近してきて、ようやくその正体が明らかになった。それは雲でも霞でもなく、一流(ひとながれ)の無紋の白旗であった。
天から飛び降ってきたその白旗を見て、みんな大騒ぎである。
石塔軍メンバーF 見てみいなぁ、あれ!
石塔軍メンバーG すごいなぁ、天から旗が降ってくるやなんて!
石塔軍メンバーH あれはきっと、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)様の示現(じげん)やわ。八幡様が、これからどっちかに加勢されるんやろ。
尊氏軍リーダーA (内心)問題は、あの旗がどっち側に落ちるか、だよ、あっちかこっちか。
尊氏軍メンバー一同 (内心)あの旗が落ちた側が、今度の戦に勝つんだよな、きっと・・・(ドキドキ)。
城を守る側、攻める側、双方共に、全員合掌して旗を礼拝し、「あの旗、なんとか、わが方に落ちますように」と、祈念を込める。
やがて、旗は光明寺の上空にやってきて止まり、そのポイントで、上下動を繰り返している。
石塔軍メンバー一同 なにとぞ、なにとぞ、この寺の中に、あの旗を落させたまえ!
その時、にわかに風が巻き起った。梢を吹き過ぎる風に流されて、旗は、城を包囲する側の上空に飛んできた。
尊氏軍メンバー一同 あぁ、来たぞ、来たぞ!
彼らは、頭を地に着けて一心に祈る。
尊氏軍メンバー一同 もう少し、もう少しだ! なにとぞ、なにとぞ、我々の上に、あの旗を落させたまえー!
突然、旗の下に群がっていた鳥たちが、十方に飛び散った。
鳥たち バタバタバタバタバタ・・・。
次の瞬間、
旗 フワァーン・・・。
旗は、高師直の本陣の中に、緩やかに落下していく。
尊氏軍メンバー一同 うわーい、やったぞぉ、やったぁーーーー! バンザーイ、バンザーイ!・・・。
石塔軍メンバー一同 ・・・(ガックリ)。
高師直 ウファファファファ・・・これで今回の戦、わが方の勝利に、決まりチャンチャコねぇー! ヘーイヘイヘーイ、イェーイ、ブラヴォー!
師直は、兜を脱ぎ、落下してきた旗を左の袖に受け止め、三度礼拝した。そして、あらためて、その旗に目を凝らした。
高師直 なんだ、コレ! 旗なんかじゃねぇぞぉ!
まさに、それは旗ではなく、反故(ほご)紙を2、30枚継ぎ集めたものであった。その裏には、2首の歌が書いてあった。
吉野山(よしのやま) 峯の嵐の 激しさに 高い梢の 花は散り行く
(原文)吉野山 峯の嵐の はげしさに 高き梢の 花ぞ散行(ちりゆく)
永遠(えいえん)に 続く盛夏(せいか)など ありゃしない 武蔵野(むさしの)一面 霜枯(しもがれ)れになり
(原文)限(かぎり)あれば 秋も暮(くれ)ぬと 武蔵野の 草はみな(皆)がら 霜枯(がれ)にけり
高師直 ねぇねぇ、みなさん、どう思います? この歌って、吉かな、それとも凶かなぁ?
尊氏軍リーダーA (内心)ううう・・・なんてヤベェ歌なんだろ。
尊氏軍リーダーB (内心)「高い梢の 花は散り行く」だってぇ? これってもしかして、高家の人が亡んじまうって事じゃぁねぇの?
尊氏軍リーダーC (内心)「吉野山 峯の嵐の 激しさに」と来たか。師直さん、吉野山の蔵王堂(ざおうどう)、焼いちまったっけなぁ(注3)・・・うわぁ、こりゃぁ大変な事になっちまったぜ。神仏を犯し奉った罪、師直さん一人でひっかぶる事になっちまったなぁ。
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(訳者注3)高師直の吉野焼き討ちについては、26-4 を参照。
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尊氏軍リーダーD (内心)「武蔵野一面 霜枯れになり」か・・・こりゃ相当ヤベェよ。だってさ、師直さん今、武蔵守(むさしのかみ)の地位にあるんだよぉ。
尊氏軍リーダーE (内心)まぁ、そろいもそろって二首ともに、極めて不吉としか言いようがねぇ歌だよなぁ・・・あーあ。
尊氏軍リーダー一同 いやいやぁ、これはね、ヒッジョーに、縁起のいい歌だと思いますよぉ。
高師直 ヤッパシそうかい!(ニンマリ)、ウッシッシッシ・・・。
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