市民ランナーが中長距離で日本選手権を目指すなら
7月6日、「市民ランナーが中長距離で日本選手権を目指すなら」というテーマで話し合いました。
このテーマは、以前ツイッターでリスナーさんに募集をかけた際いただいたテーマの一つです。前提条件と目標が明確である上、夢があるテーマで「話してみたら面白そう!」ということで決定しました。
実際のところ、日本選手権に出場している市民ランナーは片手に収まるほどしかいません。「市民ランナー」の括り方にもよりますが、今年のリストを見ても多く見積もって5人はいなさそうです。それだけ聞くと「ほとんどの人には役に立たなテーマじゃん!」と思うかもしれません。しかし話す側としては、「どうしたら記録を伸ばせるか」という漠然としたテーマだと、どこからどう攻めていけばいいのか、なかなか難しいものがあります。仮に話したとしても、具体性を欠いた抽象論が飛び交うだけで誰も腑に落ちない結末になる未来が見えます。そういうわけで、話に具体性や臨場感をもたらすことができ、かつ現実感を失わないギリギリのラインを攻めてみようということで、このようなテーマにチャレンジしました。実際、話していることの9割はどのレベルの方にも応用できることだと思います。残りの1割は日本選手権を目指すランナーならではのやりとりが繰り広げられ、一般の方からするとバケモノのように感じたかもしれませんが、そこは一つのエンターテイメントです。全てが全て共感して腑に落ちるような内容では面白みに欠けるので、バランスとしてはちょうどよかったのではないかと思います。
まだ前置きなのですが、ここまでだいぶ冗長だと思われた方も少なくないでしょう。しかしそれには理由があります。実は走る研究室の後に、リスナーさんの一人(Kotaさん)が今回の内容をまとめたブログを投稿していました。
もし簡潔に今回の内容を知りたければ、こちらのブログを読めば十分かと思います。目を通して頂ければわかるのですが、実に簡要にまとまっています。めちゃくちゃわかりやすいです。終了後2時間弱で書き上げられたと思うのですが、あまりのクオリティーの高さに驚きました。正直、これ以上のまとめ記事を書くことは相当に難しいので、メンバー全員で頭を抱えました。古川くんは「雇って今後も書いてもらいたい!」とふざけたことを言っていたので、厳重注意しておきました。
結局のところ、今回の内容をまとめたものはKotaさんのブログで必要十分なのですが、一応本家のnoteとして何も書かないわけにはいきません。せっかく記念すべき一記事目を投稿したのに、二回目が続かなければ、古川くんの渾身の文字起こしが最初で最後の投稿となる可能性が高くなります。そこで、何とかして別路線での存在価値を出すために、今回は「あえて」冗長に書くスタイルをとっています。当日話したことに補足しつつ、やや脱線も挟んだ記事となっております。走る研究室は、スピーカーだけではなくリスナーさん含めた全員で作り上げていくという理念のもと運営しているので、これはこれであるべき姿なのです。
まず最初に「市民ランナー」とは、フルタイムで仕事をしていて、練習時間・環境に制約のあるランナーという定義で話を進めました。ランニング界隈には「市民ランナー」「実業団ランナー」「プロランナー」と様々な言葉がありますが、どれも明確に定義できるものではなく各選手によって程度の差があります。例えば、実業団ランナーでもフルタイムに近い形で働く選手もいるし、逆に市民ランナーと言われる方でも会社に掛け合って競技に関して優遇を受けている選手もいます。そういうわけで、本来は一つの言葉でランナーを分類するのはナンセンスではあるのですが、今回は便宜上そうさせてもらいました。
大学時代、私は東京大学で競技をしていました。箱根駅伝を目指す強豪校ではなく、どちらかと言えば自由度の高い牧歌的な環境でした。都内近郊の市民ランナーの方々と練習をする機会も多かったです。そこからGMOインターネットグループという実業団チームに入社したので、市民ランナー的環境と実業団・プロ的環境の両方を肌で体感しています。両方の特徴を踏まえた上で、市民ランナーの方が強みを生かして、どう高みを目指していけば良いのか話しました。
また、他の走る研究室メンバーも、市民ランナー的立場で競技をしながら、その括りではトップクラスといって差し支えない実力を有しています。三津家さんは昨年800mで日本選手権に出場していますし、福田くん、古川くんも5000mで14分一桁の記録を持っています。
「市民ランナーが中長距離で日本選手権を目指すなら」というチャレンジングなテーマでしたが、メンバーのおかげで机上の空論になりすぎず、少しは現実感を持ってやれたのではないかと思います。
さて、当日話したことを以下にまとめていきます。
長いスパンでトレーニング計画を立てる
当たり前のことかもしれません。ですが、実業団ランナーと比較して、これこそが市民ランナーの強みであると思います。
市民ランナーの場合、自分が望めば何年先でも競技を続けることができます。目先のレースにとらわれず3年、5年、10年でもトレーニング計画を組むことができます。仕事の兼ね合いや結婚、育児といったライフイベントが発生しても、長期目線で考えれば今は仕方ないと割り切ることもできるでしょう。大きな故障をした時も同様に割り切ることができます。例えば、10年後にピークを持っていくことを想像してみてください。1年目の今走れているか/走れていないかはほとんど無関係だと思いませんか。
一方、実業団ランナーの場合、毎年の最重要イベントとしてお正月のニューイヤー駅伝があります。ここにピークを持っていくことは最重要ミッションです。駅伝が良い/悪いという話ではなく、露出の多い舞台、すなわち駅伝で活躍することを求められているのだから当然のことです。
やや脱線しますが、実業団ランナーの選手生命はそれほど長くないです。肌感覚だと、実業団ランナーの3人に1人は入社3年以内に現役を引退しています。おそらく平均が5年くらいで、30歳以降も競技を続けているのは3〜4人に1人くらいだと思います。企業の社風になぞらえるなら、実力主義で「Up or Out」というのが近いでしょう。仮に丸々1年走れない期間があったら、ほとんどの選手が現役続行できるか危機感を抱くと思います。自由な立場であれば、致命傷を負っても年単位で回復させて復帰、ということも可能な話です。しかし走ることの対価として給料をもらっている以上、何年も猶予を頂くというのは現実的に難しい話ではあると思います(会社が痺れを切らす以前に、選手のメンタルがもたなくなると思います)。
会社は10年面倒を見るし選手も10年は続けるというつもりで入っているのは、実業団ランナーの中でも学生時代からオリンピックを狙える一握りの選手で、多くの選手は2〜3年スパンの計画で競技をしていると思います。私もそうです。トップ選手でも少しのズレで別人のように走れなくなるというのは決して珍しくない話です。会社側としてはいつ走れなくなるかわからない選手を長く雇うのは正直メリットがないし、選手側としても走れないのに長く所属していても居心地が悪く、長い現役期間を保証することは双方にあまりメリットがないのかな、と感じています。
話を戻します。また、長いスパンでトレーニング計画を立てられるメリットとして、年単位でトレーニングに波を作ることができる面白さがあります。
1年間のトレーニング計画を立てる時、例えば春はスピード強化して、夏は距離を踏んで、というように時期によってトレーニング内容に変化をつけると思います。それを年単位に拡張して、この1年はスピードをつけて、この1年は走り込んで、というように、より大きな波をつけることが可能であるということです。
具体的な例に落とし込むと、今までスピード練習ばかりして伸び悩んでいた選手が距離を踏んだことで一気に記録が伸びた、というケースはしばしばあります。逆もまた然りです(スピードと距離という二項対立は本来不適切ですが、便宜上許してください)。これは、年単位のトレーニングの波によってもたらされた可能性があります。距離を踏んだことで伸びたから距離を踏むのが自分に合っている、というのは正しいようで少し短絡的かもしれません。じっくりと積み重ねてきたスピードの下地があったからこそ、距離を踏むことが記録に結びついた、と考えることもできます。過去にスピードをやっていた自分とやっていなかった自分は比較できないのでどうしようもないですが、ともかく過去の取り組みも含めてそれらがうまく噛み合ったのでしょう。
年間通して試合がある場合だと、どこかに振り切れたトレーニングというのはどうしても難しいですが、その必要性がなければ年単位で波を作り大きな伸びをもたらすことができるかもしれません。
以上の理由から、市民ランナーという立場は、ノルマがない分、長い時間を武器にすることができます。期限にとらわれず、着実に実力をつけていくことができるのがメリットだと言えるでしょう。
走力維持の期間を作る
経験則にはなりますが、以下のようなことが前提にあります。
・自分史上最高で居続けることや、それを更新することはエネルギーが必要で、故障リスクが高い
・最高から一段階落ちたところでの維持は容易
・そこから元に戻すことも容易
・特異的でハードなトレーニングは2〜3ヶ月やれば効果が出る
特に市民ランナーの方であれば、仕事や家庭の都合で練習に専念するのが難しい、という時期があると思います。そんな時は、実力を伸ばそうと思わず、維持することに切り替えるのも手です。
日頃からトレーニングを積んでいる選手であれば、自分史上最高(いわゆる自己記録が出せる状態)をキープすることはとても困難です。しかし、そこから一段階落としたところでの能力を維持することは自分史上最高の状態で居続けるよりもずっと少ない努力感で可能だと思います。
日本選手権レベルを考えて5000mが13'40の選手を想定します。13'40を出せる状態を作り出すには、オーソドックスなインターバルトレーニングだと、400m*15(r200m)@64"、1000m*10(r200m)@2'50"くらいの練習は必要かと思います。一人でやりきることを想定した設定なので、集団で行う場合にはこれより400mあたり1〜2秒速いレベルでこなしていても驚きはないです。上記のトレーニングはこのレベルの選手であってもなかなかハードです。
しかし、重要なレースが近くなければ、インターバルの設定は400mあたり2秒くらい落とし、走行距離も7〜8割程度にしても、5000mで14'00前後の能力は維持できると思います。平日にトラックでの練習が難しいという場合、平日どこかでジョグの延長でファルトレク(例えば1分fast1分slowを繰り返す練習。マイルドなインターバル)を行い、週末にトラック練習+ロング走という形でも十分でしょう。14'00前後からなら、2〜3ヶ月集中的にトレーニングを行えば13'40もしくはそれ以上の記録も狙えると思います。記録は経過時間に比例して右肩上がりというより、停滞を挟み短期間で一気に伸びるものです。特異的なハードトレーニングも2〜3ヶ月やれば十分だと思います。逆に、それ以上特異的なハードトレーニングを行うのは長いと感じます。心と身体がもたないです。
一方、自分史上最高の状態から一度故障をしてしまうと、二段も三段も転がり落ちてしまいます。自己記録を更新していた時の動きというのは身体に定着しきれていない場合が多いです。意識して作り出すのが難しいほど、緻密なバランスの上に成り立っています。そのため一度感覚を忘れると元に戻るのはなかなか大変です。リスク管理の上では、そのような状態を無為に長く作り続けるのはあまり得策ではないと思います。
以上の理由から、集中的にトレーニングしてレースに出たら、一段階落としたところでの維持に切り替える、という戦略は有効であり、市民ランナーの方のライフスタイルともマッチすると思います。
日本選手権に出た市民ランナーの話
「市民ランナーで日本選手権に出場できるのは片手に収まるほどしかいない」と前置きで書きました。そんな中で、日本選手権に出場された櫻井さん(800m)と神さん(3000mSC)がリスナーでいらっしゃったので話を聞かせてもらうことにしました。全くのアポなしでしたが、お二人とも快く話してくださり感謝です。走る研究室は「リスナーさんのレベルが高い」ことでも有名で、他にも日本選手権出場者が何人かいらっしゃいました。
櫻井さんは
・重要なトレーニングの中でも何を捨てて何を残すか
・練習ではフィジカルやメンタルの状態が8〜9割の中で全力を尽くす
・失敗リスクの高い練習は避ける
ということを意識しているようでした。
やりたい練習を片っ端からやる、というのではなく、捨てていく中で残った練習(本当に必要な練習)をやる、という考え方は、時間制約の大きいランナーに応用できると思います。
神さんは
・1500〜10000mまでのレースに万遍なく取り組む
・SNSなどで見つけた、結果を出している選手がやっている練習を取り入れてみる
ということを意識しているようでした。
型にはめず、色々な種目、練習を楽しむところは、まさに「ソムリエ」のようでした。万遍なく取り組むことで引き出しを増やしているのも、長い期間市民ランナーで活躍されている秘訣だと感じました。
種目の違いはあれど、お二方で強調されるポイントが異なっていたことも面白い部分だったと思います。
こんな感じで、今回の走る研究室は幕を閉じました。リスナーさんの助けもあり、非常に良い会になりました。最後まで読んでくださりありがとうございました!
文責:近藤秀一
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