【day14】歩幅
物心がついた時分、部屋で一人遊んでいたらもう一人の僕が現れた。
「だれ?」
「……」
「一緒に遊ぶ?」
もう一人の僕はこくりと頷くだけだった。幼稚園でも友達がいなかった僕はもう一人の僕をすんなり受け入れ、またとても楽しくて、おやつの時間も忘れて遊んでいた。不思議に思って部屋にやってきた母親はヒステリックを通り越して固まり、すぐに父親へと電話した。よく分からずに帰ってきた父親もやはり固まってしまった。その夜、何やら言い争う声が聞こえていたが僕らは眠かったので眠っていた。
翌日両親は僕らを病院に連れて行くことにしたらしかった。疲れ切った両親の顔を見て大変そうだなと思った。
病院をたらい回しにされること数日——もっとだったかもしれないが覚えていない——、僕は遊離性人格体外分離症候群、通称ドッペルゲンガー症候群という数十億人に一人と言われる病に罹患していると判明。話は難しくてよく分からなかったので聞いていなかったが、両親はそれを双子の弟だと言っていたのでそういうものかと思った。
僕らはいつでも一緒だった。遊ぶ時もごはんを食べる時もお風呂の時も眠る時も常に同じ時間を過ごしていた。だからこそ僕がはじめに気が付いたのかもしれない。もう一人の僕は僕になった時から姿形が当時のまま成長することはなかったことに。
小学生になって友達を作りもう一人の僕を置いて外で遊んだ。中学生になって部活をはじめ、もう一人の僕とはほとんど接することがなくなった。高校生になって家にいる時間はさらに減り、いつしか顔すら見ることもなくなった。
日に日に僕らではなくなっていくことが怖かったんだと僕は思う。気が付いた時には忘れていて、一人暮らしをするための引っ越し準備で見つけた写真で思い出した。思い出して母親に訊ねた。
「僕のドッペルゲンガーってどこにいったんだっけ」
「さあねぇ、詳しくは覚えてないけどあんたが大学生になった頃からは見てないわよ」
「んな無責任な」
「ペットじゃないんだし仕方ないでしょ。別にごはん食べるわけでもないし、今だから言うけど正直不気味だったんだから。それにいなくなって困ることないでしょ」
「いやいや、一応病気なんだよね?」
「お医者さんは症例が少なすぎて憶測になるけど自然と消えてなくなるし害もないって言ってたじゃない」
「言ってたっけ?」
「あんたは人の話聞かないからねぇ。それとこうも言ってたわよ。ドッペルゲンガーは病んだ精神の外部補完を可能にするための、えっとなんだったかしら、一時的な……そう切除だって。癌細胞を取り除く行為に近いとかなんとかも言ってた気がするわね」
「じゃあ、いなくなったってことは」
「あんたの精神が元に戻ったってことでしょ」
ああそうか、と僕は納得した。もう一人の僕を嫌いになったわけじゃなかったんだと。
いつしか僕らの歩いた道のりは違くなってしまったけれど、歩幅はあのころと変わらない。
僕らはようやく僕になったんだ。