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連載小説 ディアーデイジー(31)
山の中 国境の川
朝もやの中、大きな岩の合間を縫うようにしぶきを立て流れる川のその向こう岸を、エドガーじっと見つめ、心配そうにジョセフィーヌを見つめる。
「ここさえ越えれば・・・でも大丈夫?」
ジョセフィーヌ、もやに包まれる川をじっと見つめ唾を飲み込む。
「大丈夫。平気・・・渡れるわ。」
そう呟きそっと川に入ると、ジョセフィーヌのドレスが川の流れに流され足に絡みつき足が取られる。
「ちょっと待って。」
ジョセフィーヌ岸に戻り、ドレスの裾を引き裂く。
エドガー、少し悲しげな顔をしてジョセフィーヌを見つめる。「ごめん・・・。」
「ううん、いいの。謝らないで。歩きにくかったのよ。これで子どもの頃のお転婆娘に戻れたわ。
そう、あの頃の・・・ふふっ、木登り名人のね!
かえって動きやすいわ。」
「ああ、そうか。あの頃の・・・懐かしいな。
ははっ、いつも泣いてばっかりだったけどな・・・」
「うるさい!」
「ああ、そうだ。あと少しだもんな・・・。」
「そうよ!」
「きっと二人ならその先は・・・」
「幸せになるしかないわ!」
顔を見合わせ笑い合う。
「本当だな。はははっ!」「ふふっ!」
2人しぶきを上げて流れ落ちる川の流れを、再びじっと見つめる。
「行くわ。」「ああ・・・気をつけて。」
「わかってる。」
ジョセフィーヌ、急に真顔になり川を渡り始める。
エドガーも、まっすぐ前を見すえ進んでいく。
2人踏みしめるようにゆっくりと一歩一歩、川を渡っていく。
「はあっ、はあっ、はあっ。」
ふいにジョセフィーヌ、流れに足をとられ、よろめき転び流される。
「あっ!」「ジョセフィーヌ!」
エドガー、そのあとを必死に追いかけていく。
ドーソン家 ドーソンとソフィーの寝室
ソフィーが寝息を立てて眠っている。
ドーソン、ベッドに座り頭を抱えている。
カーテンの隙間から、ドーソン家の未来を切り裂くように、朝日がさし込んでくる。
それが顔に当たると、気だるそうに顔を上げ、その光をじっと見つめる。
「はあっ、夜が・・・明けたか。」
力なく立ち上がり窓辺に行き、カーテンを開け窓をゆっくりと開けると、新しい一日を知らせる爽やかな風が、レースのカーテンを優しく揺らすと、
目を細め、生まれたての太陽をうらめしそうに見つめる。
「どうしてだ・・・どうしてだ。ジョセフィーヌ!」
カーテンをきつく握りしめ、顔を歪め大声を張り上げる。
「どうして・・・どうして!この父である私を苦しめるっ・・・お前はお前はっ!この私を破滅させる為に産まれてきたのかっ!」
ソフィーがベットから起き上がり、寝ぼけ眼でドーソンの背中を見つめる。
「あなた・・・」
ドーソン、力任せにカーテンを思い切り引っ張ると、カーテンが鈍い音を立て破ける。
「はあっ!」「あなたっ!」
ソフィー、慌てて飛び起き、ドーソンの背中を抱き抱える。
「触るなっ!」
ドーソン、後ろを振り向きソフィーを睨みつけ、払いのけると、ソフィー床に倒れ込む。
「・・・つっ!」
ソフィー、怯える瞳でドーソンを見上げる。
その瞬間、まるでドーソン家の新たな幕開けを嘲笑うかの様に、目覚めた小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
「ちっきしょう!」ドーソン、空を睨みつける。
アーサー家 庭園
フレデリックとアーサーが矢の的に向かって、二人並んで立っている。
アーサー、弓矢を構え的に狙いを定めて、矢を放つと、それが的を射ると、満足気に振り返り、フレデリックを見つめると、フレデリック、拍手する。
「さすがです。父上!」
「ははっ、私もまだまだ若い者には負けれないからな!」
アーサーすぐそばにある椅子にゆったりと腰掛ける。
フレデリックも的に向かい弓矢を構え、矢を放とうとした瞬間、アーサーがゆっくりと話し出す。
「なぁ、フレデリック・・・やはり、この結婚はやめたらどうかと・・・思うんだ。」
「・・・えっ?」
フレデリック、弓をそのまま放つと、矢は大きく的から外れ、近くの木にささると、そこに止まっていた鳥たちが飛び立つ。
フレデリック、呆然とし、弓をだらんと下に下ろし、アーサーを見つめる。
「父上・・・今、何と?」
「我が息子よ、悪い事は言わん。なっ?
この結婚は無かった事にせよと、申してるのだ。」
「・・・はっ?父上、それではこの私に、ジョセフィーヌを諦めよと、おっしゃってるのですか?」
「いやっ、そうじゃ、そうじゃ無いんだ。な?お前なら・・・もっと良い条件の娘がいくらでもいるだろう?」
フレデリック、険しい顔をし、アーサーを見つめる。「父上!」
「ああ、勿論、ドーソン家にはそれなりの事はする。幸い、まだ正式に結婚したわけじゃない。今だったら、代えは幾らでも、いやっ・・・もっと当家にふさわしい娘がいるだろう?」
「代えなどと・・・私には、ジョセフィーヌ以外の娘との結婚などと・・・到底考えられません!」
「そんな事は無いだろう?所詮傷ものの女だ・・・お前、もう少し賢くなれと・・・そう言ってるんだ。」「どうして?」
「元々わしは・・・あの家との婚姻は反対だった・・・ドーソン卿は鼻につく男だった。」
「父上・・・」
「やはりわしの思った通り、予感は的中したよ・・・結婚の日に、花嫁が襲われるとは!
ああ・・・何と不吉なっ!」
「どうして・・・どうしてそんな事を!」
「この結婚が、我がアーサー家に災いをもたらす予感がしてならないのだよ。」
「どうして?父上はいつもいつも!私の願いを踏みにじろうとする?ただ愛する娘と結ばれたいと言う、息子の切なる想い!どうして、どうして・・・わかってくださらぬか!」
「なあ、フレデリック・・・良く聞け。愛などと言うまやかしに何を信じる?」
フレデリック弓をきつく握りしめる。
「私の・・・この結婚を踏み潰すおつもりなら・・・私はっ!」
唇を噛み締め、アーサーを鋭い瞳で見据える。
「私は!父上の事を一生・・・お恨み申し上げます!」
アーサー目を大きく見開き、フレデリックを睨みつけ、急に立ち上がり、その頬を思い切り叩く。
フレデリック、目を赤らめ、アーサーを見据える。
「フレデリック・・・お前っ!今、何と!父であるこのわしに向かって!」
その叩いた手をきつく握りしめる。
「私はもう父上の言いなりには・・・なりません!」
フレデリック、素早くアーサーに背を向け、靴音を立てて、颯爽とその場から立ち去っていく。
「フレデリック・・・待て!」
アーサー、その後ろ姿をじっと見つめ、うらめしそうに、澄み渡る空を仰ぐ。
「あぁっ!」
つづく
登場人物
ジョセフィーヌ ドーソン 娘
エドガー ドーソン家 家来
ドーソン ドーソン家 当主 男爵 ソフィー ドーソン 妻
フレデリック アーサー家 息子
アーサー アーサー家 当主 公爵
未熟な点など、温かい目でご覧ください。