魔王のキッチンで健康料理❷
エピソード2: 「渦巻く陰謀」
「ちょっと、私に黙って何か楽しそうなことしてたんだって!」
厨房に第二王女エミルがやってきた。
言い方はキツイが好奇心で溢れている。長老たちの食事会の噂を聞きつけて飛んできたようだ。
「姉上もやる?面白いよ」
いたずら盛りのフィンは、長老たちに「グリモパン」の受けが良かったので得意になって新しいデザインの「グリモパン」を作っていた。今度は横顔だ。
ルナもフィンの横で無心にパン生地をこねている。人見知りのルナがとても楽しそうにしているのを見てエミルは密かにほっとした。
かまどの近くではフェンが昼寝をしている。
「ナナミ、あんた人見知りのルナまで手懐けて、一体何したのよ」
実際ルナが家族以外に懐いているところを初めて見た、とエミルは思った。
(お母様がいなくなって、危険が増して……リリアン姉さまが神経質になっていたしね……)
菜々美はちょうど野菜嫌い(?)のフィンのために「マヨネーズ」を作ってみようと試みているところだった。
エミルは興味深そうに菜々美のスマホを覗き込んだ
「私にもその魔道具触らせて」
知的好奇心の塊のエミルはスマホが気になって仕方ない様子だ。
フィービーは、エミルが登場したのを見て、これは配下の召使妖精の数を増やさねば……と思った。知的好奇心が旺盛すぎるエミルは悪戯盛りのフィンとはまた別の意味でトラブルを巻き起こす。召使妖精にとっての要注意危険人物だ。
(それにしてもお子様方がこのように3人揃われて楽しそうにしておられるのは久々だ)
フィービーは思った。ここのところの城内の緊張した空気がこの厨房だけ平和で美味しそうな匂いに満ちている。
「ナナミにしかこの魔道具は反応しないのね」
分解しそうな勢いで菜々美のスマホをいじっていたエミルだが、菜々美以外が触れても全く反応しないことを悟ってがっかりしてスマホを菜々美に返した。
「他にどんな映像が出てくるの?」
今度は菜々美に操作させて中の画像を見ようと気持ちを切り替えたエミルに
菜々美は説明した。
「コレは私のいた世界で普通に皆が使っている通信の道具なのです。どうしてこちらの世界でも使えるのか、どこから情報がくるのか、私にもさっぱりわからない……それとWi-Fi(?)がつながっているみたいだけど、ちょっと心配なのが充電が切れそうで」
「何そのWi-Fi(?)って。遠話の魔法のこと?それと充電?」
エミルは本当に魔道具が好きなようだった。
「ちょっと待ってて」
「要するにその魔道具は雷の力があればいいんでしょ」
厨房から出て行ったかと思うとしばらくしてエミルはウサギのような生き物を連れて戻ってきた。
「モバリン!」
ルナが嬉しそうな顔をしてモバリンを撫でる。
モバリンもルナに撫でられて嬉しそうだ。
「ルナ、モバリンにその魔道具を『充電』するように言って!」
どうやらルナは魔獣と意思疎通ができるらしい。
「モバリン、お願い」
ルナがわけもわからず姉の依頼をモバリンに伝えると、ウサギの耳の部分からパチパチっと火花が散ったかと思うと、優しい光があたりに放たれ、スマホを包んだ。
「すごい!充電が完了した!」
電池のマークが満タンになったのを確認して菜々美は驚いて言った。
「モバリン……さん?ありがとう!」
「モバリンは、種族の名前。このコの名前はあんたがつけるといいわ。その魔道具の『充電』用にあんたにあげる。名前をつけたらいつでもあんたの影に控えて呼ぶと出てくるようになるから」
「モバリンはね。」
ルナが説明する。
「頭から背中を撫でてあげると喜ぶのよ」
「そうなのね。ルナ、教えてくれてありがとう」
「しっぽは触られたくないから気をつけてね」
「うん。わかった」
菜々美はルナのために何かオヤツを作れないかと「デ◯ッシュキッチン」で検索する。
でてきた。
末娘ルナのために作る料理
月光プリン
説明: ルナは月の魔法を使うため、月に関連する料理が喜ばれるでしょう。 月光プリンは、夜空に輝く月を模したデザートで、金色のカラメルソースが美しい。
材料:牛乳、卵、砂糖、バニラエッセンス、金箔
作成:
牛乳と砂糖を鍋で温め、砂糖が溶けたら火を止める。
卵をよく混ぜ、温めた牛乳を少しずつ加えながら混ぜます。
バニラエッセンスを加えて、型に流し込みます。
オーブンで蒸し焼きにし、冷蔵庫で冷やす。
金箔を飾り、月光をイメージしたプリンの完成。
菜々美の手元をみていたエミルが感心していう。
「この魔道具凄いわね。ルナが月の魔法を使うのが分かってる。ステータスが分かるのは、さすが召喚者ってところかしら」
「月の魔法……?ルナは魔法が使えるのね?凄いわ。」
菜々美が感心しているのをみてエミルがこりゃダメだ、というように首を振る。
「私たちを誰だと思っているの?魔王ヴァルガスの子供たちよ。最強の魔力を持つお父様ほどではなくても魔力を持っているに決まっているでしょう」
「魔道具は凄いが持ち主が今ひとつだ」
寝ていたと思っていたフェンが辛口のコメントを挟む。
「『月光プリン』を作られますか?」
フィービーがすでに食材の準備を始めている。もともとマヨネーズを作ろうとしていたので卵はたくさんあった。確かに香りのする「バニラエッセンス」(本当にバニラだろうか?)や、金箔が出てくる。
「でも、冷蔵庫で冷やすところをどうしたらいいかしら……」
「なによ、冷やすのなんかフィンにやらせなさいよ。氷魔法の持ち主なんだから」
「僕できるよ!」
『グリモパン』制作にそろそろ飽きてきていたフィンが今度は何をするのかと寄ってくる。
「プリンを作るのよ」
今度は爆発は起きなかった。
「この間の炎魔法と違って、氷魔法は得意なんだ!」とフィンは自慢した。
菜々美がいちいち
「すごい、すごい」と感心するので、フィンは絶好調だ。
そこで調子に乗って手を振り回し、「バニラエッセンス」の瓶を倒し、あたり一面に甘い匂いが立ちこめた。
3人の子供達が揃ってオヤツの時間になった。どこの世界でも子供はみんなプリンが大好きだ。大好評のプリンに気をよくした菜々美は他にもみんなが喜んでくれるメニューを検索した。
(長老達のデザートには抗酸化作用のある魔界ブルーベリーと魔界ドラゴンフルーツを使ったフルーツヨーグルトを追加したら良さそう。魔界ってついてるところがちょっと不安だけど……あ、待って、フィンが氷魔法を得意ということはアイスクリームが作れるんじゃない?)
メニューを考えている菜々美にフェンが言った。
「リリアン様のところにも月光プリンを持っていくのだろう?」
月光プリンはたくさんできたのでリリアンやカイルにも届けようということになった。
フェンに案内されてリリアンの部屋を訪れた菜々美は案の定、冷たい言葉を浴びせられた。
「何、何の用?言ったでしょう?私はあんたなんか認めないって」
フェンが菜々美と一緒にリリアンの部屋へ来たのでその背に乗ってついてきたルナと、おそらくそういう展開になるのではないかと予測して菜々美についてきたエミル、怖い長姉に怒られるかもしれないリスクと自分が氷魔法で作ったプリンを自慢したい気持ちを天秤にかけて後者がまさったフィンの3人を見てリリアンは余計に苛立ったようだった。
「子供達をお菓子なんかで懐柔して、何を企んでいるっていうの。私はその手には乗らないわよ」
「姉さま、ナナミはそんな悪巧みはしないわよ。っていうかできないわよ。ナナミはむしろぼんやりしていて危なっかしいタイプ」
「エミル、あんたまで」
「とにかく月光プリンを食べてみてよ。すごく美味しいから。」
「僕たちで作ったルナのためのレシピなんだよ」
3人の弟妹が菜々美の肩を持つのでリリアンの眉がキリリと吊り上がった。
「父様もあんた達も、人間ごときに甘すぎるわ。今はそれどころじゃないってあんたたちも分かっているでしょう」
母親がいない今、自分が長子として弟妹たちを守らなくてはと気を張っているリリアンはついついきつい口調になってしまう。しかしリリアンは次の瞬間ルナが涙目になっているのに気づいた。
自分の名前に由来するプリンを拒絶されたと思ったらしい。
「ル、ルナ違うのよ。あんた達が作ってくれたのは分かってるから。ええい、分かった。もう分かったわよ。プリンを食べればいいのでしょ!」
末娘に甘い姉は折れてテーブルに座った。
「僕の氷魔法で冷やしたんだよ。冷やしたらそんなふうにスライムみたいにぷるんと固まったんだ。面白いよね」
褒めて欲しいフィンが重ねて言う。弟妹達はリリアンの反応を息を殺して見守る。
「美味しいわ……」
思わず本音が溢れる。
わっと子供達が歓声を上げる。
「でしょ、でしょう!姉さま、ナナミの料理は食べたことないものがいっぱいで美味しくて面白いんだよ。僕は『マヨネーズ』があれば野菜を食べられるようになったんだよ」
フィンが重ねていう。その様子を見ていたフェンが鼻をひくつかせて言った。
「リリアン様、あまり体調が優れないのではないか?」
「えっ!」
許をつかれてリリアンが固まる。確かに少し顔色がすぐれないようだった。
「ちょっと眠いだけよ」
「眠れないのか?」
「そんなことないわ。大丈夫よ、なんともないわ」
最後の言葉は姉を心配そうに見るエミルとルナの方を向いて安心させようとして言った。
妹達に心配をかけたくなかったし、心配事があってよく眠れないのだなどとプライドの高いリリアンには口が避けても言えなかった。
菜々美はそんなリリアンの疲れた顔をみて、彼女が何かに悩んでいるようだと気づいたが、問いただしても答えないであろうと思い、そのまま声をかけずにいた。
(後でリラックスして安眠できるハーブティを持ってきてあげよう)
夜になって菜々美はリリアンのためにハーブティを淹れた。カモミール、ラベンダー、レモンバーム、ペパーミント、バレリアン。フィービーが材料を整えてくれるのを待って、お湯を沸かす。かまどの向こうではフェンが興味深そうに菜々美の手元を見ていた。
菜々美がリリアンの部屋へハーブティを持って行くと、部屋の中からリリアンがうなされている声が聞こえた。
「リリアン!」
部屋のドアを押すとドアは静かに開いた。まるで先に誰かが忍び込んだかのように。
菜々美はサイドテーブルにハーブティを置き、リリアンの様子を伺った。うなされて、とても苦しそうだ。
リリアンを覗き込み、起こそうか迷っていると、いきなり菜々美のスマホが大音量で緊急地震速報のアラート音で鳴り出した。
びっくりして飛び退る菜々美。
音に驚いて目をさますリリアン。
するとリリアンのベッドの下から、影が風のように滑りでたように感じた。
「そこだ!」
いつの間にか菜々美についてきていたらしいフェンの爪が影を襲う。
しかし、影には物理攻撃が効かないらしく、影はそのまま闇に紛れてしまった。
「ち、逃したか」
「フェン、何なの?なんでナナミがここにいるの?」
訝るリリアン。
菜々美はスマホのアラート音をなんとか消そうと慌てて、そこに浮き出た文字に呆然としていた。
「侵入者に気をつけろ」
菜々美のスマホを覗き込んだフェンとリリアンがハッとなる。
「リリアンに、リラックスしてよく眠れるハーブティを持ってきたのだけど、急に警戒アラートが鳴り出して…」
「その魔道具は侵入者も分かるようだな」
「フェン」
「リリアン様の不眠の原因はおそらくその侵入者の仕業だろう。悪夢を見せられていたのではないか。悪夢を操れるとしたら…」
「イザベラ……」
リリアンの瞳に怒りの炎が燃える。
「お母様の夢を見ていたの。」
ぼそりとリリアンが言った。どんな夢だったのかとても聞けぬ怒りのこもった声だった。
「反逆者イザベラ、絶対に許さないわ」
「せっかくナナミが眠りに良いお茶を淹れてきたのだ。今日はそれを飲んでまずは眠られよ。おそらく敵はリリアン様を不眠にして弱らせる狙いだろう。我らがついているから今晩はゆっくり寝まれよ」
よほど疲れて眠かったのだろう。フェンの言葉にリリアンは大人しく従ってお茶を飲み、ベッドに入った。すぐにすやすやと寝息をたて始めた。
「ナナミ、しばらくリリアン様の部屋の控えの間で眠ってくれないか。侵入者がまたやってきた時にその魔道具が知らせてくれるだろう」
「え、ええ」
「何、心配はいらない。むろん、我も側に控えている。何かあったらすぐに助けてやる。明日、グリモ様に我から言っておこう」
「はい」
こうして、菜々美は第一王女リリアンの部屋の控えの間に部屋を与えられることになった。
これが、後に「魔王城の二輪の花」と語られる王女と人間の娘の親友としての2人の始まりである。