もう一つの「しごと」
東京国立博物館本館のミュージアムショップの緩やかなスロープには、日本美術の本がゆっくりと並んでいて、本屋さんでは見つけられないような文脈で宝になるような本を買うことができます。
もしかしたら東博の日本美術を担当する学芸員の方達が、”仕事上”出会った本なのかもと思わせるほど、一緒に並んでいる本の塊が展示と相まって心を掴みます。
先日も2階の棚で『上村松園随筆集』という背表紙を見つけて、上村松園は文筆も持つ人だったのかと手に取りました。
鏑木清方の随筆集もそうですが、日本画の画家の方が書く文章はほんとうに心地いい。絵筆を動かすリズムをそこに感じるからか、押し付けがましいところが全くないのに、かといって当たり障りのないことでもなく、ハッとさせられる言葉が幾度かでてきます。
作者の絵を見た後の「忘れがたい感じ」が、文章からも同様に感じられるのです。
この随筆集の中に「私の執って居る絵画の研究法」という文があるのですが、その冒頭に「為事」という言葉があって「しごと」とルビが振ってありました。
なんという事でしょう。今日の今日まで、私は「しごと」というのは「仕事」という文字しか知りませんでした。
それが「為る事」と書いて「為事(しごと)」という言葉もあるだなんて。
仕事というのは、文字通り根本は「仕える事」によって対価としての報酬を受け取ることだと思っていました。だけど、そうではない「自発的な、しごと」があると知って、とても腑に落ちたのです。そしてちゃんとそれを示す「為事」という漢字があることも知れて、とても嬉しかったのです。
そうか、仕事と為事を分けて考えてなかったから、もやもやが晴れなかったのですね。
上村松園も仕事と為事をちゃんと書き分けているのですから、私も心から自分がしたいと思う為事を、思う存分したらいいんだと思いました。
きっぱりと仕事とは別だと思ったとたん、なんてすっきりするんでしょう。文字の威力は本当に凄いです。
そして、「仕」と「為」を分けると、どちらにも身軽に一生懸命になれると思います。