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連載小説 ディアーデイジー(12)
ドーソン家 庭園
ジョセフィーヌ目を赤くし、しゃがんで膝を抱え、その上に顎を乗せ、ぼーっとしている。そこへエドガーが通りかかる。
「どうしましたか?元気、ないみたいですけど。 」
ジョセフィーヌ、エドガーを見上げる。
「あぁ、エドガー。」
「さては、奥様のご機嫌を損ねましたか?」
「え?あ、うん。」小さく頷く。
エドガー優しく微笑み、ジョセフィーヌの横に座る。「そうですか・・きっと、また、いつもの事ですよ。気にしない気にしない。」
そう言うと、ジョセフィーヌの頭を優しく撫でる。
「でもね。怒られて当然の事をしてしまったの。私。」
「そうでしたか。なら、ちゃんと反省はしてますか?」
「ん。」そう言うと肩をすくめ、空を見上げると、エドガーも見上げる。
流れ星が流れていく。
「あっ! 今度、少しアリアの丘に寄ってみませんか?そろそろデイジーが見頃かもしれませんよ?」「・・・あっ! 」
ジョセフィーヌ、顔がパッと明るくなる。
「どうします?」「行くっ! 」
エドガー、その顔に安心の色を浮かばせる。
「泣いてたと思ったら、もう笑った! 」
「泣いてなんかないしっ! 」
ジョセフィーヌ口を尖らせる。
「はははっ。」
「もうっ! 」
空にはこほれそうな星がまたたいている。
森の中
木々の隙間を縫うように、鹿が軽快に走っていく。アーサー公とフレデリックが馬に乗りやってきて止まり、鹿を見ている。
「なぁ、フレデリック、お前の女嫌いには、ほとほと困ったのだ。なぁ、そろそろわしを安心させてほしいんだが。」「はい。」
「我がアーサー家にとってふさわしいお嬢さんはいないのかね?」
茂みの向こうからふいに鹿が現れる。
「父上! ここはわたくしめにお任せくださいませ! 」
そう言うとすかさず弓を引き、鹿に向けて、矢を放つと、鹿が、かん高い声をあげてその場に倒れる。
「さすが! 我が息子。」
「はいっ。父上! 実は私の心も射止められた女性がおりました。」「・・・えっ?誰だ?聞いてないぞ! 」
アーサー、驚いた様子で目を大きく見開く。
「はい。ずっと、思い続けておりました。先日のパーティで偶然再開いたしました。」
「おぉ、なんと! それはどこのお嬢さんかね?」
「ジョセフィーヌ・・・ジョセフィーヌ ドーソンです。」
アーサー、真顔になり顔が強張る。
「ドーソン家か。あの家は、当家にとってふさわしいとは言いがたい。」
「父上、今の時代、家柄など、そんな事、関係ありません! 」「だがなフレデリックあの家は、もう少し・・・」
「私は! 彼女以外の女性と結婚をするつもりは一切ございません。」「どうしてだ?」
アーサー、怪訝な顔をし、フレデリックを見つめる。「失礼っ。」
フレデリック、軽く会釈し、馬のたずなを引き、
一人走っていく。
「待てっ! 話はおわってないぞっ。」
アリアの丘
径を囲う木々の葉が太陽の恵みを存分に受けている。その中をジョセフィーヌとエドガーが馬に乗り、進んでいる。
径のその先に大きな視界が開けてくると、草原は一面のデイジーの花が咲き乱れているのが見えてくる。
「うーんっ! 」ジョセフィーヌ、目を細め馬を止めると、エドガーも馬を止める。
ジョセフィーヌ、馬から軽やかに降りなでる。
「ここにいてね。」
そう馬に向かってつぶやくと草原へと進んでいく。
満面の笑みでエドガーの方を振りむき、
手招きをする。
「ねー・・・エドガー! 」「はい。」
エドガー、馬をから降り優しく撫でてから、
ジョセフィーヌを見て微笑み歩き出す。
ジョセフィーヌ、そこに座り、遠くの空に
ゆったりと流れる大きな雲を見つめ、大きく
息を吸う。
エドガーもやってくる。
ジョセフィーヌ、エドガーを見上げ微笑み、
地面を2回トントンと叩く。
「ほらっ・・・座って?」「はい。」
エドガー、その横に座る。
「また、この季節が来たわ。」
「はい。再びアリアの新しい息吹を感じられる
この季節が・・・」
ジョセフィーヌ、エドガーを見つめ微笑む。
「ふふっ。ほんとね。」
草原は、この世に新たなる生を脈々と受け継ぎ、
厳しい冬を生き抜いた、たった一度のこの世の春を心から楽しんでいるかのように、そよ風に揺られている。
ジョセフィーヌ、目を細め大きく伸びをする。
「うーん! やっぱり私、この季節が一番好き! 」
「わたくしも、です。」
「はぁ。ずっと、この風に吹かれていたい。」
「ここはジョセフィーヌ様のお気に入りの場所ですからね。」「エドガーもでしょ?」
「ははっ。はいっ。はぁ、でも良かった。」
「・・・え?」「元気になったみたいだ。」
ジョセフィーヌ、顔をばっと赤らめ、肩をすくめ、舌を少し出す。
「ここは、こんな私でも良いんだよって言ってくれてる気がするの。」「こんな自分でも良いんだよ・・・か、ホントだな。わたくしめも、そんな気持ちになります。」
「エドガーもそう思うの?何でも出来ちゃうのに。」
「そんなもんです。」「ふーん。」
そう言うと、正面を向く。エドガー、その横顔を目を凝らし見つめ、急に笑い出すと、ジョセフィーヌ、むっとして、エドガーを横目で見つめる。
「何よっ。感じ悪い! 」「はははっ。ジョ、ジョセフィーヌ様、ここっ、ここですよ! 」
エドガー、自分の鼻先を人差し指でトントンとする。「えっ?」
ジョセフィーヌ、不思議そうな顔をする。
「てんとう虫が・・・鼻先に止まってます。
きっと、美味しい蜜でもついてるんですかね?」
エドガー笑う。
「あっ、うそっ! 」ジョセフィーヌ、目を大きく見開き寄り目になると、人差し指を自分の鼻先にそっと持っていく。てんとう虫がその指先にゆっくり登る。すると、そーっとその指を少し動かし、のぞきこむようにてんとう虫を見る。
「こんにち・・・あっ! 」
てんとう虫は羽ばたき飛んでいく。ジョセフィーヌ、その行先をじっと見つめる。
「ははっ。」「行っちゃった。」
「きっといいこと、ありますよ。」「本当?」
「てんとう虫が、もしかしたら幸せを運んできてくれたかもしれません。」
「だと、良いなぁ。」
「はい。きっとそうです。だって、ジョセフィーヌ様は・・・」
エドガー、ジョセフィーヌをじっと見つめる。
「・・・ん?」
ジョセフィーヌの透き通る様な素肌に、
薄紅をさしたかのようにほのかに染まった頬、
澄んだその瞳は、生きる喜びを存分に味わい、
今を盛りとするアリアの春を柔らかく映し出し、
輝きを携えている。
エドガー、 その瞳に見とれ、顔をさっと赤らめる。
「いやっ、べっ、別に。」
エドガー、ジョセフィーヌから慌てて目をそらす。
「ふーん、変なの。」
ジョセフィーヌ、大きく息を吸い、その場に横になり、天を仰ぐ。鳥が大空を流れるように、
ゆったりと羽を広げ飛んでいる。
風が草花を揺らす音が囁くように聞こえている。
「ふぅ・・・」ジョセフィーヌ、目をゆっくり閉じる。エドガー、その寝顔をじっと見つめ
微笑みつぶやく。「ははっ、眠ったのかな? 」
冷たい風が頬をかすめる。
「お風邪を引かれますと。」
エドガー、自分の上着を脱ぎ、ジョセフィーヌの体にそっとかけ、ジョセフィーヌの顔を目を細め真顔で見つめ呟く。「ああ、僕の愛しい・・・」
エドガー、ふっと笑い、首を横にふり大きく伸びをする。「んーっ! ふぅっ! 」
ジョセフィーヌ、そのまま少し目を開け、
エドガーの横顔を見上げ、上着を握りしめた後、
その手をそっと握りしめると、エドガー少し驚きジョセフィーヌを見る。
「ジョセフィーヌ・・・様?」「エドガー。」
ジョセフィーヌ、はにかみながら、ゆっくり起き上がり、エドガーの男らしく長い指を愛おしそうに見つめ、その手をそのまま自分の頬にそっと当て、
目を閉じる。
エドガー顔をさっと赤らめる。ジョセフィーヌ、
その目をゆっくりと開け、エドガーを見つめる。
エドガー、少し目を細め、その手をしっかりと握り返し、溢れんばかりの熱情を込めた瞳で、
その瞳を見つめ返す。
ジョセフィーヌ、恥じらうようにその瞳を、
そっと閉じる。
エドガーの顔が、ジョセフィーヌの顔にゆっくりと近づき、エドガーの唇が、もも色の花びらの様に
色づいたジョセフィーヌの柔らかい唇にそっと触れる。
その瞬間、ジョセフィーヌ、喜びに満ちた表情を
その顔に浮かべる。
2人を包み込む草原は、春風に吹かれている。
つづく
登場人物
ジョセフィーヌ ドーソン家 娘
エドガー ドーソン家 家来
フレデリック アーサー家 嫡男
アーサー 公爵 アーサー家 当主