魔王のキッチンで健康料理❹
エピソード4: 「潜入者の葛藤」
「ねぇリシャール。あなただったら、城の南西から攻めてくる?」
リシャールの部屋をエミルが訪れていた。
知的好奇心が旺盛なエミルは賢い軍師が現れたと聞いた時からしばしば彼の元へやってきて根掘り葉掘り聞いてゆく。エミルにとってリシャールは家庭教師のような存在。彼との会話はとても楽しいものだった。
「そうですね。兵力のほとんどがそちらにある以上、限られた兵力を分散させることは得策とは思えません」
「でもリシャール、戦力の差は歴然としているわ。今、デステ家の残党が正面から攻めてきてもお父様の魔王軍に叶うと思えない。何か策略があるのではないかしら。」
リシャールは、エミルに妹のエマの面影を見出していた。紫色の瞳のエマはいつもリシャールの後をついて回っていた。エマは、賢く、聞き分けの良い子だった。
(あの子が大きくなっていたらこんな感じだろうか……)
「リシャール兄様…」
いつもは眼光鋭いリシャールだがエミルを見る時はとても優しい瞳になった。
「はい、戦力的に不利な反乱軍としては正攻法では勝ち目がありません。何か策を弄する必要があります」
答えるリシャールの脳裏にイザベラの声がする。
「良いか、リシャール。王城に潜入し、我らを手引きせよ」
頭の芯が痺れるようになって、イザベラに支配されてしまう。
「我らの指図があるまで気取られぬよう、待機せよ」
リシャールの視線が宙に泳いだのに気付かず、エミルは重ねて聞いた。
「リシャールはイザベラがどんな策を使ってくると思う?」
エミルに話しかけられてリシャールは、はっとなる。
「どうでしょうか。おそらく警備の弱いところをついてくると思われますが……」
「あの時のようにまた私たちを狙ってくるかしら」
「大丈夫です。エミル様は私たちが必ずお守りします」
頷いて、エミルは自分に言い聞かせるように言う。
「今度は、前のように簡単には行かないわ。カイル兄様やリリアン姉様の魔力はものすごく強くなっているし、私の風魔法だって戦力になるはずよ」
いつも幼い弟や妹を優先されて、何かあれば姉や兄に従うように言われる兄妹の真ん中のエミル。幼い時に母親がいなくなり、まだ甘えたかったはずだが、兄や姉の足を引っ張るまいと、密かに魔力を強化するために努力していることをリシャールは知っていた。魔法が使えるものには珍しい魔道具好きも、足りない自分の魔力を補えないかと試行錯誤しているからだ。
エミルを見ていると、大人の事情を理解し駄々をこねるでもなく聞き分けよく振る舞って、とうとう病気で亡くなってしまったエマを思い出す。
「問題は、フィンとルナとナナミね。フェンがついていてくれるとはいえ、奥向きへ侵入者が入ってしまったのだもの。油断できないわ」
そのことについてはリシャールも訝っていた。この間の侵入者騒ぎについてはリシャールは何も聞かされていなかったからだ。この城には自分以外にも潜入者がいる。それも、リシャールと同じ、影に潜むことができる能力者が……。いつ、どこから潜入したのか。狙いは何なのか。なぜ、先に潜入したリシャールに接触してこないのか。
「ですが、ナナミの魔道具は侵入者を検知する力を持っているのでしょう?」
リシャールは影に潜んでいることを察知するという菜々美の魔道具があれば敵も近づき難いはずだ、とエミルに言う。
しかし、あのイザベラの事だ。何か企んでいるに違いなかった。
「リシャール、もしも裏切ったならば分かっておるだろうな、お前の母親は…」
イザベラの声が思い出される。母を人質に取られて彼はイザベラの精神支配を甘んじて受けたのだった。
リシャールは、まだ子供のエミルが襲われたらと思うと後ろめたさに心が傷んだ。復讐に燃えるイザベラは、幼い子供達も容赦はしないだろう。
「エミル様たちお子様方は私たちが必ずお守りいたします」
エミルにはそう言ったが、リシャールは思った。
(もし、イザベラがエミルを殺せと命じたら、自分はイザベラの命に背くことができるだろうか…)
「リシャール兄様…」
ワガママを言って兄を煩わせてはいけないと我慢して、どんどん弱っていったエマの面影がエミルに重なる。
(エミル様は、何があっても必ず私がお守りする)
リシャールは密かに歯を食いしばった。
イザベラは、ある人物からの連絡を待っていた。
南西の守衛を殺し、次は、斥候を殺す。そうすれば灼熱平原に必ず騎士団が出てくる。第一王子も出てくれば都合が良い。騎士団を誘き寄せたところで、あの手を使って騎士団を壊滅させ、城の兵力が南西方向へ向いたところへ『あの者』の手筈によって北から魔王城の「奥向き」へと手勢とともに攻め入る。魔王ヴァルガスの子供達を攫い、人質にとりヴァルガスも子供達も殺してやる。
「待っておれ、ヴァルガス。お前も、あの女の子供達も必ず、殺してやる」
残忍な笑みを浮かべるイザベラ。だがまだ「あの者」からの連絡は来なかった。
その頃、菜々美とフィン、ルナは城の者たちが簡単に栄養をとれるようにとグリーンスムージー作りに挑戦していた。
お馴染み「デ◯ッシュキッチン」のレシピは以下の通り。
魔界風ヘルシーグリーンスムージー
材料:
魔法草(代わりにほうれん草): 1束
闇の実(代わりにアボカド): 1個
邪眼の実(代わりにキウイ): 2個
氷: 適量
ダークハニー(代わりに蜂蜜): 大さじ1
幻のミルク(代わりにアーモンドミルク): 1カップ
※材料が手に入りにくいため、かっこ内の食材でも代用可能です
しかしもちろんのこと、フィービーは抜かりなく食材を調達してきた。
作り方:
魔法草(ほうれん草)をよく洗い、適当な大きさに切ります。
闇の実(アボカド)の皮をむき、種を取り除きます。
邪眼の実(キウイ)の皮をむき、適当な大きさに切ります。
ブレンダーに、魔界の魔法草、闇の実、邪眼の実、氷、ダークハニー、幻のミルクを入れます。
滑らかになるまでブレンドします。
グラスに注いで、冷やしてからお召し上がりください。
このスムージーは、豊富なビタミンやミネラルを含み、エネルギーを与えてくれるので、特別な日の健康的な一品として最適です。
得意の氷魔法でスムージーを冷やしながら、フィンはみんなのやる気を出させる食事の効果について考えていた。初めのうちは菜々美と遊びたくて一緒に料理を作っていた。そしてそれを皆に褒めてもらえた事が嬉しくて、さらに料理にのめり込むようになった。そして今では、フィンの力で、城の皆の健康状態が改善したり、アイスクリームを喜んでもらえたり、自分が誰かの役に立っているという実感がとても張り合いになっている。兵たちの士気向上は即、父王の役に立つ。フィンは毎日の食事という当たり前の積み重ねが大きな力を持つことを、菜々美と一緒に厨房で作業することで学んだのだった。