これは難しい💦
学級崩壊クラス建て直しに入って感じたこと
先日、
担任を育てる方に舵をきるからと、私が入ることを断られたクラスが学級崩壊し、再度、建て直しに入るよう頼まれたこと
を記事にしました。
この担任は2年目ですが、1年目(低学年)の時も、必ずと言っていいほど誰かがクラスに入り、手伝ったりアドバイスしたりの状態でした。
低学年だったので、子どもが反発する年齢でなかったのと、教科数や内容量は少なく行事も少なかったので、今年度ほどの状態にはなりませんでした。
でも、1つの事しかできず、アドバイスを理解できず、言われたことを忘れ、覚えていても期日までに終わらず▪▪▪。
経験を積めば担任ができるとは、到底思えない状況でした。
性格は優しく素直で、一生懸命なのですが、「常にアンテナを張って、複数の仕事を同時進行する▪子どものリーダーになり引っ張っていく▪子どもがわかる指示を出す能力」が必須である、この仕事をこなすのは難しいと思い、昨年度の校長にもそう伝えていました。
「まだ2年目なんだから、できなくて当たり前❗」
「あなた(るねあ)に、そんなこと言う権利はない❗」
と思う方もいるでしょう。
もちろん、私には人事権もなければ採用試験すら受けたことがありません(夫が自営業なのと、採用されれば別居も有り得るため受けませんでした)。
ただ、この7年間、新採と深く関わる立場を経験したからこそ、わかることがあるのも事実です。
私の地域は、新採指導が「新採が勤める学校の教務が指導する場合」と、「2校を兼務する指導教官(退職した管理職の場合が多い)が、週2日来て指導する場合」があります。
しかし、どちらとも新採に張り付いて指導する訳ではないので、一般的な理論や、クラスに入っている時に気付いたことを指導する形になります。
一方、私は、入らなければいけないクラスがある時間以外は、新採や2年目のクラスに入ります。
その中で、アドバイスや指導をどれだけ吸収できるか、次年度からは自分でクラスが回せるかを継続的に見ることができます。
経験5年目までの先生が半数を占める自校では、手をかけてあげられるのは、せいぜい2年目までです。
3年目からは、自分が求めても、人手がなければ助けは来ません。
4年目からは、学年主任もあり得ます。
つまり、「常にアンテナを張って、複数の仕事を同時進行する」「子どものリーダーになり引っ張っていく」くらいはできる力がないと、今回のように学級崩壊を引きおこし、教師が辛いのはもちろん、子ども達の成長や学力も阻害され、周りの先生方に余計な仕事がドン❗❗❗と増えることになるのです。
事実、崩壊クラスは私がいれば静かにできるので、四六時中張りついています。そのため、新採クラスはもちろん、TTが必要なクラスにも入れなくなっています。
このままいくと、年の就業時間制限のある私は、2学期でその時間を使いきることになります。
そうなると、3学期は入れなくなります。
継続して入ろうとすれば、1日1~2時間しか入れなくなります。
結果、学級崩壊は元に戻るか、更に悪くなることが容易に予想できます。
では、私が常勤になれば良いのでは?と思いますよね?
それなら、今はボランティアでやっている仕事も、カウントされるし😁
でも、子どもの数で教師の配分が決まっているので、雇用形態を簡単には変えられないのです。
限りある時間はどんどん消費し、2クラス(崩壊クラスと担任休職クラス)の算数の持ち帰りボランティア仕事(授業準備や採点など)は続くことになります。
管理職は、私の授業や指導を見ながら、崩壊クラス担任が学び、徐々に一人でクラスを回せるようになってほしいようですが▪▪▪💦
1時間いないだけでも、「エアコンをつける、つけない」で男子が掴み合いのケンカになる始末。担任が主導権をとれないのです😵
とても、「経験をつめば▪▪▪」なんて言えません。
先日は、担任に
「続けることも意味があることだけど、本当に病んでしまって、何の仕事もできなくなっては、元に戻るのは難しい。
自分のスタンスで子どもと関われる仕事に変わるのも、選択肢に入れてもいいと思う。
自分の人生を一番に考えるといいよ。」
と、話しました。
担任の今後を考えたことでもあるし、3年目になる来年度は、がっつり付ける人はいなく、ただただ、子ども達が迷惑を被ることを危惧してのアドバイスです。
教師の成り手が不足し、2倍にもならない倍率で、受ければ受かる中、「社会人にもなっていない人が、子どもの命と将来の一端を担う責任を負う」ことになっています⤵️
その責任を理解できない人や、複数の教師から見て、一人で担任ができるようにはならないと思われる人は、試用期間(初任)で辞めてもらうべきだと思います。
一般企業なら、早くに辞めさせられるレベルの人に、ダラダラと税金を払うのは、それこそ無駄使いです。
そして、できる人の給料を上げ能力制にすれば、教師の自己研鑽力が上がり、全体の能力の底上げになり、教師の成り手も増えるのではないでしょうか?
能力制のシステム作りには、議論が必要ですが、教師の地位向上と成り手確保には、それが近道だと思います。
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