【day18】暁
月はもう落ちていた。けれど太陽はまだ昇っていない。海は、布のように皺立つ波のほかに空と見分けるものがなかった。果ての空がほの白む。海と空を分かつ太陽の鬣が光の稜線となり、黒を模していた波は、ひとつまたひとつと後から後から走るいくつもの筋が通されていく。水面の下のその筋は、果てしなく互いの後を追い、追いかけあっていた。
どの筋も岸辺に近づくほどに高く盛りあがり、岩と砕けて飛び散り、しぶきの白いヴェールが砂浜のあたり一面を掃う。波は少しの間ためらい、また砂浜をあとにした。水平線上の暗い一線はしだいに泥水が濾過されていくように鮮明に、そのまた向こうの空もまた、蒸留を繰り返したように透きとおる。あるいはまた、水平線の下で顔をうずめて眠っていた獅子がのそりと起き上がり、岩の影から大気に触れたようにその鬣が白や黄色や赤へと光が広がる。身震いをして空を見上げ、肺を空気で満たし、咆哮をあげる。緩んでいた大気は繊維のごとく細やかに張り詰め、赤や黄色や白にゆらめき燃えながら、黒の水面からひき剥がされてゆく。燃えさかる繊維はやがて、まとまり束ね一つの靄へ、溶けあわさり白熱する光になり、上空を滞留するような灰色の空の重みを押し上げ、清淡な青の微粒子へと変えていく。海のおもてがしだいに透きとおり、磨かれた暗い筋は一つの波となり、煌めき広がっていった。頂を目指して歩き出した獅子はゆっくりと、より高くへのぼり、ついに巨大な燃える光の輪が姿を現わす。弧を描く炎は水平線を伝って燃えあがり、それに囲まれた海がきらりきらきらと煌めきわたった。
陽の光は庭の木々にまで届く。葉を一枚、また一枚と透明にしていく。小鳥が一羽、囀った。
刹那の静寂。押し寄せる波のように、一羽、また一羽と囀る。
陽の光は建物の壁をきわやかにし、白いブラインドのうえに小鳥が止まった。ベッドルームの窓辺の葉陰に、影の青い指紋を作った。ブラインドがかすかに揺れても室内はまだほの昏く、輪郭は曖昧なまま。外の小鳥たちは今朝できたばかりのメロディを歌っていた。
「見える、光の輪が。ぼくの頭のうえに吊りさがる光の輪が」
「見える、むらさき色の筋が、溶けあう光の帯が」
「聞こえる、仲間たちのさえずりが」
「見える、球のしずくがしたたる葉の影が」
「見える、白や赤や黄色や金色に輝く獅子の鬣が」
「聞こえる、鎖につながれた獣の踏みならす足音が」
「ごらんよ光の粒だ。青い青い光の粒を」
「影が小道に落ちている。折れ曲がった木の枝みたいな影だ」
「葉と葉の間にお日さまの光が落ちてきた」
「みどりの毛虫が丸まって輪になってる」
「白色の殻のカタツムリが茎をのぼっていく」
「足のうらがひやっとしたよ。けれど燃えるように熱いんだ」
「ああ、ほら、ニワトリがトキを告げている」