ショートショート【乗り換え案内】
この電車の座席はとにかく座り心地が悪い。
立てばいい話なんだけどこんなにも不安定で危なっかしい車内で、脆く今にもとれそうな吊革を掴むわけにもいかない。
仕事終わって疲れてるのにほんっとに最悪、、
なんでこんな電車に乗ったかって?
ホームで待ってたら、これ以上ないくらい綺麗でキラキラしてる車両がきたんだもん。私だって女の子だよ?そりゃ乗っちゃうよ。電車の中なんて見ずに扉が開いた瞬間、誰よりも早く駆け込んだの。行先だって見てないし時間にだって追われてたから。
乗り込んだすぐは汚い座席にだって座れた。汚れてることにも気づいてなかったくらいだもん。だって外から見たら私が、私だけが、最高にキラキラしてる電車に乗ってるから。
でも少し経ったら私以外にも乗ってる人がいたことに気がついた。あとから乗ってきたのか、私より先に乗っていたのか分からないけど。さすがに驚いたよ。その人が居たことにも、私がその時まで気づかなかったことにもね。
そこからはもう揺れに振り回されるわアナウンスはうるさすぎるわで、、。
何度か降りる事を考えたけど、この電車、きっとすごいスピードで走り出して見えなくなってしまうでしょ?だからなかなか踏み切れなかったの。
でも、私、降りようと思って。
すれ違う電車は私が乗ってる電車より輝いてないけど、窓から見える中の人は本当に居心地が良さそうで優しく微笑んでるの。
私もそんな電車に乗りたい。
決意を固めていざ出ようとしたらすぐに扉が開いてびっくりしちゃった。
おまけに私が降りたら速攻で閉めやがって。
案の定一瞬で走り去って行ったよ。
次の電車を待つことをやめて1度改札から出ようかな、、なんて思ったけど、、、改札を出たら絶対に目的地に辿り着けないよね。嫌だよ、私。夢叶えたいもん。
ホームにいるとすぐに次の電車が来た。なかなか綺麗な車両っぽい。どうしよう乗っちゃおっかな。少し中を覗くとたっくさん人が乗ってた。だめだめ、息苦しくて仕方ない。学習しなくちゃ。
次に来た電車は結構良さそう、って思った瞬間、大音量で言葉遣いが良くないアナウンスが響いた。窓も中が見えないくらい曇ってて。こんな電車乗れそうにないわ。
しばらくすると、車両のデザインはピンとこないけどなにか惹かれる電車が止まった。
この電車は出発まで時間がある。
扉が閉まるまで中でじっくり考えることにしようかな。
そう言えば、乗ってから出発までの間で車両の中をしっかり見るなんてしばらくしてなかったよ。ホームで電車を見比べることは結構あったけどね。
明るい車内、優しい座り心地の椅子。しっかりとしたつり革。優先席もたくさんある。アナウンスの声も温かくて、この電車なら目的地まで着きそう。出発時間まで座ることにしよう。
もう乗り間違えはしたくない私にとって大きな決断だった。
扉が慎重に閉まった。私以外に乗っている人の姿はないみたい。ゆっくりと走り始めてとても安定している。私は静かに微笑みながら安心して身を任せた。
窓から色々な景色が見える。
甘い匂いのする桜並木
水たまりに反射するふたつの影
穏やかな波に肌がピリつき
紅葉の絶景も広がった
風が冷たくなった時には窓を閉めて車内で暖かく過ごした
長時間座っていても変わらない居心地の良い車内で何度も季節を迎えた。迫っていたような気がしていた時間なんて忘れて。
「次は 」
そのアナウンスにはっとした。
ひとつの目的地だ。ドアの前に立った。
扉が開いた先には温かい拍手と真っ赤なバージンロードが広がっていた。
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