何倍か、何十倍か。それが問題だ。(パプア滞在記①)
円だと思ったのだ。
だからまあまあ英語ができるふりをして、「noted」と返事をした。
(本当は英語はたいしてできない)
そして決済をした。
(決済とか一番やりたくないし向いていない業務)
夫が10月から赴任したパプアニューギニアに10日ほど行くための往復チケットの話である。夫とともにいる障害のある次女の学校や生活の立ち上げヘルプのためにもともと私が一人で行くつもりでチケットをとっていた。1週間前になって、7歳の次男がやっぱり一緒にいきたいといいたしだ。確かにここ最近忙しくしていて、相手をしてあげられなかったし、プンプンしてばかりだった。パパに会いたいという気持ちもあるだろう。仕事の合間を縫って一緒に行くチケットをとってあげたいと思ったのだ。
フィリピン航空のサイトからは、子どもだけでチケットをとることができず、問い合わせ窓口を検索すると、日本窓口としてメッセンジャーが案内されていた。疑いなく、そこから問い合わせてコミュニケーションをとった。そして冒頭のやりとり。
ところがカードの決済額のお知らせを見ると、とんでもない金額だった。
おかしい。メッセージでは、自分にとったチケットよりも安い金額だったはず。
…よおーく見直すと、それはフィリピンペソだった。日本円だと思って購入した7歳の息子のチケットは、なんとその3倍の金額だったのである。
嘘でしょ…嘘だと言って!ねえ!
日本の窓口だから当然円だと思っていた私が馬鹿だった。もちろんすぐにキャンセルできないかメッセージを送った。
「単位を間違えていて、そんな高額なら購入するつもりはなかったんです。全部もとに戻して返金してください」
返金しますよ、とすぐに返事がきたけれど、手数料がかかると書いてあった。流石に今度は慎重になる。手数料がいくらか聞いても「部署が違うからわからない」の一点張りで教えてもらえず、途方に暮れた。
パプアニューギニアで仕事中の夫に連絡をとると、「ちょっと一回冷静になろう」と返事がきた。
自分の事務処理能力のなさを呪った。労働市場価値のない私。お金の管理や書類の管理において、まるで役に立たないのは今に始まったことじゃない。
もう自分は何もしないほうがいいんじゃないか。
いっそのこと全部キャンセルして、行く予定だった10日間一生懸命日本で働けばキャンセル料ぐらいは元が取れる。
そうだ、そうしよう。夫と次女に会えることも、知らない国にいくことも楽しみだったけど、もう私は何もしないほうがいいに決まってる。
ずーん。
どうしよう、と焦る気持ちばかり募るが、日々の家事やPTAは待ったがきかず、運悪く子どもたちも風邪を引いて思うように仕事も進まない。予定していた取材を先延ばしにし、執筆も後回しにして、気持ちはどんどん落ち込んでいく。
翌日、仕事先で会った人に「なんか元気ないけど…」と心配され、事の顛末を話した。すると「それは確かにきついけど、そこで行かないのも後悔するんじゃないかな。夫婦や家族の関係はお金では買えないからね」という高尚なアドバイスが返ってきた。
そうか、そうかもしれない。仕方ない、ちゃんと反省して、ごめんなさいして、割り切って行こうかな。1日の中で誰かと会って思ってることを話すってまじで貴重だな。
1日以上かけてようやくそう決意した。
…はずだったのだけれど。
珍しくなかなか熱が下がらない中学生の長女を病院につれていくと、肺炎の診断がついた。この時、出発は2日後に迫っていた。
オーゴッド…!
もはやこれは、諦めるしかないだろう。想定した3倍の高額チケットを買ってしまった私への罰だ。神様、ごめんなさい。頑張って働いている夫、仕事を調整してくれたみなさん、ごめんなさい。これは事務処理能力がなさすぎる私への罰。ご迷惑おかけします。してます。
ほぼほぼキャンセルするつもりで諸々を諦めた。ようやく高額チケットで家族に会いにいく決意をしたのになあっ。
とはいえ、捨てる神あれば拾う神あり。
私の不在中長男長女のケアのために日程調整してくれた実家の両親に相談すると、「なんとかするからいってきたら」という。親ってこういうときこういうこと言ってくれるんですね。南無。
幸い受診して服薬と点滴をしたおかげで長女の熱は下がり、状態は落ち着いている。1つ上の兄も「いってくれば」と言ってくれてはいる。そして崇高なアドバイスが蘇る。
「夫婦や家族の関係はお金では買えないからね」
そうなのだ。海外で働く夫とは、コロナ禍が始まって以来、かれこれ別拠点ん生活を4年ほど続けている。問題ないと思うこともあれば、ちょっとした日々のシーンを共有できない寂しさやすれ違いを感じることも事実。新しい生活を立ち上げたタイミングで、現地を訪れなかったらきっと家族として後悔するだろうな。
何よりも高額チケットでパプア行きを決意した7歳の末っ子は父親に会えることや聞いたこともない国に足を踏み入れる興奮で、指折り数えて楽しみにしている。
ここは家族に頼って行ってくるか。お父さんお母さん、ありがとう。
ようやく決意したのは、前日の昼過ぎ。トラブル続きの出発劇だったが、ついにパプアに出発した。バタバタバタ。
日本ーマニラで4時間、トランジットで3時間、そこから5時間。土曜日の朝長野を出発し、到着するのは翌日の朝7時(現地時間)だ。
直前までキャンセルするつもりで子どもたちのことで右往左往していたので、まるで何の情報もないまま出発してしまったことに気がついたのは、到着の数時間前。もう遅い。そういえば夫の滞在先住所もわからず入国カードに書ける情報がない。そして、契約しているahamoでは海外データ通信対応エリアの対象外。ポートモレスビーのジャクソン国際空港に到着してすぐさま空港のWi-Fiに接続しようとするも、まったくうまくいかなかった。
どうしよう、と思いつつ入国カードには適当にそれっぽいことを書き、通信は諦めた。空港には、肌の色が濃く、体格の良い人達が目につく。なぜか黄色とオレンジと緑のド派手な服を着ている人が多い。
「ああ、知らない場所にきたんだな」
なんにもわからないながら、知らない場所にきた嬉しさとワクワクがこみ上げる。空は青く、見える景色は山がちでどこかふるさと・長野のようだ。人は多い。どういうことかというと、路上にいる人がとても多いのだ。インドのようにドキッとしている暇がないほど、当たり前のように路上に人がごった返している。景色はのどかだし空気もきれいなのに、治安がすこぶる悪いというゆえんがここらへんにありそうだ。
そういえば、情報をまるでちゃんと予習してこなかったので、パプアの通貨単位についてもよくわからない。空港の出口で無事に合流した夫に聞くと、1キナは40円なのだそう。
40倍はやばい。気をつけよう。
(つづく)