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"自殺志願者のシェアハウス"がテーマの劇伴を作っていたら、従兄弟が自死した。


息を飲み込んだ。


「◯◯が自殺した」と連絡があったのは、
真昼間、kasa.のミーティング中だった。

通知音とともに、目を疑う文章がPCに表示された。
そばにいた山下が、反射的にそれを見てしまったんだろう。「何か優先することがあるなら、いいよ」と、声をかけてくれたのを覚えている。


母の日の午後だった。




たった8ヶ月違いの、姉弟くらいの存在。背が高く、痩せ細った身体は父親ゆずり。ヘラヘラ笑うのは子どものころから癖だった。

高校が一緒になって、ヘラヘラしていただけの弟が、クラスの代表になっていたり、友だちと活発的に何か言い合っているのを一度だけを見かけた。知らない一面だった。

成人後は一番先に結婚し、子どもが居た。結婚式で何故か歌ってくれと言われて。
もちろん照れくさいから「結婚式にkasa.で歌える曲なんてない!」なんて、私はぶつぶつ言いつつも嬉しかった。それが理由で作ったのが、kasa.の楽曲"ブライダルベール"だった。

数年後には、「離婚した」とだけ母親から知らされた。結婚式以来随分と会ってないもんだから、理由なんて聞けないまま。
「彼なりにもいろいろあるんだ」くらいに考えていた。
生きている人生なら、それだけで良かった。




知らせが届いたその日、警察の取り調べもあるとのことで帰省は少し後になった。

わたしはさぞ引き攣った顔で、kasa.のミーティングをこなしていたんだろう。山下にも気を遣わせてしまったかもしれない。


訃報から数時間経つと、じんわりと心に刺さってきていた。
「そうかぁ、逝っちゃったかぁ。」なんて呟いて。

また数時間経つと「先に死ぬなんて、ずるい」など泣いて、また少し時間が経てば、今度は「死んで楽になったなら良いな」なんて本気で思った。




その隅っこで「なんでこんな時に」と思っていた。

私たちが今主題歌を担当しているのは、
そして、まさに今私が作っている劇伴は、

"自殺志願者のシェアハウス"がテーマとなる
舞台「遠く吠えて花火をあげる」のためのものだ。


この劇伴の制作には、まず初演という固定概念を崩す作業から入らなければいけなかった。"あった"ところから音楽を再制作するのはとてもじゃないけど難しい。昨年見たあの舞台が、印象的に残っている。

そうでなくとも、ちょうど身の回りの諸々で心身疲れていた。自信喪失もあいまって"死にたい"で身体が動かなくなった時期もあった。



「ずるいよ」

サブモニターに映し出した台本の文字と、参考動画から聞こえてくる声が、ぐっと喉につっかえる。


死ぬのが貴方の正解なら、わたしはその気持ちを否定しない。
でも、わたしも死にたい側の人間だから。

だから、本当にずるい。



そんな気持ちを密かに抱きながら、数日後のお通夜、告別式を流されるままに終えた。


抜け殻とはいえ、弟の前ではなるべく泣きたくなかったし、その顔も見たくなかった。
それなのに、「見ておかないといけない」脅迫感すら自ら感じていた。

死化粧で飾られた、知っているあの笑顔が目に映る。花なんて添えていられなくなる方が当たり前だった。この人生を送り出すにはあまりにも足りない献花に思う。


そして、弟は白く小さく変わり果てた。





翌日には夢から覚めたように、PCとピアノに向かって制作していた。
あれだけ悲しい事実があったというのに、時間は本当に薄情だ。

わたしは、死にたがりにとって"死ぬのが名誉"か、"生きるのが名誉"か、それだけをずっと考えていた。



「死にたい」を否定はしないが、残された側は好き勝手底なしに悲しいを味わっていく。

死ぬ側はそんなこと分かってはいて。
"その死にたがりが死ぬ"というのは、
絶望が"それ"を上回ったときだ。


舞台最後のコンちゃんの花火が、ハッピーブルースの居間へ落ち切ったのは、執着にも、誇らしいものにも見える。
暗闇の中で落ちる灯を見送るコンちゃんの表情はどんなものだったんだろう。


命とは本当に勝手だ。

わたしの命も、貴方の命も。



空へ旅立った従兄弟が、どうか幸せでありますように。



P.S.

舞台「遠く吠えて花火をあげる」
舞台、役者様並びに
kasa.として主題歌「22」挿入歌「夢現」
rui ogawaとして劇伴たちを愛してくれてありがとうございます。

私は、もう何年も「死なない理由探しをしている死にたがり」です。


皮肉なことに、従兄弟が亡くなってから制作等が落ち着き、ちゃんとした生活が戻ってきました。

少し休んでまた歩き出そうとするところ。
進みたい道は見えているのに、心は全く動いてくれず、乖離した2人のわたしが存在する現在です。


人様の死を経験したことはありますが、他人の自殺というものは整理するのに物凄く時間がかかるようです。それが大切なひとなら尚更。

彼の遺書があったかどうかは知りません。
鍵は空いていたそうです。
孤独に逝ったんだと思うと、悲しくてたまりません。痛かったろうに。
だからといって、何かしてあげられたかというとあんまりそうは思えなくて。
死にたがりだからなんとなく分かる、突発的な反吐のようなものかなと。


告別式でご挨拶をする彼の父親の姿が忘れられない。「生前の息子は…」なんて生涯口にしたくもない言葉だったろう。

最近は、生きていても会えることは少なかったよ。
それでも生きていると生きていないとでは全くもって違う話だ。


劇中の、シノブがいなくなってからのウツロというのは、"生きる意味を失ったひと"だと感じます。
それを失った今、どこに向かって歩いているのか分からない。そういう捉え方をしています。

自信や自我を失ったもの同士が身を寄せあって、「家族」という"安心"を手に入れた。
その事実が、命にほんの小さな光を生み出した。

あのあとの彼、彼女らがどう生きてどう死んでいくのか。

本編にも書きましたが、再演のこの舞台を改めて見て
死にたがりにとって"死ぬのが名誉"か、"生きるのが名誉"か。それを深く考えさせられます。


東京で舞台を見てから名古屋に帰ると、自宅に持ち帰った献花の百合が、ほとんど枯れていた。
わたしはまだ、従兄弟の死から置いてけぼりだ。


自身のことを「死にたがり」とは言いましたが、おそらく自死しない人生だと思います。
そうやって言ってなきゃ、やってられないくらい疲れてる時もあります。

音楽をこの先も突き詰めるのがわたしの「死なない理由探し」です。

ステージの上で、
舞台の中で、
今日も音楽とともに在って頂きありがとうございます。

ありきたりな言葉な分、何度でも伝えます。
音楽を、舞台を、公演を、存在を、
ともに生きてくれてありがとうございます。

死にたくなったら、どうか教えてください。


舞台「遠く吠えて花火をあげる」
怪我のないよう、最後まで走り切れますように。


rui ogawa

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