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僕の青春はスキだらけ!

ジメッとした暑さで垂れ流れる汗。

キュッとバッシュの音が聞こえる体育館。

目の前の相手を抜く、あの感覚。

地面から膝へ、膝から腕に軽い力が伝わっていく感触。

手から放たれたボールがネットを揺らす音。

ベンチから聞こえる声も応援席から聞こえる応援も、それらが僕の全てだった。

今はもう過去のこと。

忘れたくても忘れられない当たり前の日々が掌からすり抜けていく。

僕にはもう何も無い。持ってすらいない。

バスケは僕にとって本当に全てだったんだと痛いほど知った。

これは僕の初めてだらけのいわゆる、青春の話。



「こんな朝早くから準備とか…倉野め…」

桜がまう春の季節とは言え、まだまだ朝は冷え込む。

半袖にはまだ出来ないなと考えながら荷物を運ぶ。

たまたま朝早くに教室に着いたので、自分の席でぐっすり二度寝をしようとした所を、担任の倉野に目をつけられてしまった。

必要な書類などを自分のいる職員室まで持ってきて欲しいと頼まれた。

最初はめんどくさいので断ったが、どうしてもと執拗な頼みに根負けしてしまったわけで、このくそ重い荷物を運んでいる。

倉野のいる職員室までは1階まで降りて体育館を横切ってしまった方が早い。

体育館に行くのは少し躊躇いがあるが、今はそんな事を気にしている場合でもない。

わざわざ遠回りしたくないしな。

階段を降り、体育館に向かう。

そこに近づくにつれ空気感が変わる、そんな感じがした。

体育館の中はちょっとだけ肌寒かった。

外の空気が慌ただしく入れ替わっているのが原因だろう。

「ガコン」

懐かしい音がした方に思わず目を向けてしまう。

そこには1人で黙々とシュートを打ち続ける、小さいのにどこか大きく見える女子生徒がいた。

僕はそんな一連の流れを見続けていた。

体育館の中で1人練習をする女の子。

彼女の思いを知る事は出来ないが、毎日ここで練習をしている事は何となくわかってしまった。

違和感がなかった。

理由はたったそれだけ。

風景に何の違和感も無く溶け込んでいる。

「あの…私に用ですか?」

その声で我に戻る。

声の主は不思議そうな表情でこちらを見つめる。

「あ、えっと…毎日練習してるんですか?」

声をかけられるとは思っていなかったので、思わず直前まで考えていた事を口にしてしまう。

「そうですね、私バスケ好きなんです!この前の大会で負けちゃって…悔しかったので!この悔しさを忘れないように練習してるんです!」

目をキラキラ輝かせたり、時には落ち込んだり、とても表情豊かな子だな。

「そうなんですね、邪魔してしまってすみません、練習頑張って下さい」

必要以上に話を続けると彼女の練習の妨げになってしまうと考え、話を区切る。

それに…荷物を持っている手がそろそろ限界だし…

「いえいえ!私こそ引き止めてしまってすみません!」

思ったより丁寧な反応に少したじろいだが、これ以上留まる訳にはいかない。

僕は手を軽く振り、体育館を後にした。

これが僕と彼女の初めての出会い。



「いやー、すまんな」

「そう思ってるなら最初から自分でやって下さいよ」

持ち運んだ重い荷物を先生の机に置き、軽口を叩きながら職員室を出ようとする。

「あ、霜月。これやるよ。ちょっとしたお礼だ」

先生はそう言って、チョコレートのお菓子を投げ渡してきた。

「おっと、急に投げないでくれよ。でも、ありがと倉先」

軽くお礼を言いながら僕はそのお菓子を手に取る。

「明日からも早く登校するんだな。こき使ってやるから」

「嫌っすよ、今日だけなんで。じゃあ教室戻ります」

本気か冗談か分からない先生の言葉を流しながら扉を閉め、教室へ足を向ける。

帰りは体育館を通らなかった。通れなかったのでは無い、通らなかったのだ。まぁどちらでもいいか。

教室に戻ると既に何人かの生徒が来ていた。

二度寝をする者、読書をする者、友人と会話する者達。

僕はまだ友人達が来ていないので席について、さっきは出来なかった二度寝をする事にした。

しばらくして、僕は友人に無理やり起こされた。

「おはよ、二度寝か?」

「…はよ、ふわぁ…二度寝は気持ちいいぞ」

「だろうな、ってか巧がこんな朝早くに来るなんて珍しいな」

そう言って笑うこいつは友人の武内翔一。小学校からの付き合いで、まぁ腐れ縁みたいなものだ。まさか、高校まで同じでクラスも同じときたらもはや笑うしかない。

「たまたま早くに目が覚めたんでね、まぁ来たら来たで倉野に面倒事押し付けられたけど」

「倉野先生は巧のこと結構信頼してるからね。仕方ないよ、モテるやつは」

男にモテても意味ねぇよ。いやほんとに。

「えー、なになに?巧ぃ〜、倉先に好かれてんの?」

「モテてねぇよ、つーかモテたくもねぇよ。僕の恋愛対象は女の子だけですーよ。と言うよりお前こそ先輩に告白されたって聞いたぞ、天」

からかってきたこいつは翔一と同じで腐れ縁の…幼なじみというやつだ。

「あー、ノンデリ!乙女の秘密をそう軽々と口にするのはセクハラだよ〜!」

「どこに乙女がいるんだよ」

「ここですぅ!そんな事言うなら、もう一緒にお風呂入ってあげないからね!」

クスクスと人が集まり始めた教室で笑いが起きる。これ以上はやばい。

「何言ってんだ!誤解されんだろ!」

「あはは、ごめんね〜、みんな。最近やっと1人で入れるようになったんだもんね?」

ダメだ。こうなった天は止まらない。ここはあの手を使うしかない。

「天さん…今日はスタバ奢るので…許して下さい」

そう言うと天は勝ち誇ったような表情を浮かべ、仕方ないなぁみたいな感じでクラスのみんなの方を向く。

「みんな〜!今のはぜーんぶっ!ウソだからねっ!」

すると、クラスにどっと笑いが起きる。

事なきを得た僕は深くため息をついて天に話しかける。

「天はほんとに朝から元気だよな。今日も朝練あったんだろ?」

「んー、この天さまにかかれば朝練なんてあってないようなものだからね」

どこからこの自信が来るんだろうか…。まぁでも、こんなに自信があってもおかしくないよな。実際のとこ、結果は出てるんだし。

そう、山﨑天は最近あった大会で1年生ながら輝かしい結果を残している。小学生の頃から注目選手だっただけはある。

「すげぇな、僕は部活してないからなぁ」

「巧はバイトで忙しいんだろ?だったら部活してる暇もないし仕方ねぇよ」

ずっと空気だった翔一が軽く肩を叩く。

「まぁな、やっと慣れてきたところだしな」

「バイト先の先輩がめちゃくちゃ可愛いんだっけ?」

「えー!なにそれ、私聞いてないんだけど!」

「なんで言わないといけないんだよ」

「巧の恋愛事情は知っとかないといけないでしょ!」

彼女は僕の母か何かでしょうか?

「先輩っていっても、違う学校の人だぞ。しかも彼氏持ちという噂もある」

「なーんだ、じゃあ無理だね。巧には。」

まぁそうなんだけど。もっとこう…言い方があるんじゃないですかね。

「なんでだよ。あ、そう言えばさ、翔一と天は女子バスケ部の事詳しい?」

そう言うと二人は時間が止まったように動かなくなった。

「どうしたんだよ?2人とも」

不思議に思った僕は2人に呼びかける。

「…巧からバスケという言葉が出てくるとは思わなくて」

「…右に同じく」

「2人とも酷いな」

とは言ったものの、2人がこんな反応をしてしまうのも無理はない。なんせ、僕はバスケを辞めてしまったのだから。そして、トラウマですらある。

「ずっとあの頃のままじゃダメだろ?さすがにバスケの話ぐらいしても死にはしないぞ」

「まぁ…巧がいいならいいけど、ちなみに俺は女バスの子はあまり分からない」

「私は結構仲良いよ、同じ体育館使ってるし」

「じゃあ、目が大きくて背が結構小さい子、分かる?」

今朝体育館であった彼女の事を鮮明に思い返し、その特徴を天に伝える。身体的特徴しか言えないけど。

「うーん、小さい子と言ったらあの子かな。森田ひかるちゃん」

森田ひかる。その名前を聞いて反応したのは僕ではなく、翔一だった。

「森田ひかるぅ!?それってあれだろ?1年の中で(主に男子)可愛いって有名な子だろ?」

「そうそう、私も初めて会って見た時は驚いたよ。こんな可愛い子いるんだって」

天がそこまで言うなんて珍しい。同性の悪口を言うような奴ではないが、こんなに可愛いというのはほとんどなかった。というのも、僕達は見慣れているから何も言わないが一般的に見れば、天はめちゃくちゃ可愛いし美人なのだ。

「もしかして、巧は森田さんに告白するの?」

「なんでそうなるんだよ。今朝体育館を通ったら練習してたからさ、気になっただけ」

「あぁ、倉先の手伝いの時か」

そんなに人気な子だとは思わなかった。彼女の顔よりもその姿に見とれていたからかもしれない。

「クラスが違うんじゃ、関わることもないだろうな。バスケ部に入ることもないし」

「来年同じクラスになるかもよ?そうなったら巧はタジタジになってそうだけど」

ずっとからかってくるな、天は。

そこからは他愛ない話をして先生が来るのを待った。



その日の放課後の事。

バイトも無かったので教室で課題や読書をしていた僕は、外が暗くなっていた事に気が付かなかった。

「…そろそろ帰るか」

学校が閉まる時間まではまだだが、やりたい事も終わっていたので帰る準備をすることに。

荷物を持ち、教室を出て玄関に向かう。

1階に降りた時だった。

キュッと懐かしい音が今朝通った場所から聞こえた。

部活の時間は既に終わっていた。もし誰かが残っているのだとしたら自主練だろう。

何を思ったのか、僕はゆっくりと体育館へ近づいていく。

そして、そぉっと頭を覗かせる。

「ガコン」

その音と共に僕の目に入ってきたのは、今朝と同じ姿をした彼女、森田ひかるだった。

「あ、今朝の」

すぐに僕は見ていたのがバレてしまった。

「す、すみません。こんな時間まで練習している人がいるとは思わなかったので…気になってしまって」

「あれ?あっ!もうこんな時間!ありがとうございます!帰る準備しないと、片付けも…!」

「あれなら僕手伝いますよ。時間も時間ですし」

「え、いいんですか?」

僕は頷くと、彼女は笑顔でありがとうございますと言いながら帰る準備を始めた。

森田さんが着替えにいっている間にバスケットボールを集め片付ける。

「懐かしいな…」

ボールに触れることすら嫌だったはずなのに、時間は残酷で、嫌という感情よりも懐かしいという感情が勝ってしまう。

あの日の事を忘れることは出来なくても、思いは薄くなっていく。バスケだけが全てでは無いのだから。

ボールを集め終わると、森田さんも着替え終わったらしく慌ただしい格好でこちらに来る。

しかしー

「すみませんっ、遅くなりました」

「あー、いやぁ…あの、まだボタンとか開いてますよ」

さっきまで運動していたからか、彼女は白の薄いブラウスだけを着ていた。そのブラウスのボタンがいくつか開いていた。その隙間から男が見てはいけないアレがちらっと見えてしまっていた。

「あっ…!んンンンンう…!」

すぐに僕は後ろを振り返って、あくまで何も見てないフリをする。

彼女は声にならない声を出しながらボタンをかけ直す。

「…も、もう大丈夫です」

僕はそっと彼女の方を振り返る。今度こそちゃんとした格好になっていた。

「ま、まぁ、そういう事もありますよ。僕も急ぐとあんな感じになりますし」

「……もしかして…見ました…?」

これは何と返すのが最適だろうか。もし、見たなんて言えばきっと変態!なんて貶されるだろう。しかし、見ていないなんて嘘をついてもバレた時が怖い。

考えに考えた僕は意を決して彼女に言った。

「見ました」

嘘なんてつけなかった。ついても意味なんてない。

それを聞いた彼女は徐々に顔を赤くして、小さく呟いた。

「…変態さん」

「す、すみませんっ!見えてしまったので…悪気はなかったんです!」

僕は一所懸命に弁解をする。誤解されたままでは明日にでも学校中で変態として扱われるようになるだろう。それだけは阻止しなければ。

「…ふふっ。嘘です。ちょっとだけいじわるしちゃいました」

彼女は微笑みながらそう言って、僕の方に近づいてくる。

「私は1年の森田ひかるです。あなたは?」

「ぼ、僕は1年の霜月巧です…」

「では、霜月くん」

「は、はい!」

「時間も時間ですし、一緒に帰りませんか?」

この時、僕はようやくしっかりと彼女の顔を見れた。

みんなが可愛いと言う理由もよく分かる。これは、確かに可愛い。いや、可愛すぎる。

僕はタジタジしながら「はい」と小さく呟いた。

帰り道の事は全く記憶にない。それほど緊張してしまっていた。

「私の家はここなので、ここでお別れですね」

彼女は立ち止まりこちらを向く。

僕は我に返ったように周りを見渡す。勢いに任せて彼女について行ったのでここがどこか分からない。

しかし、そんな不安も一瞬で消える。

何故ならー

「…僕もここだ」

「え?」

僕達の目の前に建つマンション。それこそが僕の住むマンションで、そして、彼女も住むマンション。

「霜月くんもこのマンションに住んでるんですか?」

「うん、部屋番号は302だけど」

「え、私は304です!」

僕達は顔を見合わせる。しばらくしてどちらかが笑いだし、2人で笑い合う。

ここに引っ越してきたのは高校に入る前、3月の頃。今は5月終わり。既に3ヶ月が経とうとしているのにも関わらず僕達は会うことがなかった。

隣同士では無いから、引っ越しの挨拶で会うこともなかった。

彼女の話だと、森田さんは小さい頃からここに住んでいるらしい。

「まさか霜月くんがお隣のお隣さんだったなんて。びっくりです」

「僕もびっくりだよ。可愛くて人気な森田さんと同じマンションなんて学校の奴らが知ったら怒りそう」

その言葉を聞くと彼女は少しだけ顔を赤くして言い放つ。

「霜月くんの変態さんっ!」

「え?」

急な罵りに困惑する僕を置いて、彼女は自分の部屋まで走って行ってしまった。

「速いし…というより変態って何っ!?」

まだ夜は寒いだろうと思っていたが、意外と暖かった。春の季節が終わりかけであるのを感じながら、僕は自分の部屋に向かった。

「霜月巧くん…んんンンンンう…!!」

隣の隣の部屋で1人の女の子が悶えている事を僕はまだ知らない。

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