【day17】虚像の崩壊線
小学六年生の国語の授業中に、もしも銃を持ったテロリストがやってきて立て籠もり事件が起きたらなんて考えていた。テロリストたちは各教室に二名から三名ずつでやってきて「ここは我々が占拠した! 死にたくなければ大人しくしていろ」と声を張り上げるのだ。黒板側に一名、後ろに二名の配置で、黒板側で先生に銃を突き付けている一人が威嚇の意味も込めて銃声を響かせる。同時に上がる悲鳴と声を押し殺して泣くクラスメイト、「言うことを聞きますから!」と動転している先生。さてこの状況をどうやって打開しようかと冷静な自分。
自分は一番右端の後ろの席で、右斜め後ろに教室全体を観察しているテロリストが一人いる。不意を突いて机の脇にかけてある体操着の袋を投げつけ、ひるんだ瞬間に銃を奪ってテロリストに銃口を突き付ければ選択肢が増える。もしくはそのまま撃ち殺し、続けて正面、驚いて判断を迷っているもう一人を立て続けに撃ち殺してもいい。普段からゲームで鍛えている俺のエイムと反射神経なら余裕に違いない。その後は各教室に突入してテロリストを駆除していき事件は無事解決だ。多少は犠牲が出るかもしれないが、多くを助けるための少ない犠牲は仕方がないだろう。うんうん、なんだか俺ならいける気がしてきた。先生に気に入られるために正義面ばかりしている山下だったらこうはいかないだろう。どうせ女子と一緒に泣き喚くに決まってる。
——地震だ。
小さくカタカタ揺れているだけだった。これくらいならいつものことだと気にしなかったけれど、妄想の続きをするには気が逸れすぎている。授業はつまらないし話しかける友達もいない。早く家に帰ってゲームの続きでもしたいな。
——それにしても長くないか?
と思ったその時、ものすごい揺れが教室を襲った。今までに感じたことのない大きさの地震だった。何がどうなっているのかも分からない騒音と悲鳴、先生の「机の下に隠れて!」という叫び、窓ガラスが割れて電気が消えた。揺れは二、三分くらいで収まったけれどまだ泣いている女子がいた。このくらいで何を怖がっているのか分からなかったし、むしろこの非日常感にワクワクしてさえいた。どうせ何事もなく帰れるんだという楽観もあったのだと思う。
先生は他の教室の状況も確認してくると言って出ていった。少ししたら戻ってきたけれど表情は俺らに気を遣えなくなるほど暗いものだった。「落ち着いて聞いてください」と先生は言った。
「さっきの地震は震度七で、この周辺地域だけでなく他の地域と県にも被害が出ているそうです。これから緊急の職員会議で皆さんをどうするか、また学校としてどう対処するか決めてくるので少しだけここで待っていてください。それと何かあったらすぐに先生を呼びにくるように」
言い終えるなり先生は教室から出ていった。そして、教室内の不安は一気に爆発した。
家族は無事だろうか、家は大丈夫か、他のクラスの友達や近所の知り合いに怪我とかはなかったのか、あるいは二次災害などはないのか。そう、例えば津波とか土砂崩れとか、そういえば今日の夜から雨だったような。なんて皆が口々に言うから俺もどんどん不安になってきて、それがまた感染していった。本当はこんなとき誰かが「大丈夫!」と虚勢でもいいから張り上げて気持ちを前向きにしなければならないのだと思った。そしてその役目はきっと自分なんじゃないかと。なぜって、こんな窮地を俺はずっと待っていたしどうするべきかも考えていたし想像の中では上手くいっていたのだから。
でも体は机の下で震えて動いてはくれなかった。きっと誰かが助けてくれる、そんなの先生とか大人の責任だろ、泣いてるやつうるさいな、怖いのはお前らだけじゃないんだよ。思うほどに動けなくなった。
椅子を引く音がした。「みんな落ち着いて!」と震える声が聞こえてきた。机の下から覗くと山下が立っていた。
「大丈夫落ち着いて! とりあえずみんな死んでないし怪我もしてないから、なんとかなるよ多分」
誰も彼もがぽかんとしていた。それもそうだ、言っていることに説得力がないし気休めでしかない。不安を煽るだけだろうと怒りすら湧いてきた。「ほら見て」山下は手を広げて見せた。
「めっちゃ震えてる。俺もめっちゃ怖い」
山下は手を握って「でも」とブサイクに笑った。
「体育館で消火器をぶちまけて怒られたときほど怖くない」
なんの自慢だとムカついた。何も関係ないじゃないかと怒鳴りたくなった。クラスのみんなはその時の情景を思い出しているのかクスクスと笑っていて、中には「あの時ガチ泣きだったもんな」とか「ガラスに頭から突っ込んだ時の方が怖かったぞ」とか野次が飛んでパッと空気が明るくなるのが分かった。
「なんでお前ばっかり」
噛みしめるように呟いた。
悔しくて泣きそうだった。