【day5】墓参り
「あなたもお墓参りですか」
燃えきらぬ線香の煙を前に合掌しているところで声をかけられた。目を開けて声のした方を向くとスーツ姿のいかにも誠実そうな青年——というには少し老けているだろうか——が右手に花束を左手には水の入ったバケツを持って立っていた。あなたもというからにはこの青年もそうなのだろう。
「ご友人かなにかお知り合いの方でしたか?」私は墓石に刻まれた琴畑という文字を見ながら訊ねた。
「はい。友人の友人、言ってしまえばまあただの知り合いですけど」
「そうでしたか。……しかしまあ惜しい人を亡くしましたね」
青年は「ええ、まあ」と頬をかいて曖昧に笑うだけだった。別にただの知り合いが墓参りに来てはいけないことなどないしそのせいで恥ずかしがる必要もないというのに、青年は躊躇いがちに「僕も線香あげていいですか」と言った。「どうぞ」この許しは誰に対してのものだったのか、長年お墓参りをしてきたがこんなことを聞かれたのは初めてだった。
数分もの間手を合わせていた青年は「あの、まだ何か」隣に立っている私を訝しんだ。
「いや、せっかくなので私もお掃除できればと思いましてね」
青年が何かを言う前に私はバケツと柄杓を取って墓石に水をかけた。「タオルかなにか持ってますか?」「え、ええ一応」青年は鞄の中から雑巾を取り出し私に手渡した。受け取った雑巾を水で濡らし、硬く絞って墓石を拭く。当惑している様子の青年はとりあえずそれに倣うことにしたらしく、墓石の両隣にある石も同様に掃除を始めた。
「ここにはよく来られるんですか」と私。
「……彼女が亡くなってから初めてきました」
「お仕事などで時間もなかなか取れませんものね」
「そうなんですよね、ってまあ言い訳でしかないんですが。暇を見つけるとかじゃなくて自分で時間を作ればもっと早く来れたわけですから」
「まあまあそうご自身を責めずに。そう簡単に受け入れられるものでもありませんし、いざ直面するとこれがまた勇気のいることだったりしますから」
「彼女が亡くなったと聞いたときは、知り合いとはいえ自分でも思っていたよりずっとショックを受けていることに少し、驚きました。葬式にも出たんですけどね、その時よりもこうしてお墓の前に立った方が実感するのは不思議ですね」
青年は水滴を拭き終えた雑巾を絞ってバケツの縁にかけ、持ってきた花を飾った。
「本当は菊とかメジャーなものの方がいいんでしょうけどね」
「ガーベラですか?」
「よく分かりましたね。彼女が好きだと言っていたのを思い出して買ったんです」
「素敵ですね、きっとお喜びになっていると思いますよ」
「そうだといいんですが……。花なんてもらっても枯れるし実用性がないからいらないって、散歩の時に見るくらいがちょうどいいって、彼女だったらそう言って笑いそうで」
「大変仲が良かったのですね」
「そういうあなたは楓とどういった関係が?」
「私ですか」
私は後ろ手に背を向けた。「まったく存じ上げませんね。墓参りが趣味なもので」言うなり私は歩き出した。