詩 Q


  どこへもいけない
  どこへもいける
  ここからできるだけとおくへいく
  ここにいるままで
  ここにいるままで

夜明け前
廃棄されたコインランドリーの数々が
街の外縁を形作っている
その稜線は
あざやかなままで
あざやかなままで枯れてゆくから
わたしたちはいつも
夕景が画布を隠していることに気づかない
それでいて
徒歩のような
日々の鈴なりにどこか退屈しているのは
もどかしさでいっぱいだからだ
いつまでも、いつまでも、ここから立ち去ることができない
立ち去ることができないでいる

冬の低い日差しが
重い足取りで折り返してくる
この長い長い渡り廊下で
靴音の連続を
狂いなく正確に聞き取ることができる
その間隔を
迷音とともに記録することができる
すると
窓枠の木立のなかで
どうしようもなく顔を見合わせた私たちの
もっともしずかな方角から
あをぐろい幻日の日がやってきて
潮間帯にはもう誰もいない

潮間帯には
もう誰もいない

  水辺へ群がる休符たち
  そのそばで君は
  呼吸音の透明を説いている

——わたしはこのコインランドリーから出ることができない。
  これは決定された事実であり、疑うことは許されない。
  詳しいことはいつも、あとから説明されるということだ。
  それでよい。
  だからいまは、君の話を聞こう。
  いまは、君の話を聞こう。

かわいた群衆のなかで
一人の数学者が立ち上がり
いまゆっくりと振り返る。
そこには初めから誰もいない。

矛盾が素数のかたちで笑っている。
そこには初めから誰もいない。

  入江にたたずむ澪標の清冽のうえへ、降る月光のもろくも歯がゆいことを、君は知っていて、それは、村から墓地へ向かう細くゆるやかな下り坂の、ふるえるようなあの均整が、ひどくなつかしいということだ。どうか、いつまでもわたしの話をしないで欲しい。君が置いていった白桃のいくつもが、あきらめるように爛熟していて、振り返ればそれは、腐敗ではなかった。腐敗ではなかったよ。だから、どうか。どうか。

この耳鳴りを止める方法
ここから立ち去る方法
わたくしのためだけにある砂原へ
海の朝焼けを閉じ込める方法

そのような日々の短絡を寄せ集めて
海潮音はつづいてゆく
復唱せよ――