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当たり前なようで意外なほどの「きつさ」とパフォーマンスの関係①

10月26日の「走る研究室」では、上記のタイトルにて古川が発表し、色々ディスカッションさせていただきました。その内容を3回に分けてまとめていきます。

早速ですが皆さん、「きつさと長距離走のパフォーマンスが関係してる」なんて言うと、どんな印象を持つでしょうか?

「当たり前でしょ、だってきつかったらペース落ちるじゃん。きつさはパフォーマンスに影響するよ。」

そうですよね。もし「きつく」感じないなら、速いペースで長く走れちゃいそうです。では、体の負荷、つまり心拍数などが高くなり続けても、「きつく」ならないなら走れちゃうでしょうか?

多分、無理ですよね。

我々が筋収縮で走っている以上、酸素供給が追い付かないほどの負荷をかけ、エネルギー(ATP)供給が間に合わない状態では、いくらきつさを感じなくなったところで、筋収縮起こせなく(=走れなく)なることは明らかかと思います。つまり、パフォーマンスを制限しているのは「きつさ」という「認知」(脳?)というより、筋や心肺などの「体」の方と言うこともできそうです。(※なお、認知と体は互いの影響を帯びているので独立したものとして扱うのは違和感ありますが、ここでは分かりやすさを優先します)

では、結局、「きつさ(認知)」「体の状態」、どっちがどのくらいパフォーマンスを制限しているのでしょうか?

この疑問に対し、

「きつさ」の方が、今発揮できるはずのパフォーマンスを制限してしまう要因(=律速因子)に多くの場合なり得る

という見方を、いくつかの研究は示しています。この辺、結構面白いんですよね。

「これだけ練習したのに、タイムはなんでイマイチだったんだろう?」とか、「練習は十分じゃなかったけど、意外とタイム出た!」とか、説明に困る不思議な経験はないでしょうか?そこに一つの見方をご提供できればと思います。

3回に分けてそちらをご紹介していきますので、どうぞ付き合いくださいませ。

まず「薬を使い、きつさを低下させてみた」という、なかなかクレイジーな研究があります。この手法、倫理申請通るんですね。。


ランニングではなくサイクリングの研究なのですが、これがまた面白いんです。16.1㎞のタイムトライアルを2回行う中で、被験者には2回とも薬を飲んでもらいます。

1回はアセトアミノフェンで、これは脳に作用し、痛みの感受性を軽減する効果を持ちます。(脳に作用するだけで、その他の生理的な効果はないらしい。)痛みへの効果が、「きつさ」も軽減するようです。

もう1回は偽薬で、プラシーボ効果(「効果があるかも」という心理的な期待が、実際の生理状態に影響してしまう効果)をあえて与えます。これが対照条件になります。

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※スライドの稚拙さご容赦ください。

さて、上記のスライドの左のグラフをご覧ください。横軸が走行した距離、縦軸がきつさ(高い数値ほど、被験者の「きつさ」が大きい)を表しています。薄い灰色線の偽薬と比較して、黒線のアセトアミノフェンでは前半部分のきつさが低くなっています。アセトアミノフェンの効果が出ていますね。

次に右のグラフ。縦軸の「パワー出力」は、ランニングで言う「ペースの上がり下がり」をイメージしてください。アセトアミノフェン条件では、中盤から後半にかけて速いペースを維持しています。トータルでは、12人中13人がアセトアミノフェン条件でパフォーマンスアップし、平均1.87%のタイム短縮(※10㎞を30分で走る場合、約30秒短縮に相当)という結果でした。

さらに面白いことに、体の負荷指標である心拍数や乳酸値は、アセトアミノフェン条件で、より高くなっていました。


体はより強いダメージを示しているにも関わらず、きつさを軽減させたら、ハイペースで走れてしまったという、興味深い結果です。

近藤くんが「前半に想定より楽だったから、中盤以降ハイペースを維持できてパフォーマンス上がったのでは」という分かりやすい解釈をしてくれましたが、まさにそれが起きたのではないかと思います。

体の負荷が高くても、きつさを軽減できれば、速いペースを維持できる。つまり、持久的な競技パフォーマンスの律速因子は「認知」の方にあるのではないか。そんなことが垣間見える研究の紹介でした。

次回に続く…。


「きつさの測り方」が気になる方は以下参照

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「きつさ」は、アカデミックの分野では「主観的運動強度」と呼ばれます。これを定量化するために「RPE」という尺度(上の図のような表)がつくられていて、被験者は走りながら感じる「きつさ」を「数値」で答えます。被験者の目の前に表が貼ってあったり、横から差し出されたりするので、指定された時間毎(1km毎や3分毎など)に声に出して答えます。

例えば、「今、ややきついな~」という印象の時には「13」と答え、「非常にきつい」と「かなりきつい」の間と感じたら「18」と答えます。

なかなかザックリした指標ですよね。(笑)

しかし、ザックリながら、客観的指標である心拍数よりもペース変動を説明できる場合がある。これは面白い事実かと思います。

文責:古川


文献

Mauger, A. R., Jones, A. M., & Williams, C. A. (1985). Influence of acetaminophen on performance during time trial cycling. Journal of Applied Physiology, 108(1), 98–104. https://doi.org/10.1152/japplphysiol.00761.2009

小野寺孝一,宮下充正. (1976). 全身持久性運動における主観的運動強度と客観的強度の対応性‐Rating of perceived exertionの観点から‐. 体育学研究, 21(4), 191-203.



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